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優しい人もちゃんといるんですね

 しばらく木陰で休み、うーちゃんの疲れも癒え。再び、うーちゃんは私を押してくれます。

 ……でも、なんでしょう。たしかに、うーちゃんはちょっと陰気な場所、とは言っていましたが、だんだん木が増えているような……でも、車いすに座っていてもあまり揺れを感じないのですから、人通りはあるのでしょうね。


「つきました、ここです」


 見たこともない植物に目を奪われた時、うーちゃんはそう言って止まりました。


「……えーっと。木陰で、涼しいですね? 読書……するには、ちょっと湿り気が多すぎる気もしますが」

「無理に褒めなくていいですよ。ここが好き、というのは私にしか分からないでしょうから」

「えっと……じゃあ、なんでここが好きなんですか?」


 そう言うと、うーちゃんはあいまいな笑みを浮かべて、口を開きました。


「良い香りがしませんか? ここ、厨房の裏で、直接食材を運び込むための裏口というか、勝手口のようなところなんです」

「言われてみれば、何かおいしそうな香りが……」

「……もう、ここに頼ることも無いでしょうけれど。家族から、食事を禁じられる時が、たまにあったんです。そんなとき、ここに来るとコック長がこっそり食事をくれて……リエさんが目覚める前は、ここが唯一の居場所でした」


 その言葉に、はっきりとした怒りを覚えました。やっぱりあの人たち、脅すだけでは足りないのでは?

 でも、リハビリの途中でうーちゃんに嘱託殺人とか、殺人教唆とか、いろんな罪があると聞いたので、それはできませんね……私は何年牢屋に入れられても死ぬことはありませんが、うーちゃんは限られた時間を無駄にしてしまう。

 何より、前科があると未来にも影響があるそうですし。うーちゃんの未来をつらいものにするわけにはいきません!

 そうなると、今は怒るよりも……。


「うーちゃん。そのコック長さんは、今もいらっしゃいますか?」

「……? はい、夕食の仕込みをしているかと」

「お忙しいのでしょうけど、少し挨拶をしたいです。うーちゃんを助けてくれた人にお礼が言いたいんです」


 残念なことに、裏口の扉の前には車いすに座ったままでは入れないくらいの段差があります。もっと足をあげれるようになっていれば、中に入れたのですが。


「では、呼んできます」


 そう言うと、うーちゃんは私のそばを離れ、裏口の中に入っていった。

 うーちゃんを助けてくれたコック長さん……どんな方なのでしょう。体格は? 性別は? 性格は?


「お待たせいたしました、ツェツィーリエ様」

「どうしたんですか、うずめお嬢様。急についてきてほしいだなんて……」


 裏口が開かれた時、私は衝撃を感じました。

 そこにいたのは、うーちゃんより少し背の低い若い女性です!


「そちか」

「え?」

「吾の従僕、うずめによくしたのはそちか、と聞いておる」

「……ずいぶん、古くいかめしい言葉遣いですね。っていうか、お嬢様を従僕呼ばわりとは何事ですか。いいですか、天野家は由緒正しい家で、いくら冷遇されているからといって従僕呼ばわりしていいお方ではないのですよ」


 うん、それはまあ、私のことなんて知りませんよね。


「吾は、そちのような者共にとって禁足の間に臥しておった者。そうじゃのう……この屋敷の人間は、永久女の名をみな知っておるか?」


 ごめんなさい……あの人達に”実はあの二人ただの友達ですよ”とか言われるととっても困るんです! 本当なら私の大事な友達、その恩人にこんな口の利き方したくないんですけどね!?


「とわめ、って……旦那様が時折口にされる……? 禁足の間、って……!?」

「ふむ。吾がいる、ということは皆知っておるか。なれば、うずめを従僕と呼ぶに足る存在であること、分かっておるな?」

「……確かに、貴い方だと聞き及んではいます。けれど、誰にもうずめお嬢様をこれ以上さげすむことは、許せません!」

「はは……すれ違いがあるようだ。うずめはな、吾を親身になって世話をしてくれた。これを従僕以外の呼称を吾は知らんでな。さげすむ意図はない。ところで、そち。名は何という?」


 少し逡巡して、コック長さんは名を告げる。


「花野ゆら。それが何か?」

「ゆら、か……」


 車いすに座ったまま、下げられる範囲で頭を下げる。


「え……?」

「ゆら、そちはうずめによくしてくれたそうじゃの。吾の従僕によく尽くしてくれた。それは、吾によく尽くしたも同然よ……心の底より、礼を言う」


 そう言い終えてから顔をあげると、ゆらさんはポカーンとした表情をしていました。


「……貴い方だと聞いていたから、こんなにあっさり頭を下げられるとは思いもせず。初対面だから当然だけど、どうも勘違いしてたみたい」

「貴かろうと、礼を言うべき時は礼を尽くすのが当然であろう?」

「ごもっともで……ただ、その古いしゃべり方は直したほうがいいよ。現代風のしゃべり方、暇ができたら教えるから」


 予想外の申し出でしたが、それはありがたい。ゆらさんに習って、現代のしゃべり方を覚えた、という途中経過があればうーちゃんを従僕なんて呼びかたしなくて済みますからね。


「それはありがたい。何分、皆のような話し方が良く分からんくてな」

「ま、他の使用人にも伝えるよ。じゃ、夕飯の仕込みがあるんでこれくらいで失礼」


 そう言うと、ゆらさんは厨房の方へと戻っていったようでした。

 本当は現代のしゃべり方できるってばれないようにしないとなぁ、教えてもらう時。怪しまれちゃいますからね。


「じゃあ、戻りましょうか。リエさんの言う通り、ここは少しじめじめしていますからね」

「そうですね。すいません、座っているだけで……」

「まだ十分に歩けないんですから、仕方ありませんよ」


 うーちゃんは本当に優しい子。

 どうか、私がそばにいられる間くらいは、幸せに包まれますように。

 吸血鬼の身ではありますが、そう祈らずにはいられませんでした。

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