私だって怒るときは怒ります。
扉が開くと、千年ぶりの日光。そして……。
「……す、すごく暑いですね」
「地球温暖化が進んでいますからね。それに、今は初夏。暑いのも当然です」
「でも、私の部屋は涼しかったですよ?」
「あれは、エアコンという機械を使って部屋の中の空気を冷やしていただけです。冬になれば、空気を温めることもできますよ」
「どんな原理でそんなことができるのかさっぱりわかりませんね……」
うう、座っているだけなのに汗が出てきました……私を押すうーちゃんはもっとつらいでしょうね……。
ふと見上げると、うーちゃんは汗ひとつかいていません。ひょっとして、うーちゃんはこの酷暑になれているのですか!?
「リエさん、どうかされました?」
「ふぇっ、い、いえ、何も!」
前を見据えるうーちゃんの顔がとてもりりしく見えたのは内緒です。
「しかし、車いすも通れるような作りなんですね。あれだけの部屋を作るお金に、世継ぎかどうかで態度が変わる家なら、階段だらけかと」
「そうですね……私の方から説明したいところですが、それには少し時間が足りません。ですが、私の家は……何代か前から、リエさんに謝らないと……いえ。それでは足りないほどのことをしてしまっています」
「代表してうーちゃんが謝る必要はありません。すべては、何代か前からの当主と、今の当主。そして、次の当主ですから」
うーちゃんがはっと息をのんだのは、心を読まれたとでも思ったのでしょうか。私が止めなければ、うーちゃんが謝る気でいたのですね。
「……あの扉の先が、本館です。覚悟はよろしいですか?」
「もちろん。さあ、行きましょう」
私が言うと、うーちゃんも決意したようでした。ドアを開き、私を本館の中へと押してくれます。
「立派なお屋敷ですね……使用人がいるだけあります」
廊下は大理石製、その上に触り心地のよさそうな──つまりは高級そうなじゅうたんが敷かれています。
ですが、ここは廊下の途中の様子。今通ったドアも、他のドアとデザインは変わらず、言われなければその先には部屋があると錯覚してしまいそうです。
「……使用人に家族を集めさせます。少々お待ちください」
そういうと、さっきの良く分からないものとは別の良く分からないものに手を伸ばし、そこにある突起を押しだします。
「家族を至急集めてください…………ええ、私の言葉で動くような人達ではありませんが、永久女様のことで話がある、と付け足せばすぐにでも動くはずです………そうですね。リビングでいいでしょう」
くるくると巻かれた、ひものようなものの先についた何かにひとり言のように話すうーちゃん。ですが、時代は進歩しているのです。遠くにいる人に言葉を伝える手段があってもおかしくはないのでしょうね。
「お待たせしました。おそらく、両親と姉、家族総出になります」
「うーちゃん……いいえ。うずめ。お前が思うより、吾は人に慣れている」
「リエさん……そう言うしゃべり方もできるのですね」
「ええ。威圧的に話した方が、畏敬の対象かつ、後ろ暗いことをしている相手には効果的でしょう? だから、うーちゃんも家族の前では私の名前を略さず言ってくださいね?」
うなずくと、うーちゃんは再び私の後ろに回り、車いすを押します。
長い廊下は、それだけ広いお屋敷ということでしょう。しばらく歩くと、ひときわ立派なドアが見え、その前でいったん止まりました。
「ここが、リビングですか?」
「はい。私だけで、まずは様子を見ます」
「分かりました」
中からは見えない位置に私を押していくと、うーちゃんは扉を開きました。
「何の用? 永久女様の名前まで出したんだから、くだらない用事だったら張り倒すわよ?」
「仕事を中断させたこともまた責めるべきところだな」
「さっさと用事を言いなさいな、うずめ」
「…………っ」
ああ、家族だというのに、少し話をするために呼び出しただけでこんな態度を取るなんて。
家族として、最低の人たちですね。
「ちょっと、黙ってないで何か言ったら?」
「では……永久女様が目覚められました」
うーちゃんがそう言うと同時に、場の空気が変わるのを感じる。
「そんな冗談いうために呼び出したの? やっぱあんた張り倒すわ」
「待て、うずは……証拠は、有るのか?」
「お連れします」
「え……?」
そんな会話の後に、うーちゃんがリビングから出てきて、私をリビングへと連れていく。
「…………!? と、永久女様……!?」
「嘘……なんで」
私の顔を見るだけで、凍り付く三人。
「永久女……ふむ。面白い呼び方をしたものよ。吾の名はツェツィーリエ・ベヒトルスハイム。千年の眠りより、そうな……二週ほど前に目覚めた。この、うずめのおかげで苦労はせなんだが……話を聞く限り、おぬしらは下賤のものと呼ぶにふさわしいのう。うずめをぞんざいに扱い、吾の体を用いて、ずいぶんと勝手なことをしてくれたらしい」
古めかしい口調で、怒りを静かに、しかし露骨に出したしゃべり方をする。それだけで、三人はガタガタと震え、顔が蒼白になる。
「なれど、吾は情なきわけでもない。なにより、仮にもおぬしらは定の子孫。吾をかくもうた恩人の子孫を殺しては、定も悲しもう。そこで……吾の条件を飲めば、水に流そう」
三人は互いに顔を見合わせ、父親が意を決したように口を開く。
「何なりと……お申し付けください」
「なに、そう難しいことではない。おぬしらが、うずめに今までの非礼を詫び、二度とそのようなことをせぬこと。要は、吾をここまで回復させたものを正当に評価せよというだけのこと。ああ、それと。吾とうずめを会わせぬようにすれば、その時はおぬしらの命日となるであろう」
「は、はいっ……お申し付けの通りに」
「だそうじゃ。うずめ、よかったの。これにて一件落着よのぅ? またいじめられたらいうのだぞ。吾は吸血鬼なれど、陽の光で灰に帰ることはない。いつ、どこに隠れようとも、お前をいじめるような輩は……その血の一滴残さず吸い殺してやるでの」
これくらい脅せば十分でしょうか。
「うずめ。お前さえ良ければ、このまま外の世界を見せてはくれぬか。吾の眠りし千年の間に、ヒトが如何様な変化を遂げたか、この目で確かめたい」
「かしこまりました。それでは、父様、母様、姉様。失礼します」
恐怖に満ちた顔に、牙を見せつけるように笑みを見せる。ダメ押し、ダメ押し。本当ならもっと怒りたいんですからね。
うーちゃんの待遇が良くなるであろうことに喜びを感じながら、私はうーちゃんに押されて外へ向かうのでした。