結末と──
──まだ、死ねないのですね、私は。
脳が吹き飛んでなお、心臓は脈を刻み続ける。
心臓を白木の杭で貫かれた時でさえ、この鼓動を止めることはなかった。
「……地獄に、堕ちろ……! 辻野さくらっ!」
そして、なにより──聴覚では無い何かで聞き取れたその言葉に、応えるために。
カリ。脳ではないどこか……あるいは、魂と呼ばれるものが命じ、事前に口に含んでおいたリーリエの血液カプセルをかみ砕く。
それは、限りなく死に近しい状態の私の体に速やかに取り込まれ、大魔法使いの力が腕や脳の欠損さえも速やかに修復していく。
「……生命活動レベルの低下を確認。対象を一定以上の脅威と認定。星の端末より、解放許可受領──」
「っ!? まだ生きていますの!?」
振り向きながら、ためらいなく銃を撃とうとしたさくらさんと、目が合う。
「──魔眼、開帳」
ここまでの流れが、血を吸った時のように流れ込む。ああ……立派な、嫌な女!
もはや、私に”眼”を使うことへのためらいはありませんでした。
「………っ!? ……!」
さくらさんには、もはや動くこと、呼吸すらままなりません。
それはそうでしょう。
純血の吸血鬼、その魔眼に、逆らうことなど不可能。
「辻野さくら。今回の判決を言い渡す」
「リエ、さん……?」
神秘が私の体からあふれているからでしょうか。うーちゃんは、私が本当に私なのかを確かめるように、そう口にします。
「辻野さくら……あなたには、地獄すら生ぬるい。よって……脆き吸血鬼の呪いを科す」
けれど、今の私には先にやることがある。
うーちゃんに背を向けたまま、私はさくらさんに歩み寄り、その首筋にかみつく。
「────!!」
さくらさんの体がびくびくと波打つ。
そして、私が流し込んだ呪いが、彼女の体を変えていく。
「……あなたを、民間伝承の吸血鬼の弱点を持つだけの、ただの人間に作り替えた。せいぜい、朝日や流水、にんにく……ありとあらゆるものに怯えて生きていくがいい」
どさりと崩れ落ちるさくらさん。けれど、もう彼女に関心はない。
「うーちゃん、治すのが遅れてごめんなさい。けど、今治しますから」
ああ、私の体で威力が減衰していて、そして……長い、長いキスをしていて、本当によかった。
「この者の内なる我よ、疾く傷を癒せ」
キスの時、唾液は混ざり、うーちゃんの中に私がほんの少しだけ流れ込んでいる。
その私のかけらもかけらの部分ですが……それでも、魔眼開帳している今の私なら、魔法と合わせれば傷を癒すくらいできます。
「なんなんですの、あなたは……わたくしに、何をしたんですの……?」
「……全部、ご存知でしょう? 先ほどあなたに告げたとおり、あなたは今後吸血鬼そのものとして、人間の寿命で生きてもらいます。そして、私の正体は──ツェツィーリエ・ベヒトルスハイム。ただの怪異です」
私の言葉を反芻して、己の体に起きたことを察したのでしょう。彼女は銃を抱え直すのも忘れて逃げ去りました。
……それもそうでしょう。彼女の家がどこか知りませんが、こんな時間では公共交通機関は動いていませんし、車の音もしませんでしたから。徒歩で、朝日に怯えて逃げ帰るしかないのです。
「……リエさん、生きて、いるんですか? リエさんも、私も……!」
「ええ。そして、さくらさんは二度と私たちの前に現れないでしょう。ごめんなさい、最初から全力で行けば、こんな痛い思いさせずに済んだのに……」
もう服の穴と、血痕くらいでしかわからない傷口をさすってあげる。けれど、痛がる様子はない……うん、完全に治ったようですね。
「……もう、安全です。これ以上の脅威は、きっと私たちに振りかかりませんから」
「リエさん……!」
「ところで、つり橋効果かもしれないんですが……すごく今、ドキドキしているんです」
思わず唇を奪い、今までは唾液だけだったのを、舌までいれて激しいキスをする。
「……これ以上のことを、してもいいですか?」
何度か私がしてもらったように、お姫様抱っこでうーちゃんにそう問いかける。
「……はい」
顔が真っ赤になっているのは、傷が急速に癒されたが故のものではないでしょう。
けれど、キスの先をしたくて、たまらなくて───。
そのまま、私はベッドにうーちゃんを連れていき、そして───ここから先は、語るだけ野暮でしょう。
特別な、恋人同士になるようなことを私たちは時間を忘れて行うのでした。