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お茶の時間ですね

 時代は変わったのですね……”蛇口”を捻るだけで水が出て、燃える気体の”ガス”でその水を沸かしたり、シャンデリアが光っているのと同じ原理で”電気”を使ったり……井戸や、薪拾いはもうしないでいい仕事なのですね。ろうそくもなしに明るくできるなんて、驚きです。たしかに、ろうそくにしては長持ちするし、ろうがたれていないとは思ったのですが……。


「お待たせしました。紅茶がはいりましたよ」

「ありがとうございます。自力では起き上がれもしない、ティーカップも持てない私なんかのために……」

「気にしないでください。言ったじゃたじゃないですか、リエさんの介護ができるなんて、私にとっては最高の名誉なのですから! ……でも、いきなり起き上がるとなると、痛いかもしれないですね……申し訳ありません、その程度の事にも思い至らなくて」

「いえいえ、そもそも私が起きること自体が想定外でしょう? それに、人間の致命傷の多くは、私にとっては数十分で治る傷ですから。背骨が折れてもいいくらいの勢いで、グイッと起こしてください」

「リエさんの骨が折れたら私の同じ骨を砕きます」

「優しくしてくださいね」


 当然です、と言いながらうーちゃんは優しく私を起こし始めました。

 背骨とかもろもろが鳴る音は隠せませんが、痛いという声だけはあげないように我慢します。大事な友達が自分で自分を傷つけかねませんからね。


「これくらい起き上がればこぼれる心配はありませんね。さ、どうぞ」

「ありがとうございます……とても、良い香りですね」


 口に含むと、さわやかな果物を思わせる香りが鼻に抜ける。口当たりも渋さはなく、まろやかで優しい。これは良い茶葉を使っているのはもちろんですが、淹れるのも上手にしないとできないことですね。


「うーちゃん、とても上手にお茶を淹れるのですね。使用人を雇えるようなご家庭なら、こんなこと任せるでしょうに」

「この離れは、使用人が立ち入ることを禁止しています。それでも、紅茶が飲みたかったので……時間が経った紅茶は、渋くておいしくありませんから」


 使用人の立ち入り禁止……ですか。

 そうなると、昨日うーちゃんが立ち去った後に感じた、ドアの前の誰かはうーちゃんのお姉さんだとか、うーちゃんと血のつながっている人でしょうか。あんな不自然な、気絶のような眠らせ方ができるなんて、魔法使いか何かかもしれません。昔、知り合いにいましたからね……気をつけましょう。


「それと、良かったらこれを。プラムジャムのサンドイッチです。酸味と甘さで気分が上向くでしょうし、多少は栄養もあります」

「え? 食事はうーちゃんの分しかないはずでは……?」

「はい。ですが、考えてみれば私は朝夕としっかり食べることができますから。お昼を抜くくらい、どうということはありません」

「そんな! ダメですよ、うーちゃん、見た限りではまだまだ成長するくらいの年頃じゃないですか。ちゃんと食べないと大きくなれませんよ?」

「……私が大きくなったところで、何もできませんから。体ばかり大きくなったところで、この家では何の意味もありません……それに、リエさんが飢餓で死ぬことはなくても、死にそうなほどつらい状態がずっと続いているのではないかと思うと、私は朝夕の食事すらまともに喉を通りそうにありません……この思い、分かっていただけるのなら、どうか食べてください」


 実際にその場面を見に行くことはまだかないません。ですが、今までのうーちゃんから考えると、間違いなく本気で言っているのでしょう。なら、私は食べなくては。


「ごめんなさい……いただきますね」


 うーちゃんが口元まで運んでくれたサンドイッチをかじる。

 甘酸っぱいジャムと、パンの香りを感じる。けれど、これは本当ならうーちゃんが食べるべきものだった。私の飢餓を満たすためにここまでさせて……体が動かせるようになったら、私はうーちゃんのために全力を尽くさねばなりませんね。


「おいしいです。とても。ジャムも、パンも、私の時代とはずいぶん違っていますね」

「その言葉を聞けば、いつものブーランジェリーの店主も喜ぶでしょう」


 そういううーちゃんは、穏やかな笑みを浮かべています。

 だから、これでいいのでしょう。少なくとも、今は。


「うーちゃん。私、絶対また体を動かせるようになります。私が畏敬の対象と見られているというのなら、脅してでもうーちゃんの立場を良くします。絶対に……こんなに優しいあなたは、不遇であってはいけないのですから」

「気持ちだけでもうれしいです。でも、私はリエさんとこうして話せるだけで十分報われています。どうか、無理はしないでください」


 私には、どうしても理解できないほどに、その笑顔はどこまでも穏やかで、安らかで。今までの話を聞いていなければ、とても虐げられている人物のそれとは信じられませんでした。

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