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私、意識しちゃってます

 二日ほど、自分で立って歩く練習をした後のことでした。


「リエさん、車いすが届きました」


 喜びとためらいが混ざった顔で言いながら、うーちゃんは何か神の箱に包まれたものを持ってきてくれました。


「あ、ありがとうございます」

「リエさん? どうかされましたか?」

「いえ、なにも! なにもありません、よ? これで文句を言いに行けると思うと胸が躍りますね!」


 言えないです……手の甲と、髪にキスをされて、耳元で囁かれて以来、うーちゃんを、その……女の子なのに、素敵な男の人を見かけた時と同じような感覚で眺めてしまっている、だなんて。

 だって、あんなのずるいです! かっこ良すぎます! 最近の女の子って、みんなああなんでしょうか!?


「……リエさん、最近私の目を見てくれていないような」

「いえ、その……あの……」


 顔は見ているんです。かわいいです。

 体も見ているんです。服の上からでは良く分かりませんが、その下にはきれいな少女の肉体があることも分かっています。

 でも。目が見れないんです……黒く、吸い込まれてしまいそうな。でも、私への思いが込められた目。

 あの目を見続けたら、うーちゃんのことを可愛いなんて言えなくなってしまいそうで。代わりに、恋に落ちた女の言葉を発してしまいそうで。


「うーちゃん、あの……」

「どうかしましたか?」

「……その…………先日の、キス……には、どんな意味が」


 思わずそんな言葉をもらしてしまい、自分で自分が分からなくなる。


「とある古い劇……と、言ってもリエさんが眠りについた時代よりは最近ですが、こんなセリフがあります。『手の上ならば、尊敬のキス。額の上ならば、友情のキス。頬の上ならば、厚意のキス。唇の上ならば、愛情のキス。まぶたの上ならば、憧憬のキス。手のひらの上ならば、懇願のキス。腕と首ならば、欲望のキス。その他は狂気の沙汰』……」

「なら、うーちゃんは私へ尊敬と……きょ、狂気の沙汰って、いったいどういうことなのでしょう?」

「ご想像にお任せします。ここから派生した解釈は複数あるそうなので、いつか知ることもあるかと思います」

「……今知りたいような、知りたくないような。微妙な気分です」


 狂気の沙汰、というのがとても引っかかりますが……唇を超えるほどの愛情のキス、とか言われてしまったら、私……頭が大変なことになってしまいます。

 そんな私を他所に、紙の箱の包装を手際よくといていくうーちゃん。

 中からは、座面が折りたたまれた車いすが出てきました。


「すいません、折り畳み式でないと、箱が大きくなりすぎてさすがに怪しまれるかと思いまして。ですが、強度は十分です」

「早速、座っていいでしょうか? そして、うーちゃんの家族にお説教です!」

「分かりました。今座れるようにします」


 説明を見るまでもないとばかりに、うーちゃんはたたまれた車いすを広げていきます。

 そして、完成させると私の方へ押してきてくれます。


 ですが、少し遠くで歩みを止めてしまいます。


「……本当に、良いのでしょうか。この家の人間なら、リエさんの顔を知っています。ですから、リエさんが永久女様だとすぐに気づくことでしょう。ですが、私を擁護するような発言をすれば、家族は私とリエさんのことを邪魔するかもしれません……」


 ああ、だから、ためらったのですね。狂気の沙汰といわれるほどのキスをしてもいい、とまで思っている相手と、割かれたくなくて。


「その時はまたお説教です。もう立って歩く練習だってしているんですから、邪魔されても会いに行って見せます!」


 だから、私はそう言いきりました。吸血鬼パワーは血がなくったって、少しは使えるんですからね!

 魔法を使われたら、今の私ではどうにもならないのですけど……。


「本当に……リエさんには、かないません」


 ですが、私の言葉で迷いは消えたようで。再び車いすを私のそばまで押してきてくれました。


「行きましょう。と、言いたいところですが……今は昼間ですね」

「あ、私民間伝承の吸血鬼とはだいぶ違いますよ。日光や流水に触れても灰になりませんし、にんにくだって匂いはエチケットとして気になる程度で普通に食べれますし」

「……ヒイラギの枝の先にイワシの頭は?」

「……なんですかそれ。そんなのが飾られていたら、少し不気味には思いますけど、別にはじかれたりしませんよ」

「そうですか。良かった……では、改めて。行きましょうか」


 その言葉にうなずきを返して、私はまだふらつく足に体重を乗せ、車いすへと移動します。


「ふう……立って歩くのはまだ時間がかかりそうですね。でも、万が一があったら、這ってでも会いに行きますから!」

「ええ。私の事をそこまで思ってくれて、ありがとうございます


 そっと車いすを押しだすうーちゃん。そう言えば、この部屋の外はどうなっているのでしょう。まだ出られるほど足が回復していないので、知りませんでしたが……。

 その疑問も、すぐに解消されます。うーちゃんは、大きなダブルドアを開き、その外へと私を連れだしてくれます。

 目の前に広がるのは、私の部屋の大きさからは信じられないほど短い廊下と、その途中にあるドアと窓。私の部屋とは違い、いたって普通の人が通るに足りるだけの高さです。


「……私の部屋と比べると、気が抜けるような作りですね」

「ええ。この離れはリエさんのために作られたものですから。あとは、侵入者対策の、この小さな部屋だけです」


 話しながら、窓の中を見るとたしかに小さな部屋です。何か……よく分からない物と、蛇口とガスを使うためであろう台。それと、天井につけられた棒のようなもの。


「初めて見るものがたくさんですね……」


 また今度、このよく分からないものが何なのかもうーちゃんに聞いてみましょう。離れの外につながるであろう扉を開くうーちゃんを見ながら、そんなことを思う。




 そして、扉が開かれました。

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