あなたは、私の──
私たちが戻ると、田島さんが真っ先に車を下り、何人かの使用人を呼んできて、うーちゃんが荷物を持たないでいいようにしてくれました。
使用人たちの顔は、喜色満面というにふさわしく、中には『やっとうずめお嬢様に気兼ねなくご奉仕できます』と喜びの涙を流す人もいるくらいでした。
……こうしてみると、やっぱり悪いのはうーちゃんと血のつながったあの三人だけですね。
条件付けをした吸血をすれば、あの三人もうーちゃんに良くしてくれるでしょうけど、でもそれは正しい形ではありませんね。それに、うーちゃんも望まなさそうです。
私を押すことだけは譲らないうーちゃんを見上げながら、そんなことを思います。
「使用人たちよ。今宵から、吾はうずめと共に眠ることにした。ゆえに、禁足の令を解く。うずめに、吾によく仕えよ」
あの気絶させるようなことをする人は、この中にはいません。誰を見ても、かつての知り合いのような力を感じませんからね。
だったら、一日中一緒にいることもできるよう、使用人にも部屋に入ることを許すべきでしょう。
「ありがたいお言葉にございます。ですが……それで、よろしいのですよね? うずめお嬢様?」
その言葉に上を見ると。
うわぁ。うーちゃんの頬がパンパンに膨れています。
「正直に言ってしまうと、ツェツィーリエ様とは二人きりで過ごしたく思います。ですので、離れの小部屋までにしてください」
うーちゃんってば、やきもち焼いているのでしょうか?
「そう妬くでない。吾の特別な存在は、この時代においてはお前だけよ、うずめ」
さんざんもてあそばれたのですから、これくらい言い返したっていいですよね?
と、思ったのですが。
「ツェツィーリエ様……どうせ戸籍などどうしようもないのですから、形だけでも結婚いたしませんか?」
そうでした。うーちゃん、そういう人でした。
「お前に永遠を生きる覚悟が見えたら、そうしてやろう。吸血鬼に恋い焦がれるとは、そういうことなのだからな」
そういって、顔を正面に戻しますが……手で触るまでもなく、顔が熱いです。これじゃあ、まんざらでもないって使用人たちに教えているようなものですね……。
「さ、お嬢様。仲睦まじいお二人を拝見したいのも山々ですが、このように暑い場所、それも私たちに見られていてはできない会話もあるでしょう。どうぞ、家の中へ」
「ええ。ありがとうございます」
うう、やっぱりばれてますね……うかつに言い返してはこういうことになってしまうのですね……。
でも、絶対にうーちゃんが恥ずかしがるくらいの言葉を平常心で言えるようになってやる! そんな謎の決意を心の中で叫び、家の中へと押されていきます。
「しかし、いまだに信じられません。これほどお優しい方が千年もの眠りから目覚めた吸血鬼とは。あなた様のおかげで、あの尊大なだけの人々が慌てると思うと、胸がすく思いです。しかし、これほど愛らしい顔立ちのどこに恐れるのだろうとさえ思えますが……」
「そなた、ずいぶんとはっきりものを言うのだな。だが、気をつけよ。その尊大なだけの人々に聞かれれば、そなたの勤め先は消え失せるぞ。それと……うずめ。わかりやすい威嚇はよせ。お前ほどの美女をもって美しいといわしめたこの顔。ましてや、おのこともなれば、なおさら見惚れようぞ」
うう、自分で自分を美しいというなんて傲慢すぎます……この人だってそういう意味で愛らしいといっているとは限らないのに……。
「申し訳ございません、うずめお嬢様。男とは、美女を前にすれば理性がとろけてしまう。私のようなものが一定数はいるものなのです……ですが、ご心配なく。先ほどのお二人の様子を見てなお、割り込もうとするほどとろけてはいませんので」
……この人、女好きなんですね。というか、そんな人にさえ諦めさせるような様子を見せてしまったのでしょうか……永久女様の名に恥じぬよう、自分の心をもう少し顔に出さないようにしないと。
「世辞はよせ。吾は言われなれておる故な。それより、今まで冷たく当たらざるをえなかったうずめの心を潤してやるとよい」
「お言葉ですが、永久女様。先ほどの御身のお言葉でうずめお嬢様の御心は潤うのを通り越して、洪水の様です」
そう言われてうーちゃんの方を見ると、顔が真っ赤になっていました。
……結婚とか真顔で言えるのに、なんでこれくらいのことで恥じらうのでしょう。本当に不思議な人だなぁ、うーちゃんは。
というか、先ほど立てた目標があっさりと達成されてしまっているのですが!?
「愉快、愉快。そうか、吾を恥じらわせるようなことを軽く言うというのに、己を褒められるのは不慣れか」
「ご両親の関心は世継ぎであるうずはお嬢様に注がれていましたから。私もこの屋敷に勤めて短くはないつもりですが、旦那様方がうずめお嬢様をお褒めになったところは見たことも、聞いたこともございません」
「その不遇の時代を耐え忍ばれたお嬢様は、さながら遅咲きの花。永久女様が御身のお言葉で咲かせた花でございます」
「……そう、か」
……まあ、あの人達がうーちゃんを褒めている様子は想像できませんでしたが、そこまでとは。脅し過ぎれば、とはうーちゃんも言っていましたし、同感ですが……もう少しお説教をできないものでしょうか。
「ツェツィーリエ様。私は……あなたのお目ざめに立ち会えただけで十分報われました。これ以上高望みをすれば、罰が当たってしまいます」
そんな私の思いを察したかのように、うーちゃんは言いますが……許そうという気持ちがかけらもわいてきません。
「ああ。お前は望まぬとも良い。ただ、吾がそれを望むだけよ」
だから、そう言葉を返す。うーちゃんが望まなくても、私の怒りは止まらないんですから!
「怒りとは、難しきものよ。どれほど大切に思う相手の言葉であろうと、収められぬ鉾となることもある」
そんな私の言葉に同感だとばかりにうなずく使用人たち。
本当に……他人の方が大切に思っているなんて、あの人達は本当に血のつながった家族なのでしょうか。
「うずめ、お前に受けた恩を返したとみなすまではお前の爪牙となろう。憎き者どもを引き裂けというならば、今のうちだぞ?」
「……確かに、憎くないと言えば嘘になります。ですが……ツェツィーリエ様の爪や牙にかける値打ちもありません。私の中の怒りは、あくまで私自身の手でぶつけます。それが、私怨というものでしょうから」
「…………そう望むのなら。疾く済ませよ。吾の怒りは、そう簡単には止まらぬぞ」
うーちゃんは優しすぎる節があります。私がせかしたところでどうにもならないでしょうけど、それでも何も言わないよりは……。
「皆さん、ありがとうございました。今はここまでで十分です。それぞれの務めに戻ってください」
「かしこまりました」
そうこうしているうちに、離れに通じる扉の前についていました。うーちゃんの言葉に従い、使用人たちは申し訳なさそうにうーちゃんに荷物を手渡し、女好きな使用人が扉を開けました。
無言で私を離れの方へと押していくうーちゃん。
「……うーちゃん。私、言いすぎたでしょうか」
そう問いかけても、うーちゃんは何も返しません。
「ごめんなさい。うーちゃんが望まないのなら、無理にかきたてるものではなかったのに」
「……私、リエさんとこうして話すまで、自分の感情の起伏さえ良く分かりませんでした。使用人たちがあれほどうなずくのですから、リエさんが言うことが正しいのでしょう。ですから……リエさんを離れまで送ったら、一発ひっぱたいてきます。だから、リエさんはそれ以上怒らないでください。私程度の事で、リエさんの手を汚させたり、心を煩わせるなど、あってはいけません」
……ああ、そうだ。うーちゃんは、そういう人だ。
少し前のことを思いだせば、分かることだった。私が褒めて、恥ずかしそうにするのはあくまで褒められなれていないことから生まれる、一種の気まずさ。だから、自分の評価が極端に低い。
「うーちゃんは程度なんかじゃないですよ。私の大事な大事な……絶対に代わりなんていない、親友です。それでも自分を卑下するのなら、私はうーちゃんをどう呼べばそんな悲しいことを言わせないで済むのですか……?」
車いすのひじ掛けをつかむ手に、思わず力がこもる。
「私って……なんなんでしょう。リエさんに、どうしようもなく惹かれています。この心は、同性の友人ではなく、恋人として見る心そのもので……でも。私とリエさんは女同士で、身分も、寿命もどうしようもなく違いがあって……! 私は、怖いんです! リエさんが怖いんじゃない、リエさんがこの家にいる限り、嫌がろうとまとわりつく”永久女”と言う名が! だって……私の心がどうしようもなく恋だと叫んでしまって、それをリエさんが受け入れてくれたら……私は、いつかリエさんを一人にしてしまう……」
「うー……ちゃん……」
ああ、この子はまた、自分じゃなくて相手を思いやって自分をつらい目にあわせようとしている。
だから、私は車いすにつけられたブレーキを思いっきり握りしめました。
「……っ! リエさん、何を──」
うーちゃんが一瞬つんのめる。
その隙を逃さず、私は立ち上がり。
うーちゃんの頬に手をよせ。
ながい、ながい口づけを。
あなたが思うより、私はあなたを想っているのだと伝えるために。
うーちゃんは突然のことに戸惑っているのか、それとも受け入れてくれているのか。
私が離れるまで、抵抗することも、求めることもしませんでした。




