41 デュラハンブラザーズ
俺達が出口に向かい歩き始めて一分もしないうちに真弓が怯えたような声を出す。
「ちょっと、皆さん!何か聞こえませんか?」
「ん?」
真弓の言葉に皆が立ち止まり、静止し聞き耳を立てた。
ザッ、ザッ、ザッ
「えっ!?誰の足音ですか?」
ゆうなは持っていた松明を少し上に掲げ周囲を確認した。
ザッ、ザッ、ザッ
尚も止まない何者かの足音。
「真弓の姉貴と師匠の後ろから聞こえるような」
銀次が俺と真弓の更に奥、松明の灯りも届かぬ薄暗い場所へと目を向けた。
「あぁ、さっきから俺達を狙っているようだ」
ザッ、ザッ、ザッ
外では耳を澄まさなければ聞こえないような重厚な足音は、洞窟内で反響し強調される。
「いや師匠、本当でやんすか?」
「本当だ。鎧を着て首の無い剣士みたいな二人組がついてきている」
ザッ、ザッ、ザッ
自然と真弓が近づき、俺の腕を掴んでグッと自分の方に引き寄せ、震える声でぼそりと呟く。
「お、お化けはちょっと怖いな、あはは……、って出たぁぁぁあー!」
「「うわぁー!」」
背後の首無し剣士に気付いたのか、真弓は叫び声を上げて一気に駆け出した。
真弓の叫び声にゆうなと剣児、そして意外なことにナックルまでもが反応し逃げ出した。
ゆうなと剣児は叫び声をあげて走り、ナックルは手で目を隠しながら猛スピードで二人を追い越していったようだ。
んー、みんな何故かお化けと勘違いしてるけど魔物なんだよなー。
というかナックル、お前は逃げちゃいけないだろ。
松明を持ったゆうなも逃げ出したおかげで、真っ暗闇の中、俺と銀次は取り残された。
俺は暗闇でも目が見えるので問題はないが、銀次はそうはいかない。
「銀次、俺の後ろに魔物がいる。多分さっきの足音の正体だろう。この暗闇の状況で魔物の気配は察知できるか?」
「ええ、多少は。しかし自信がねぇでやんす」
「そうか、じゃあ俺の声を中心にとにかく動き回れ」
「り、了解でやんす」
チャリっと短剣を抜く音が聞こえ銀次は訳も分からず走り出した。
「右側を斬れ!」
俺の声に反応した銀次は即座に短剣で攻撃を繰り出す。
キンッという音が洞窟に響き渡る。
「後ろに跳べ!そして腰を低く前に駆け出せ」
俺は近くにいる首無し二体を木の枝で撫でながら注意を背ける。
「その位置から攻撃、当たったら両足で前方の魔物を蹴り飛ばせ」
「【隠密斬り】!よっと」
「左から突きが来るから身を捩れ、そしてそのまま攻撃。そして一旦俺の方から離れろ」
銀次は見事なまでに俺の声に反応し、暗闇という状況ながら魔物に攻撃を与えていった。
しかしまったくといっていいほど銀次の攻撃は効いてはいない。
それもそのはず、首無しは盾で攻撃を防いでいるのだ。
「ゴブパン!」
俺は一体の首無しに向けゴブリンパンチを繰り出した。
「銀次、その位置からそのまま走ってこい」
「了解でやんす」
可愛いゴブリンちゃんはトコトコ近付き首無しに向け拳を構えた。
「◎▼○#◆#*!」
洞窟内に響き渡るゴブリンちゃんのキュートな声。
反響して何重にも響くその声を聞くことができただけでも洞窟に来た甲斐があったというものだ。
「銀次、今だ!」
「隠密斬り!」
首無しは盾でゴブリンパンチを防いでいたので、背中ががら空きであった。
「しゃがめ!」
その大きな背中に銀次の攻撃が当たったが、そこまで大きなダメージを与えられなかったので首無しが振り向き様に剣を振った。
俺の言葉に反応した銀次は無事躱せたが、首無しの振るう剣から出た真空波が洞窟の壁を少し削っていた。
ポロポロと音を立て壁から土の塊が地面へと落ちる。
「師匠!やべぇでやんす!姿は見えませんが多分これデュラハンブラザーズでやんす!」
デュラハンブラザーズ?
あぁ、洞窟に入る前にゆうなが言っていた魔物か。
銀次は慌てた様子で体勢を立て直していた。
そして銀次の後ろの方から揺れる光がどんどん近付いてくるのが視界に入った。
「出野さん、銀次さんすみません!って、あーっ!剣と盾、そして鎧を着た首無しの二体、これはまさしくデュラハンブラザーズじゃないですかー!」
ゆうなの松明の灯りに照らされた魔物が視界に入ると、近くにいた銀次からは緊張が伺えた。
「やってやろうじゃねぇか」
ナックルが首を右へ左へと倒し、拳を構えた。
目を塞ぎ、お化けを怖がっていたナックルはもうそこにはいない。
武術家という職業を最大限に活かし、我先と素早い動きで逃げていったナックルももうそこにはいない。
ここにいるのは紛れもなく自信たっぷりの筋肉乙女だ。
「おらもやるどー!」
彼も例外ではない。
叫び声をあげて、お化けに背を向けて逃げ出した剣児はもういない。
ここにいるのは賢さの『か』の字もないただの馬鹿剣士だ。
「今の私達では負ける可能性が高いです!一旦引きましょう」
一方、ゆうなと真弓は撤退する気満々であった。
そんな中、筋肉馬鹿とただの馬鹿がデュラハンブラザーズに向かっていく。
「うおぉぉぉらぁぁぁあ!」
「もう!何してるんですかっ!」
ゆうなの静止を振り切り、ナックルと剣児はそれぞれ一体ずつに攻撃を仕掛けるために走り出す。
それを見て諦めたのかザクッと音を立て松明を地面に刺し込むゆうなは、走りながらも皆に指示を出す。
「危なくなる前に撤退で!次の撤退の号令は絶対に従ってください!一体ずつ倒しましょう!剣児君、銀次さん、ナックルさんと共に一体を集中攻撃で!私と出野さんでもう一体を足止めします!真弓さんは剣児君達のサポートで!」
辺りが明るくなったことにより、銀次も本来の動きを取り戻せたようで、先程までのような警戒によるぎこちない動きは無くなっていた。
「汚物カモン!」
俺はスライムを振り回し、一体のデュラハンの胴体に向けてスライムハンマーを繰り出した。
盾で防いだようだが、当たった衝撃で地に足をつけながら少し後退りする。
「半月斬り!」
俺の頭上を飛び越えゆうなが半月斬りを放った。
それをデュラハンは剣で受け止め、力任せにゆうなを弾き飛ばす。
「きゃあ!」
そのまま俺の頭上を飛び越え、ドスンと鈍い音を立てながらゆうなは地に背中を打った。
もう一体のデュラハンは、剣児と銀次の猛攻撃を片手の剣だけで捌き、ナックルの攻撃は全て盾で防いでいた。
真弓は三人の猛攻撃の中、何度か弓を引くが弓矢を放てないでいた。
おそらく三人の動きを予測しながら隙を見つけることができないのであろう。
むやみやたらに放つと、仲間を傷つけてしまう可能性がある。
「くそ、防御ばっかじゃねぇか。あームカムカするぜ!【鉄拳】!」
銀色に変わったナックルの拳が盾に当たるとデュラハンは大きく吹き飛んだ。
その隙を見逃さなかった銀次はデュラハンの懐に忍び込む。
「いただくでやんす、【ぶんどり斬り】!」
デュラハンを見る限り、銀次の今の攻撃ではダメージは受けていない。
ただ、戦力は格段に下がったのは誰の目から見ても明らかであった。
そう、銀次がぶんどり斬りを放つとデュラハンの盾が消えたのだ。
銀次はしてやったりと、ニヤリと口を開けたので俺はすかさず柿ピーを投げ入れた。
初めて盗賊らしい戦いを見た気がした。
「今だ!やっちまうどー!」
盾を失ったデュラハンは一気に三人の攻撃を捌ききれず徐々に弱っていく。
デュラハンは剣を振り回すことが多くなり、次第に三人は距離を取りつつ攻撃していった為、真弓も隙を見てはデュラハンに向け弓矢を放っているようだった。
一方俺とゆうなは結構危機的状況に立たされていた。
こちとら俺とゆうな二人だけで戦っているという人数的な差もあるが、勇者としょうかんしという微妙な組み合わせも危機的状況を産み出す一つの要因となっている。
しかし俺は元魔王だ。
冒険者の出野ハーは危機的状況かもしれないが、元魔王のハーデスとしては何の危機も感じてはいない。
「おい、ゆうな大丈夫か?回復したほうがいいんじゃないかー?」
「そうですね、ヌリリ!」
自分に向け回復魔法を唱えたゆうなは起き上がり剣を握る。
「やはりデュラハンは強いですね。どうしましょうか。何故か動きませんが今にも攻撃を仕掛けてきそうですよ」
「俺新しいしょうかん出来るようになったから使ってみるわ」
「それに賭けましょう、よろしくお願いします!」
この会話の間、俺はデュラハンに向け麻痺魔法を放ち動きを止めていた。
俺は新しく習得したオーガアタックを使いたくて仕方がなかった。
使おうと意気込んだ矢先帰ることになったので、そのやりきれない気持ちを抱えたままであった。
よし、オーガアタックを試せるぞ!
麻痺が解けたデュラハンは目の前の俺に向かい剣を振り落としてきたが、俺はそれを横に跳び躱した。
続けてデュラハンは剣を横に構え、勢いよく振り抜く。
シュッ
「ゆうな、真空波だ!伏せて躱せ!」
「あわわわっ」
ゆうなは慌てながら地に伏せると、真空波はゆうなの頭上を駆けていった。
「やばいです!出野さん、やばいです!てった……」
やばい、撤退の二文字がゆうなの口から出そうになったから咄嗟に麻痺魔法をかけてしまった。
マジやばい。
幸いゆうなはデュラハンブラザーズと戦ったことがないみたいだから、真空波に麻痺効果があったことにしよう。
当たってはないが、まぁ何とかなるだろう。
俺はそんな言い訳を考えながらも、目の前のデュラハンに向けて木の枝を構えた。
次回予告
デュラハンブラザーズに出くわしたハーデス達であったが見事な連携により徐々に追い詰めていく。そして放たれる三つ目のしょうかん、オーガアタック。凶暴なオーガがこの地に降臨する。
次回 ~オーガアタック炸裂~