83 律動
俺の思考が身体へと指令を出すその極僅かな瞬間、後方から放たれた回転する小振りのハンマーが俺の横を勢い良く通過した。
そのハンマーはヴァンセカンドに向けて放たれたもので、瞬時に反応したヴァンセカンドはそれを腕で防ぐとハンマーはそのまま持ち主の所へ戻った。
俺が後ろを振り返るとシルクハットを手で押さえながらハンマーを掴む彼がいた。
「伝え忘れた事がありまして、慌てて追いかけてきた今日この頃……。はぁぁぁいっ!」
この窮地に現れたのは特別職専門の鍛冶職人である造益夫だった。
「益生さん!」
同じくゆうなも益夫だと気付いたようで、驚きと微かな希望をそのまま声に乗せ名前を呼んだ。
俺とゆうなと刺子は益夫の存在を知っているが周りの仲間は初見だった為、彼が何者なのかは分からない。
しかし、ゆうなが彼を呼ぶ声が味方だと認識させていた。
ヴァンセカンドはハンマーを受け止めた自分の腕を確かめ、益夫に視線を送った。
俺が結界を張らなくとも益夫はヴァンセカンドの圧をもろともせず、益夫はスキップをしながら鼻歌混じりでこちらの方に近付いてくる。
装備品工房の地下で感じた益夫の可能性は確かなものであったと再認識した。
ヴァンセカンドは先程と同じ黒い球体を手に浮かべ、そのまま益夫に向けて放った。
指で弾いて拡散させていない分俺達に放った球体と比べると少しばかり大きく、益夫の強さも未知数の為正直このまま益夫は死ぬんじゃないかと思った。
しかし次に俺の目に映ったのはそれを否定していた。
「はぁぁぁいっ!」
その球体をハンマーで豪快に打ち上げると空の果てまで消えていった。
ヴァンセカンドは一瞬驚いた顔を見せたが直後にニヤリと口角を上げ、眼球にピキピキと亀裂のような赤い線が入った。
対峙したことがあるからこそ知っているのだが、この目は戦いが好きな事で知られるドラゴン種特有の遊び相手を見つけた時の目だ。
その嬉しそうで蔑んだ目を向けられると本能的に潰してやりたくなるほど俺は嫌いだがな。
「あなた!少し無礼が過ぎますね!私は彼女に用件があるのですよ。少しお黙りください……ね?はぁぁぁいっ!」
ゆうなに用がある?
この状況を前にして色々と優先すべき事が違うんじゃないかと思ったが、この男の考えている事は分からない分見守ることしかできなかった。
益夫はヴァンセカンドを適当にあしらうと、革素材の手袋をはめ出した。
そしてゆうなの横に来て地面を抉るようにハンマーを叩きつけた。
勢いよく土の塊が宙に浮くと、その中でも大きめの塊を選びハンマーを振りかざし一瞬で即席の椅子を作り上げた。
益夫はそこに足を組み座ると、冒険者であれば誰でも持っている小さな巾着から傘を取り出しパッと広げた。
ややゆうな寄りに差した傘にパラパラと土が音を立てて落ちた。
宙に浮いた土が全て地面に転がったタイミングで傘を閉じ、戸惑うゆうなを見上げた。
「あぁ、素晴らしいマントだ。実に私らしい作品。否の付け所がないのですよ」
ゆうなの装備しているマントを広げるように優しくなぞった。
今益夫が触れている淡い紫色をしたマントは、装備品工房で益夫がゆうなへと渡したものだ。
ゆうなもそんな益夫の姿を見てちょっと引き気味で反応する。
「あ、はい……。私に用があると言っ
「決まっている!答えは決まっているのだよ子猫ちゃん。今日は伝え忘れた事がありまして、あなた方を追わせてもらいました。ベリーベリーオーマイガットな事に、このマントの名前を言っていなかったのですよ!」
確かにこれは益夫の最高傑作だとは言っていたが、このマントの名称だけは聞いていない気がする。
別にどうでもいい事だと思うのだが、職人だけあって益夫の中でそれは許されない事なのだろう。
しかしそれを伝えるためだけに俺達を追ってくるとは、他と比べようのないくらい特殊すぎる。
とりあえず早く用件を済ませて、この状況を打開してもらいたいところではある。
「そ、そうなんですね。それよりも一緒に戦ってくれたら嬉しいなーだなんて、あはは……」
「一緒に戦うですと!?あぁ、それもまたベリーベリーオーマイガットというものですね。申し訳ないがあなた方とはご一緒出来ませんね」
ゆうなもそうだが、周りの皆も彼の登場が救世主の登場だと期待していた為、その答えに驚き戸惑っていた。
「これはMPM……、益夫パーフェクトマント。その名の通り、私の最高傑作です。さて、これにて用件は終わりです。では私はこの美しい男性に用がありますので……、はぁぁぁいっ!」
そう言い残すと益夫は土で出来た椅子から立ち上がりヴァンセカンドへ向けて歩みを進めた。
革の手袋を脱ぎ捨てハンマーを握るその手からは血が滴り落ちている。
あの時か。
「あ、あの」
「子猫ちゃん、私は申し上げましたよね?ご一緒は出来ないと。さぁここからは私とあの方の時間、部外者は席を外してください」
益夫は一人で戦う気だ。
「でも――」
「死亡フラグがビンビンと立ってますので早くお行きなさい!」
「撤退よ、ゆうなちゃん!」
益夫から発せられた死亡フラグという聞きなれない言葉が、何か良くない事が起きそうだと俺の心に警告を出す。
益夫の懸命な判断を受け止め、真弓がゆうなの手を引くが、ゆうなはその場に留まろうとし足を動かさないでいた。
ッガッキィィィンッ!
益夫のハンマーとヴァンセカンドの小手がぶつかり合う音と共に生じた衝撃波が、砂埃を巻き上げ仲間達を戦場から引き剥がした。
「でも益夫さんが!」
「大丈夫だ、あの人は帰ってくる!」
「ぬらりひょん」
ナックルの口から出た何の根拠もない希望の言葉がゆうなを外へと強引に追いやった。
益夫には申し訳ないが、俺も皆に合わせてその場から退避した。
一応去り際にゆうなが唱えた素早さを下げる魔法っぽい言葉をヴァンセカンドへ言い放っておいた。
まぁこの時は知らなかったからな。
「んぐっ、私も戦います!益夫さんがっ、益夫さんが」
涙を溜めて手足をバタつかせ必死に抗うゆうなをナックルが抱えながら走り出す。
そのナックルの目に溜まる塩気を帯びた雫は、己の無力さを痛感した事の現れだろう。
他の者も皆それぞれ何かしらの思いを抱き、その場を後にした。
撤退した俺達は大量に横たわる魔物に足をとられつつもゴブリンの村の出口へと走る。
俺は気がかりな事が二つあり、ボーッとした状態で足を動かしていた。
一つは益夫はこの場をどう切り抜けるかである。
益夫はここにいる皆よりも腕は確かではあるが、あのヴァンセカンドというドラゴン種相手にどこまで戦えるのか。
人間へと姿を変えられるドラゴン種は数少ない強力な個体で、俺自身も聞いた話を合わせても数匹しか知らない。
俺の配下であるナンバー3のウギョヨハラもドラゴン種で同じく人間の姿になれるが、彼は元魔王だ。
その俺の見聞きしている数匹のドラゴン種というのも全てかつて魔王だった者である。
つまり、ヴァンセカンドはそれに匹敵するクラスの強さを持っていると位置付けられる。
そんな奴に人間一人が対抗するだなんて無謀すぎるのだ。
しかしヴァンセカンドとやらは、戦った感じは俺からすればそんなに強くはなかったので益夫にもまだ希望はある。
もう一つの気がかりは、村の外に匿っているゴブリン達の事である。
俺達が戦った事により村も半壊し、グレンヴァの息が掛かっている事も判明したので、とてもじゃないがもうここには住めないだろう。
ではゴブリン達は何処へ行けばいいのか?
俺が魔王であれば責任を持って保護するのだが、今はそうではない。
かと言って、人間界で保護することもおそらく無理だろう。
人間と魔王の命をかけた総力戦が始まった今は、人間からすれば魔物は全て敵である。
人間へ危害を加えることのないこのゴブリンであっても、そのことを全ての人間へ証明する術はなく、人間からすればその辺の魔物と何ら変わらない存在だと認識されるだろう。
魔物界にも人間界にも見放されたこのゴブリン達の運命は、考えるだけで本当に胸が痛くなる。
この二つのぼやけた不安を抱えながら、俺達は村を出た。
次回予告
益夫が自らが盾となりハーデス達をこの場から引き離した。死亡フラグの立っている益夫はどうなるのか!?ゴブリン達はどうなるのか!?頼むからどちらも助けてくれハーデス!
次回 ~別行動~
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