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古い、古い、昔なじみ

 咲子さんに押されてたどり着いた先。そこは、保健室でした。


「……すいません、先生。アマツジさんの具合が悪いので、少し休ませてあげてください……保健委員として、やることはやるので」

「あら、咲子さん。それに……ああ、あやめ先生の話していた、留学生の。そうね、それじゃあ熱を測るところから──」

「……ところで、先生。”何か用事があるはずですよ。保健室をしばらく留守にしないといけないくらいの”」


 え……今の、魔法? ありえない、けれど、感じたものは紛れもなく懐かしい波長──


「……そうそう。そういえば、包帯の残りが少なくなっていたことを報告し忘れていたわ。ありがとう、咲子さん。あなたが来ると、いつも忘れていたことを思いだすような気がするわ」


 ──昔の知り合いの魔法使いは言っていました。魔法使いには固有の周波があって、その波長が似ることはあっても、まったく同じになることは決してないと。


「……恐れ入ります」


 先生が外に出たのを確認すると、手早くカギを閉め、外から中が見えないようにする咲子さん。

 いいえ、私の記憶が確かなら──


「……クノースプ、なの?」


 周囲をあたたかな結界が包み込んでいく。それは、音を外に漏らさないためでしょう。


「懐かしい名前……けど、その名前は五百年前に卒業。今はただの女の子としては加賀野咲子……」


 ああ、懐かしい名前と言った。じゃあ、あなたは──


「……魔女としては──リーリエと名乗っている」


 ──蕾と名付けられた幼い魔女の、花開いた姿、なのですね。


「咲子さんが。クノースプ……ああ、今はリーリエ、でしたね。懐かしいなぁ……お師匠様は? 元気にしていますか?」

「……あの人のことだから、死んではないと思う。正直、あなたを見た時は……私の心臓が止まるかと思ったけれど。とても、長い間合わなかったけれど……久しぶり、ツェツィーリエ」

「リーリエ……! あなたになら、話せる。人外魔境のことも……!」

「……やっぱり、安倍はるなに何か?」

「はい、実は……」


 私は、リーリエに全てを話しました。

 はるなさんに感じた、何か人ではないものの気配から、私の推論まで。それと、ここに至るまでの私のことも。


「……うーん」


 椅子に座って話を聞いていたリーリエでしたが、私の話を聞き終えても微妙な顔のままでした。


「的外れでしたか?」

「……現代日本に、安倍という名字の人は多い。まあ、あべの、とまで読む人は少ないけれど。でも、安倍晴明の子孫は土御門、倉橋という姓を名乗っていた。日本において重要な人のご先祖にはあたる……でも、どちらも系譜をさかのぼれるし、下ってもいけるけれど、その中に安倍はるなは存在しない」

「存在しない、ですか」

「うん。そもそも、彼女の出自自体よく分からない。この土地に刻まれた記録を読もうにも、アクセスエラー。西洋と日本では、かなり術式が異なっていて、星の図書館に類するものはあっても、パスワードが違います、って突っ返されてしまうの」


 まったくの謎……と、言うことですね。


「ただ一つ分かるのは、あの人間とは異なるエッセンスを含んだ独特の気配。いたって普通の人間として、天野さんに関わらなかったら、怪しいとすら思わなかった。神秘が色濃い時代の日本では、妖怪と呼ばれる存在との混血も珍しくなかったから、遠い先祖にそういうものを持つのだろう、ぐらいしか」

「怪しく感じたのは、うーちゃんに、不自然な関わり方をしているから?」

「そうね……とりあえず、あなたの居場所を突き止めたのもつい最近だけれど、それ以来天野家の分析はしてきた。安倍はるなが語った通り、非人道的な実験や、東洋の術式であなたを予言の媒体としても使っていたみたい。それを続けるための昏睡系の術もかけていた。その結果、次に来る疫病を知って、それに備えて非人道的だろうとなんだろうとあなたに使って副作用などの反応を確認。言ってみれば、相手が何を出すかわかってるじゃんけんみたいなものだから、当然疫病がはやるたびに大儲け……そうして、天野家は大きくなった」

「……そのこと、うーちゃんは知ってるんですか?」

「……よほど、愛しているのね。自分に対して行われた実験への怒りより、自分を愛しく思う者の心情を気遣うなんて。天野家は、基本的に長子が代々継いでいく。その継ぐ者以外に対しては、過去はその秘密を一切秘密にしていた。四代、五代前くらいから少し口が軽くなって、今では屋敷中に知れ渡っているようだけれど……あなたの想い人はその詳細までは知らないわ。ただ、何らかの形で謝らなくてはならない、と思う程度のことは知っているようだけれど」

「そうですか……よかったぁ……でも、実験対象、予言の媒体としての私に価値を見るからこそ、天野家は私を保護し続けた。つまり、今の私はあの人達にとって報復を恐れるだけの相手で、無価値を通り越してマイナスってことですよね? そうなると、はるなさんが私に対して向けられた刺客という可能性は?」

「その可能性は否定できない……だから、私は彼女は晴明の直系ではない、というだけで、陰陽師だという可能性は否定していない。ただ、近代になるにつれて陰陽術は科学化され、気配では分からなくなった。彼女から香るエッセンスがただの混血か、それとも原始的な陰陽師の気配か。それすら分からないくらいにね」


 技術進歩に追いつけないわ、と愚痴を漏らすリーリエ。


「まあ……安倍はるなが普通でないことは確かなのだから、警戒しておいて損はないはず。だけど、これだけは覚えておいて。天野さんの周り……かならず、陰陽師がいるわ。安倍はるなかもしれないし、それ以外の誰かかもしれない。そんな大雑把極まりない忠告だけれど……せっかく咲いた百合が、乱暴に蹴散らかされるのを黙ってみていられるほど、私は我慢強くないの」

「……リーリエ、女性同士の恋愛が好きっていうのは地なんですね」

「子を成す、という生物の本能を超えた恋愛よ。嫌いなわけがないでしょう」


 だったら男性同士の恋愛にも興味を持っていいのでは、とは口に出せませんでした。

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