束の間の平穏
リーリエの魔法のおかげか、私とすれ違っても特に注目されることはなく、教室まで戻ることができました。
リーリエの言っていた通り、少し見えにくくなってこそいましたが私が移動したときと同じ場所にあったので、車いすも簡単に発見。一応は、車いすに乗って移動しておいた方が良いでしょうね……。
結界に手を振れると、リーリエのあたたかな波長の魔力がはじけます。うん、誰も、何もしていないようですね。
「えーっと……ここから武道場まで……車いすで行くには……えーっと?」
今日初めて来たところですし、移動もうーちゃんやリーリエ、さくらさん任せだったので道が分かりません。どうしましょう……とりあえず、近くに誰かいないか人を呼んで……?
こんこん。そんな音が窓の方から聞こえました。
カラス……? 窓をつついたのでしょうか。あ、よく見たら足に手紙らしきものがむすばれています。リーリエの使い魔でしょうか?
「ありがとうございます、カラスさん」
そっと窓を開け、できるだけ怖がらせないように手紙を受け取る。
カァ、と一声鳴いてカラスさんは飛んでいきました。えっと、リーリエからの手紙は……。
『よく考えてみたら道分からないだろうから地図。私のおせっかいとして、これはサービスにしておく』
おお……なんとタイミングの良い。リーリエ、ありがとうございます。
一人だけで移動するのは、目覚めてからほぼ初めてですね。はるなさんに詰問しに行こうと思った時も、さくらさんに押されましたし。
とはいえ、吸血をした今ではそこら辺の人には負けません。本当なら歩けますけど、今日一日を怪しまれないための車いす移動ですからね。
でも、これ……結構大変ですね。
うーちゃんたちに感謝しなくては。大変だろうとは思っていましたが、私一人を動かすのって、今の私でも疲れますから。
「でも、もう、ちょっと……!」
地図によれば、この軽い坂を上れば、武道場の扉があるはずです!
「よい……しょっ!」
ふぅ……なんとか登り切れました。ここが武道場ですね? うーちゃんのかっこいいところ……いったいどんな姿が見れるのでしょう。
期待に胸を膨らませながら、扉を開けます。
「ヒャアァァァッ!!」
「サアァアア!」
ひゃっ!? す、すごい気迫です。これは……なぎなた?
「次! どんどん来てください!」
あ、この声はうーちゃんですね……あの座った人達に囲まれた人がうーちゃんでしょうか。面で顔は良く見えませんが、天野、と防具にかかれていますし、多分そうでしょう。
「お願いします!」
大勢の一人が、そういって立ちあがり、構えます。
その人は、本物だったら刃にあたる部分を掲げ、いつでも切りかかれる構えに対して、うーちゃんは腰くらいの位置でなぎなたを構えています。
「ヤアァァァア!!」
果敢に切り込んでくる相手に対して、うーちゃんは冷静にさばき続け、距離を取ると、間合いを測り合うようになぎなたの先を数度触れ合わせます。
「シャァッ!」
もう一度触れ合わせた直後、相手のなぎなたを払い、一瞬の隙をついて面に一発。審判役の方がうーちゃんの勝ちを示し、お互い礼をします。
すごい……確かに、これはかっこいいです。ほれぼれしちゃいます。
「あの、どうかされましたか?」
「あ、天野うずめさんに用が……というか、ここにいると聞いたものですから。見ているだけですので、呼ばなくても──」
道着姿の方が声をかけてくれますが、稽古の邪魔をしては悪いですね。このまま遠目に眺めていましょう。
「…………! 少し待ってください。リエさーん! リエさーーん!!」
あ、気づかれちゃいましたね。すごい勢いで駆け寄ってきます。人懐っこい犬だったら、尻尾をちぎれんばかりに振っていることでしょう。
「うーちゃん、稽古の途中なのですから、私に構わないで大丈夫ですよ?」
「何を言っているのですか! せっかく来ていただいたのですから、最高の場所で見ていただきたいのです! 囲まれていると見えにくいですからね、ちょっと二階席に……」
礼節を重んじる道の精神にのっとって、なぎなたをいったん定位置に置きに行くと、また駆け寄ってきてくれて、私を押してくれます。
「誰だろう? すごいきれいな人だけど……天野先輩とどんな関係?」
「親しげだったよね。天野先輩ってクーデレだったんだ……ギャップがすごいけど、なんかその一面を知ると余計にあこがれちゃうなぁ」
「ねー。私にもあんな風にデレてほしい……」
……ああ、うーちゃんの人気って、こういうところもあったんですね。たしかに、あまり隙を見せない、強い女性となるとあこがれる子も出てくるでしょう。
でも、私に対してはデレデレ……あれ? これってさくらさんのみならず、いろんな人にねたまれませんかね?
「……リエさん、人目がないうちにお伝えしますが……安倍さくらさんって、誰でしたっけ? リエさんと話した覚えはある、危険な人物だった気がするのですが……」
しかし、そんな心配もその言葉で吹き飛びます。あんなに昔から付き合いがあったかのような話し方をしていたのに……!?
「え……忘れて、しまったのですか?」
「はい……なにか、急に思いだせなくなって……リエさんとの話がなければ、名前も顔も出てこなかったかもしれません」
やっぱり……式神として、作られて”後輩にいた”と言う暗示をかけられていたのでしょうか。でも、私が彼女を……だから、その暗示の必要がなくなった?
「……陰陽師の特別な式神だったようです。忘れてしまったのは、私が倒したからだと思います。うーちゃん、彼女は後輩で、高校に入ってから急に態度が変わった、って話していたので、多分そういう催眠術のようなものをかけられていたのでしょう」
「なんと……そんなことまで忘れるとは、やっぱり私では……リエさんを守るには、力不足なのですね」
悔しそうなうーちゃん。それは私を思ってくれているからこそなのでしょうが……。
「私が、人以外の世界からうーちゃんを守ります。だから、うーちゃんは人の世界から私を守ってください。現代社会を生きるにあたって必要なもの、あまり持っていませんから」
「……そう、ですね。分かりました。一介の女子高生にできる範囲にはなりますが、全てをかけてリエさんをお守りします」
戸籍とかないのに、高校に留学生として入れられるだけの社会的地位はすでに一回の女子高生の範囲を超えている気がしますが、思いはとてもうれしいものです。
「無理はしないでくださいね、うーちゃんとは、少しでも長く一緒にいたいですから」
「はい。いつかリエさんの眷属にしてくださいね。それまで、私諦めませんから」
にこやかに、でも一緒に永遠を生きようとしてくれているうーちゃんの言葉に、胸が高鳴ります。
「……しっかり考えたほうがいいですよ。永遠は、一時の感情で入門するには長すぎる時間ですから」
稽古に戻るうーちゃんの背中に、そう小声でつぶやいて。
ひときわ張り切るうーちゃんを二階から見ながら、今後の脅威を思うのでした。