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不審な声

 泣き止んだうーちゃんは、気まずかったのかしばらく私のベッド横にうずくまって、そのあと部屋を出て行ってしまいました。

 うーちゃんのおかげで動かせるようになった首を使い、部屋を見渡す。

 私一人のためだけに用意されたとは思えないほど、広い部屋。おしゃれで、品のある家具。

 どれも、私には過ぎたもので、ひどく中身のないもののように感じる。

 それが、とても寂しくて。とても、悲しくて。

 目を閉じて眠ってしまおうかと思ったけれど、ふと恐ろしくなってしまう。



 もしも、また千年眠ってしまったら?



 うーちゃんは、自分に価値がないと思い込んでいた。けれど、私の言葉でほんの少しだけ希望を持ってくれたようでした。

 その希望を与えた本人が、また眠りについて、また周りの顔色をうかがっていないといけないような生活に戻ってしまったら?

 私だったら、とても耐えられない。

 起きていないと。

 千年も眠っていたのだから、もうしばらく眠る必要なんてない。

 自分にそう言い聞かせながら、寂しさと、悲しさと、恐ろしさに抗う。

 陽の光を浴びても、私は灰になったりしない。

 けれど、それを心配したのか、この部屋には窓がない。天井からつるされたシャンデリアが、照らすばかりです。

 ……うーちゃんが部屋を出てから、どれくらいたったのでしょう。ほんの少しの間? それとも、またうーちゃんが来てくれるくらい待ったのでしょうか?

 不老不死なんて、神様の摂理に逆らう存在のくせに、こんなことを神様にねだるのはおこがましいかもしれません。

 けれど、神様。お願いです。今、生きている私のたった一人の友達と、早く会わせてください。



 コツ、コツと足音が聞こえました。


「うーちゃん?」


 期待心から、そう声を出して扉の方を見る。

 コツ。足音が部屋の前で止まる。

 早く。早く扉が開いてほしい。うーちゃんの顔が見たい!

 けれど、思いに反して扉は開かれない。

 誰かが、扉の前でぼそぼそと何かをつぶやいている……?

 それを感じると、急激にまぶたが重くなる。

 おかしい。眠気じゃなくて、何か、別のものが私を襲っている。

 それが何かなんてわからないけれど、目を開けていないと。閉じてしまったら、また、眠ってしまう。そんな気がする。

 だめ、めを、あけていない、と……でも、まぶた、が、かってに……。




「──様っ! 永久女様っ!!」


 う……ん……この声、は……うー、ちゃん?


「あれ……私、何が……急にまぶたが重くなって……また、眠って……?」

「良かった……また、千年の眠りにつかれてしまったのかと思って、私……私……っ!」


 うーちゃんの言い方だと、眠っていたようですが……はたから見て、私がそう見えただけ。私の体感だと、気絶だとか、そちらのほうが近いように思える。


「心配をかけてしまい、ごめんなさい。千年も眠ったのに、眠くてたまらなくなるなんて、ダメですね、私。どれくらい眠ってしまったのでしょう……」


 けれど、それを口に出してもうーちゃんに心配をかけてしまうだけでしょうね。ここは、うっかり眠ってしまったということにしておきましょう……。


「いえ、一晩の間だけです。念のため、誰にもとわ……リエさんが目覚めたことは話していません」

「そうですか……よい判断だと思います。私が部屋を出れるようになるくらいまでは、秘密にしておいてください。私が目覚めたのをいい事に、うーちゃんと引き離されてはたまりませんから」

「……っ! はい!!」


 すごくうれしそうですね……あ、そう言えば目覚めてちょっと会話をしただけで、私を自分色に染めたいと口走るような人でしたね、うーちゃん。

 まあ、不思議とその言葉に嫌悪は感じないわけですが。うーちゃんきれいですから。

 ……ほんのちょっぴり、違和感は覚えますが。私、定さんのことは男性として素敵だと思ったんですが……両性愛者だったんでしょうか、私。


「ところで、リエさん。お腹はすいていませんか?」

「それは、まあ。千年間ぐっすりだった割にはそれほどではないですが」

「でしたら……」


 うーちゃんは、そういうとベッドに乗り、胸元のボタンを外しだした。


「う、うーちゃん?」

「……私だって、少し恥ずかしいですし、怖いです。初めてとなれば痛いでしょうし」


 あっ、うーちゃん、女同士だからって服を脱ぐのはどうかと思うのです! というか、うーちゃんだってしっかり完成された体じゃないですか! 何が少女として完成された体ですか、うーちゃんと比べたら貧相ですよー!

 パニックになってそんなことを考えているうちに、うーちゃんは私の片手を両手で握り、体を私に預けてきた。首筋がちょうど口元に……ああ、そういうことですね。


「うーちゃん、覚悟してきてくれたんですね。ありがとうございます。でも、私は人の血を吸うとしばらくすごい力が出せるだけで、食事は普通の人と同じで大丈夫なんですよ」

「えっ!?」


 びくりと全身を振るわせ、ふるふると顔を私の方に向けるうーちゃん。とても恥ずかしかったみたいで、顔も耳も真っ赤です。


「……下着まで脱いでたら完璧に痴女じゃないですか!」

「はい、正直安心しました。まだ首しか動かせないですし、口で何か言う前にテキパキ脱がれてしまったので」

「脱いでいる途中でもいいので何かおっしゃってください! もう……女同士とはいえ、敬愛する方に肌を見せるなんて恥ずかしかったのに……」


 そう言うと、うーちゃんは私の手を放し、背中を向けて服を着だした。うん、安心しました。一瞬貞操の危機が訪れたかと。


「ですが、普通の食事でいいとなると……かえって困りますね。血だったら、私が死ぬまで差し上げるつもりでしたが」

「さらっと怖いこと言わないでください」

「二人分の食事をこの離れに持ってくるのは、間違いなく使用人たちに怪しまれます。リエさんに入れ込んでいるだけで不審に思われているのに……」

「あの、ひょっとしてスルーしてます? 死ぬまで血をささげるなんて怖いこと言わないでくださいね?」

「いえ、私の中では確固たる信念なので、特に反応することはないかと思って」


 きゃあ、うーちゃんの目がすわってます。うーちゃん、本気なんですね……。


「……まさかとは思いますが、私が眠っている間に自分の体を傷つけて血を口にたらしたりしてないですよね?」

「何度か考えましたが、なかなか実行に移せませんでしたね」

「うーちゃん、もっと自分を大切にしましょう?」

「リエさんより大切な自分なんてありませんでしたからね。でも、リエさんがそう思っているのならもう少しだけ自分を大切にします」


 うーちゃん……私に存在意義を求めすぎです……。


「まあ、お腹がどんなにすいても、私は死なないので気にしないでいいですよ? 喉もさほど乾いていませんから」

「さほどだとしても、リエさんの不快感は取り除きたいのですが……」

「本当に気にしなくていいのですが……あ、では、うーちゃんの飲み物を少しいただけますか? それで十分ですので」

「紅茶くらいでしたら。ダージリンのファーストフラッシュ……多少、フレーバーがついていますが」

「紅茶ですか。ぜひいただきたいです」

「では、少々お待ちください。水道とガスはこの離れにもあるので」

「…………? すいどう? がす?」

「…………千年前に、ガスはありませんよね、あはは……」


 照れ隠しの笑みをかわいらしいと思いながら、千年間に起きた技術革新を説明してもらうのでした。

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