青臭くて、酸っぱくて、さわやかな気持ち
一応体調不良という形で教室を出た手前、怪しまれないよう保健室に行くことになりました。
……リーリエがごまかしの魔法をかけてくれていてよかったです。あれがなければなんか急に保健室来たのにすぐ帰ってまた来た、という病弱な人になってしまうところです。
「授業中に、抗えないほど眠くなってしまったの?」
「はい、寝不足ではないはずなのですが……」
保健室の先生と、雑談をしながら平和な時間を過ごす。教室の方にはリーリエが戻りましたし、もしもうーちゃんが狙われても守ってくれるはずです。
「うーん……ナルコレプシーだったら、本当に昏倒っていってもいいくらいに眠ってしまうし……なにより今までそんな症状はなかった……線は細いけれど、無理なダイエットをしているようにも見えないから低血糖でもないでしょうし……」
……陰陽道の呪いをかけられた、なんて言えませんから、判明している病気を思い返しては『一緒に起こっていることが起こっていないからおかしい』と心配そうに考えてくれている先生を見ているしかできません。
さすがに……ここまで心配をかけると気まずいですね。はるなさんには、それ相応の罰も与えるべきでしょうか。
「ひょっとしたら、気疲れしているのを見落として、急にきてしまったのかもしれないわね。日本語が上手だけれど、ドイツ出身なのでしょう? なれない土地、なれない場所、なれない人……アマツジさん、繊細そうだからそういうこともあるかもしれないわ」
「そう見えますか?」
「ええ。窓から、登校してくる天野さんと、アマツジさんを見ていたけれど、仲睦まじくて……女の子同士でチューしちゃうところも見ちゃったけれど。押してくれる天野さんの方を気にしていたもの。自分が迷惑をかけていないだろうか、って顔に書いてあるくらい」
……結構、いろんな人に見られたり、知られたりしちゃったんですね。うーちゃん大胆すぎます……。
「でも、そんな繊細さに天野さんも惹かれたのでしょうね。日本ではまだできないけれど、ドイツでは同性婚が認められているのでしたっけ? 頑張ってね。あたたかい声ばかりではないでしょうけれど、好きな人と結ばれるのは、好きでもない異性と結ばれるよりずっと幸せでしょうから。私は応援しているわ」
「あ……ありがとう、ございます」
結婚……結婚かぁ。うーちゃんの態度から考えて、拒まれるどころかいつでもウェルカムなんでしょうけれど、改めて意識すると、やっぱり特別ですね……それは、まあ。私から告白したわけですし、プロポーズをするとしたら私から?
でも……結婚までするのなら、うーちゃんを私と同じような存在にしたくなってしまうのでしょうね。今でさえ、うーちゃんを失う時が来ると想像しただけで、泣きだしてしまいたいくらいに悲しいのですから……。
うーちゃんは……私と永遠を生きてくれるでしょうか……。
「……遠い目をするのね。十代とは思えないくらい、深く物事を考えるのね、アマツジさんは」
「は、え……そんな目をしていましたか?」
「ええ……けれど、きっと物事はアマツジさんが思うよりシンプルよ。だって、好きでもない人と人前でキスなんてしないもの。アマツジさんからか、天野さんからかは分からないけれど、きっとうまくいくわ」
「ありがとう……ございます」
うーちゃん……私、やっぱりあなたが好きです。キスまでしたんですから、当たり前ですけど。
かっこよくて、かっこ悪くて、勇ましくて、可愛くて……あなたの見せる、全ての顔が愛しく思えるんです。
こんなこと伝えたら、また押し倒されちゃいますね。まだ心の内にとどめておきましょう。
「天野さん、実家だとひどい扱いを受けているらしいから。そこから連れ出してあげてほしいだけかもしれないわね。でも、それは教師にできることではないから……よろしくね、アマツジさん」
「はい……うーちゃんが、それを望んでくれるのなら、必ず」
二人で一緒に、世界が終わるまで。
そんな夢を見ながら、先生のいれてくれたハーブティーを口にする。
少し青臭いけれど、さわやかで、酸味のある味わいは、今胸に抱く思いにぴったりなのでしょう。
この思いを伝えるために、私は天野家の事情に振り回されるわけにはいかない。
疫病の流行を予言し、それに対抗するための薬の実験台になる、というのは大勢の人のためになるかもしれないけれど……私は、顔も知らない何億人より、いとおしいといえるたった一人のためになりたい。
自己中心的だろうとなんだろうと、そう思うのです。誰にも文句は言わせません。
「……うーちゃん、勉強できてるかな。私の心配ばかりして手が付かなくなっていなければよいのですが」
「そう思うのなら、少しベッドで横になっておいたほうがいいわ。悪いのなら、良くしておかないと。それが保険教師としての私の務めだし、繰り返してしまっては天野さんの心配はもっと大変なことになるでしょうから」
「そうですね……すいません、少し眠らせていただきます」
「私が押すわ。体調が悪いのなら、無理をしない」
自分で動かそうとしたところでそう言われ、私はベッドのそばまで運ばれる。
「それじゃあ、おやすみなさい。しっかり休むのも、また勇気だからね」
「はい……おやすみなさい」
眠たくはないけれど、ベッドに横になる。
天野家で用意されているベッドほど寝心地はよくありませんが、あのベッドの上で私がされていたことを思えば、こちらの方がはるかに安らかに眠れそうだと思ってしまう。
それは当然のことなのだろうけれど……となりにうーちゃんがいないと、少し寂しく思う自分がいるのは、恋以外の説明がつかないですね。
そう思いながら目を閉じると、初夏の少し強い日差しがカーテンでちょうど良くやわらいで、まぶたの裏に届くのでした。




