うーちゃんって、さらっとキスしますよね
田島さんが『学校が終わるころにお迎えに上がります』と言っていったん帰ってからも、私たちの気まずい空気は変わりませんでした。
……やっぱり、家族事情に踏み込むべきではなかったでしょうか。前にそう結論付けたはずなのに……やっぱり、うーちゃんと心が通じあったと思えたからでしょうか。
好きな人には幸せになってほしい。それは、きっと誰もが願うこと。でも、私の願いは、きっとうーちゃんにとって迷惑なくらいになってしまった。
「……ごめんなさい、うーちゃん。私から見れば、憎い相手でも、うーちゃんにとっては憎みきれない相手なのに……」
「謝らないでください。私も……やさしさと甘さをはき違えているかもしれないと思うんです。でも、どんなに嫌な相手でも……あの人たちがいたから、私は産まれてきたんです。産まれてきたから、リエさんとこうして話せて、思いあえて、キスまでできて……恋人にまでなれて。私も、憎んでいないわけではありませんが、その苦しみがあったから、こうして今があるのだと思うと……ごめんなさい。うまく言葉にできません」
「そう、ですよね……」
自分を産んで、いくら手ひどいことをされたといっても、想いあえる相手に出会えるまで生きてこられた。それが恩に思えて、うーちゃんにはあの三人を憎みきれない……。
「では……怒る事を申し訳ないと思えなくなるほどの出来事が起きた。そう思えたら、言ってくださいね。私が代わりに怒ってもいいですし、うーちゃんが自分自身の言葉で言いたいことを言ってもいいですから」
「ええ──ありがとうございます」
それでも、怒る事で一区切りつくこともあります。だから、うーちゃんはもう怒っていいんだ、ということを分かってもらいたくてそう口にしました。
返ってきたのは、穏やかな声でのお礼。きっと、私の思いも理解してくれているのでしょう。そのせいで、うーちゃんは苦しいのかもしれませんが……。
「そうだ、伝え忘れるところでした。これ、リエさんの身分証明書です。まあ、偽物ですが……」
「”リエ=ウヴァロヴァイト・アマツジ”……偽名ですか?」
「ええ。念のために」
何に念を入れているのでしょう……確かに、本名を知っていないと効果を発揮しない呪いの類も存在しますが。
「それとは別に、気をつけてくださいね。その……私、なぜかモテてしまうので」
「は、はぁ」
女学院ですよね? ここ……まあ、私たちが強く思いあえたように、同性間での恋愛もありますけど……。
「うずめお姉さま~! お久しぶりです!」
「さくらさん、お久しぶりです。と、言っても週末の休みの間だけでしょう?」
「わたくしにとっては久しく思うのです! ところで、こちらの方は……?」
相手方の気分の高低こそあれど、こんな流れ前にもありましたね……? いろんな人にこう思われるのなら、たしかにモテている?
「リエ=ウヴァロヴァイト・アマツジと申します。うずめさんのお父様と、私の父に仕事のつながりがありまして。ね? うずめさん」
「そういうことです。もっとも、私たちは仕事の内容なんて知らされていないのですが……」
なるほど。そういうことにしてしまえば、細かい事情などどうにでもなる。さすがです、うーちゃん。
「そのアマツジさんが、なぜ学校にまで?」
なんでしょう、何かすごく敵意を向けられているような……。
「名前から分かるとおり、日系の方ではあるのですが海外暮らしが長く、日本の学校というものに興味があるらしく。それで、せっかく日本に来たのだからどんなところか見るだけでも、ということで。父が話をつけてくれているはずです」
うーちゃん、嘘をこんなにさらさらと……父が話を、という部分だけは本当ですけど、これも処世術というやつなのでしょうか。
「そうなのですか。てっきりうずめお姉さまに私と同じ感情を抱いてらして、わがまま言ってついてきたのかと。一瞬とはいえ、敵意を向けてしまいましたわ!」
あ、そういうことでしたか。敵意自体は向けられていたのですね。
でも、敵意を向けられるに値することはしているのですが……。
「リエさん」
ふいに呼びかけられ、つられるままにうーちゃんの方を見あげる。
長い黒髪が私の顔を覆い、うーちゃんの柔らかな唇が私の唇に。
「…………ゑ?」
「まあ、こういう関係ではあるので。私のことは諦めてくださいね、さくらさん」
さらさらと黒髪が私の顔をくすぐりながら、離れていく。
「うーちゃん、良かったんですか? 今の人も、うーちゃんのこと好きだったんじゃあ……」
「あなた以外に好かれても関心がわきません。それだけ特別に思っているのですよ、リエさん」
そう話していたら、後ろから”アマツジ許しませんわ~!!”と言う大きな叫び声が聞こえたのですが……。
まあ、うーちゃんの恋人とあれば、うーちゃんに嫌われたくない人達はそう簡単に手出しはできないでしょう。
そんな安心と、怨嗟の視線を感じながら私はうーちゃんに押されるがままなのでした。




