65 大魔法師 高橋法子
俺がまだ現役の魔王だった時、配下の一人が魔王城の城門前へ幼き人間が足を踏み入れたと俺に知らせてきた。
その時はまだ、人間との停戦中だった為魔物界と人間界、互いの干渉を禁止していたので、迷子になったのかなーとか思っていた。
迷子になったとしては、人間の居住区から魔王城までのこの距離を彷徨い歩くなど到底考えられないが、とにかく現実として人間が来ていたので、俺は配下に頼んで人間界に送り届けるよう伝えた。
それから五分もしない内にまた報告が入った。
曰く、幼き人間が魔王に会わせてくれと懇願し、その場を動かないと。
それを聞いた俺は少し興味が湧いた。
これが人間側の罠だろうがなんだろうがどうとでもなるだろうと高を括り、散歩がてら配下を連れ外に出た。
城門を開けると一人の少女がそこに立っていた。
大きい丸眼鏡が、その少女の幼さも相俟って更に大きく見えた。
綺麗に整えられたラクダ色のローブを纏い、凛とした表情で立っていたのが印象的だった。
配下にも臆せず、真っ直ぐ俺を見据えた少女に俺は少しばかり感心した。
俺はその少女に「我が名はハーデスだ。人間がここへ何の用だ?」と聞いた。
少女は「ハーデス様の元で暮らしたい」と言った。
人間がこちら側に来たいと願うことに心底驚いた。
こんなことは初めてだ。
俺は更に興味が湧き、この怖いもの知らずの少女に理由を聞いた。
少女は俺が魔王なのに平和を望んだことに魂が激しく揺さぶられたと言っていた。
最初は尊敬する存在であったが、色々と俺の事を調べ始めたら、少しずつ別の感情が生まれてきたと。
気付いたらそれが俺に対する恋愛感情に変わっていったと。
胸に秘めたる想いを、どうしても伝えたいと思い冒険者になって旅に出るまでになり、今に至ると。
自分語りを終えると、どれだけ俺の事が好きかを、こっちが恥ずかしくなるくらい熱弁し始めた。
一見冷静で大人しく見えた少女が、その時ばかりは抑えきれない感情を露にし、めちゃくちゃ早口で動きを交え手足をバタつかせながら話していた。
配下はそれを笑いながら見ていたが、俺はふむふむとその全てを真剣に聞いた。
聞けば聞くほど住まわしてやりたい気持ちが生まれてきたが、かつて約束を交わした幼き勇者の為にも、心を鬼にして追い返すこととした。
「如何なる理由があろうとも、人間をここに住まわす事はできない。帰ってくれ」
そう言うと、少女は泣きべそをかいて抗った。
そんな少女の頭に手を置く。
この子はまだ幼い、何が正しく何が間違いかはまだ分からないはずだ。
「君が大人になったらまた来るがいい。その時は考えよう」
そう言うと少女は泣くのを止め、「うん」とだけ返事をして、配下に送られて人間界へ戻っていった。
これが俺と法子との出会いだった。
しかし運命とは皮肉なものだ。
人間界では、20歳になると一般的に大人になるという。
法子が20歳を迎えた日、それは奇しくも魔王グレンヴァが人間界へ宣戦布告をした日だった。
事実を受け入れられない法子は生存自体不明な俺を探しに、旅に出た。
あの魔王ハーデスが死ぬわけないと信じていたという。
そして数ヵ月後、法子は破壊された魔王城の跡地に足を踏み入れた。
時を同じくして、ヴァーセブンを撃退し一人休暇を取っていた俺は、ふと配下の事を思い出し、僅かな希望を抱いて久しぶりに魔王城の跡地に足を運んでいた。
そこで偶然にも俺達は再会した。
人間界で第二の人生をと思った俺は、魔王時代の風貌を一新させていたので、向こうは俺がハーデスだと気付いていない。
当初法子は俺に警戒していたが、ハーデスは生きていて、俺はハーデスの友達だと適当な事を言うと信じた法子は仲間になったのだ。
簡単に仲間になったように聞こえるが、実際は色々あった後に仲間になったのだが。
「それじゃあ、早速皆で上級職に就くために神殿へ向かいましょう!」
パンッと手を叩きその場を締めくくったゆうながそのまま椅子から立ち上がると、待ちきれないといった様子の剣児とナックルは競うようにギルドの出口に向かっていった。
「あの人達はいつもああなんですか?」
「んー、大体な」
法子は溜め息をつくとようやく立ち上がり皆の後に続いた。
外に出てからは他愛もない話をしながらすぐ隣にある神殿へ向かった。
神殿へ着くと、いつもの受付の女が立っている。
「いらっしゃいませ。本日はどのような件で?」
「今日は上級職に就職する為に来ました」
「そうですか、では順番に案内しますので上級職に就く方はあちらの方へ進んでください。それと、念の為伺いますが、この中で特別職の方はいらっしゃいますか?」
「私と、彼と彼女です」
「さ、三人もですか!?」
三人もいるのは珍しいのか受付の女は声を大きくして驚いていた。
「では特別職の方は手続きなしで大丈夫ですので、そのまま【祝福の間】へお進みください」
俺達は受付の女が手を差す方へ歩きだした。
「何で他の皆と違うんだ?」
「一般職だと、上級職を選べる場合がありますので。剣士の場合は……」
ゆうなから説明を受けた内容は、一般職で下級から上級へ変える場合、剣士だと剣豪や魔法剣士、槍使いであれば聖騎士や闇騎士といったように自らで上級職を選べることがあるとの事だ。
もちろんその人間の特性が関わってくるので、誰しもがなりたい上級職になれるといったわけではないので、自分の選択肢は何かというのを占ってからじゃないと正しい選択ができない。
なので一般職の彼らはまずは占いの部屋に向かっていった。
それに比べ俺達特別職は、通称神から与えられし職業の名の元、選ぶ権利はない。
だからこそ、何も考えずとも予め決められた上級職に就くといった流れだ。
皆が占っている最中、一足先に俺達は上級職へ就く為に大きな扉の前へ立った。
ここが祝福の間という空間だということは、今日初めて知った。
この先の扉を開くと、魔王軍襲撃時に呑気に飯を食っていたあの髭爺さんがいるはず。
「誰から行くんだ?」
幸いこの時間は神殿内の冒険者も少なく、順番を待たずとも入れるようだった。
俺が扉を指差すと、意外な人物から名乗り出た。
「……まずはぼく」
今まで口を閉ざしていた刺子がここで前へ出た。
俺とゆうなは顔を見合せ、一緒になって驚いた。
「……もう入っていい?」
俺達が固まっていると、刺子が催促してきたのでゆうなは首をブンブン縦に振って見送った。
刺子が扉を開け中に入ると同時にゆうなが口を開く。
「まさか刺子さんが先に行きたいなんてびっくりしましたね。次は私が行ってもいいですか?もう待ちきれなくって」
ゆうなは当初、自分の事をレベル30で成長が止まってしまう呪われた勇者だと卑下していた。
それが、この前の戦いで更に上があると知って、本当に嬉しかったのだという。
人間界の事に色々と詳しいゆうなでさえも、特別職にも上があるのは知らなかったそうだ。
特別職に上があることは、この職業神殿でも教えてはくれない。
特別職を授かったほとんどの者が、レベルが上限に達すると試練に耐えきれず冒険者を辞めてしまうという実態がある。
昔はこの事を公にしていたが、特別職の冒険者を過大に評価し頼りにしすぎたのが災いし、試練を乗り越えられない特別職の冒険者を一様に迫害していった経緯があったので、敢えて言わないようにしているそうだ。
そこから呪われた職業と言われるようになり、現在でも特別職持ちは有用な職以外、煙たがれる存在となった。
もちろん現存の書物にもこの事は残ってはいない。
一部の冒険者やその関係者のみこの事実を認識している。
この十日間の間で、ゆうなと剣児は上級職に就く報告をしに東通村に足を運び、剣児の爺さんと会っていた。
その時に特別職について聞いたそうだ。
現役だった頃はバリバリの冒険者で、最上級職である剣ノ神に就いていた爺さんは、この辺の知識が豊富であったのだ。
そんな事を聞きながら待っていると、扉が開き、刺子が戻ってきた。
「刺子さん、どうでした?何か変わりありましたか?」
無表情の刺子にゆうなが興味津々で詰め寄った。
「……『竜騎士』」
「えっ!?特別職でも職業名変わることもあるんですね!カッコいいー!出野さん!刺子さん竜騎士ですって!よく分からないのですが、竜とかに乗るんですかね!?」
興奮状態のゆうなは、キラキラした目で刺子の手を握る。
刺子は何かを考えるように斜め上に目を向けた後、無言で首を傾げていたので刺子自身も知らないといったところだろう。
竜、つまりドラゴン系の魔物、その力を扱えるのか、それともゆうなが言っていたようにドラゴンを従えて戦うのか俺は知らないが、俺の知っているドラゴンは気性が荒い種族で有名だから従えるのはまず無理だろう。
そもそも人間側につくドラゴンなど聞いた事がない。
俺の配下であるNo.3のウギョヨハラもドラゴンだが、ドラゴンは昔から魔物界と人間界のどちらにも属さない立場であった。
どちらに手を貸すこともなく、来る種族は例え魔物であっても全て敵というほどドラゴン系特有の道を歩んでいた。
まぁ色々あって俺の配下になったのだが、根は悪い種族ではないのは確かだ。
「じゃ、次私行きますね!」
ゆうなは颯爽と扉を開き、中へ入っていった。
刺子と二人きりになった。
特に話すこともないので沈黙が続く。
「……竜、ガオー」
俺に向かってボソッとそう呟き、法子が待っている神殿の玄関口に一人歩きだす。
俺は「お、おう」とか返していたと思うが、この行動に驚きすぎて記憶にない。
次回予告
職業神殿にて上級職へ就くことになったハーデス達。ついにハーデスがしょうかんしから進化する!この物語の要となるその職業とは!?
次回 ~いざ、上級職へ~




