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本当のお友達

 首を動かせるようになりたいです。私がそう言うと、うーちゃんは私の両頬に両手を当てた。


「リエさん、痛かったら……ごめんなさい。少しずつ慣らしていかないといけないので」

「うーちゃんになら、痛くされてもいいのですが……そうですね、凝り固まった筋肉をほぐすには、少しずつが良いのでしょうね」

「床ずれの確認は背中が痛くない、というリエさんの言葉を信じていったん忘れます。壊死などあったとしたら、リエさんはもうとっくに全身が大変なことになっているはずですし、血も出ていませんから。では、始めます」


 少しずつ、うーちゃんは手に力をこめ始めました。

 バキバキゴキゴキと、小さな音ですがすさまじい音が響きます。


「だ、大丈夫、ですか?」

「痛いような、心地よいような……とにかく、問題はありません。続けてください、うーちゃん」

「わかりました。ですが一度にではなく、少しずつでないと痛いだけになりかねません。反対側に動かします」


 戻すときは何ともなかったけれど、正面から反対側へと首を回すとき、再び関節が鳴りました。


「……本当に大丈夫ですか? 私も介護の仕方はならいましたが、千年間寝返りもうたず、眠り続けた方のリハビリなんて初めてで……」


 その言葉に、思わず笑ってしまう。


「それは、フフッ。そうでしょうね。千年間も生きた人間なんて、まずいないでしょうから」

「当たり前ですけど……たしかにそうですね。要は、人間のリハビリ手段にあわせただけで、吸血鬼であるリエさんの体に最適なものかはわかりません。おかしな感じがしたら、すぐに教えてください」

「はい、わかりました」

「それと、一つ尋ねさせてほしいのですが」


 視線で先をうながす。


「なぜ、首を最初に? たしかに初期に動かせるようになるべきではあります。ですが、最優先する程かが疑問で」

「だって、うーちゃんが恥ずかしがったりした時、私の見えないところに逃げてしまうでしょう? うーちゃんのかわいい顔、早く見たくて」

「……これからは部屋の外に逃げないといけないみたいですね」

「うーちゃんのイジワル。そうしたら、私は早く歩けるようにならないといけないじゃないですか」

「最終的にはそうなってもらいます」


 そんな話をしながらも、うーちゃんはゆっくりと私の首を動かす。少し動くたびにポキポキいうけれど、痛みはない。うーちゃんが上手にほぐしてくれているのでしょう。


「それにしても……リエさん、日本語がお上手ですね。それも、現代の言葉遣い。千年前では、このような話し方、されていないと思うのですが……」

「言われてみれば……そうですね。私にもわかりません。たしかに、定さんはこんなしゃべり方ではなかったのですが……あ、定さんというのは私が出会った方ですね」

「うーん……生まれたばかりの赤ちゃんは周りの声をまねるといいますが、それだとリエさんはもっとたどたどしいしゃべり方でしょうし……」


 ぽきぽきと首の関節や筋肉をほぐしてくれるうーちゃん。私自身にも、うーちゃんにも分からないのなら、今知る術はないのでしょうね。

 ……あれ? ふと疑問に思いましたが、こうして考えているのも、母国語や千年前の日本語ではなく、現代の日本語のようですね。千年も眠っていたとなると、故郷より日本で過ごした時間が長いのは事実です。とはいえ、眠っていた時間がほとんどなのですから、うーちゃんの言う通り、こんなにも自然に現代の日本語が出てくるのは不自然ですよね。

 あれれ? 私、眠っている間に、現代日本人に生まれ変わってしまったのでしょうか?


「……んっ!?」


 首がひときわ大きくごきっと鳴る。軽い痛みが走ります。


「も、申し訳ありません! 玉体に何たる無礼を……!」

「大丈夫です。それより、また過剰な敬語が……」

「申し訳……じゃ、なくて……ごめんなさい。まだ、しばらく癖は抜けそうにありません」


 心底居心地が悪そうなうーちゃん。下手に指摘しない方が良かったでしょうか……でも、ちゃんと言わないと変わらないでしょうし……。

 頬に手を添えて、大丈夫だといってあげたいけれど。今の私の体はそれすらできないようです。

 ああ、もどかしいなぁ……。


「私の方こそ、ごめんなさい。今はまだ、無理に変えてもらうべきではないのかもしれないのに……」


 言葉しか発せない今の体を恨めしく思いながら、それでもせめて言葉だけはと、そう口に出す。


「いえ、変えさせてください。リエさんの思う形になれなくては、友達としてふがいないですから」


 その言葉は、本心からの物だと感じさせましたが、だからこそ、私は少し悲しく思いました。


「うーちゃん。お友達って、そんなに肩肘張らないといけないものなのでしょうか? お友達って、対等なものだと思います。互いに尊敬しあうところがあれば、多少の上下はあるかもしれません。ですが、うーちゃんの言う形では、主従関係です。私はうーちゃんのお友達でありたいですが、主人になりたいとはかけらほども思いません」

「それは……そうなのですが……ごめんなさい。これ以外の他者との接し方というものが、いまいちよく分からないのです。私は……次期当主ではないので、周りの顔色をうかがわないといけなくて。本当なら、リエさんとこうして触れ合うことすらなかったのです。お友達になりたいと、今では本心から思います。それでも……目覚める前は、世話係になることで、自分の価値を証明するためだと。そんな風にすら思っていたのです」


 うーちゃん……そうだったのですね。


「うーちゃん。私、うーちゃんの家で私がどんな立場かわかりません。けれど、崇められるくらいなら、それなりの立場ではあるのでしょう。だから……人前に出られるくらい回復したら、ほかの人に言ってみます。うーちゃんは、私にとって本当に大切で、価値ある存在だって」


 一番左を向いた時、ぽき、と首がまたなり、頬に暖かな何かが落ちてくる。


「うーちゃん……泣いているんですか?」

「だって……だって! そんな優しいこと、言われたことがなかったんです! 次期当主の姉ばかりに目が行って、誰も私そのものを見てくれなかった! みんな、私越しに姉を見ていて……!」


 ぽた、ぽた。滴は少しずつ増えていき、言葉数は減っていく。


「うーちゃん、私の薄い胸でよければ貸します。ですから……泣きたいのなら、思い切り泣いてください。ごめんなさい。あなたを抱きしめてあげることができなくて……」


 私の言葉に、うーちゃんはそっと頬から手を放し、肩に手を置く。そのまま、顔を私の胸に沈めた。

 少しずつ、胸元に湿り気が広がっていく。

 相手がうーちゃんだからなのか……不思議と、その感覚は不快ではありませんでした。

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