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不思議な後輩さん

 口元を両手で隠し、大きく息を吸って、大きく吐く。

 深呼吸ではなく、あくびです。

 うーちゃんが熱血教師になってくれたのはうれしかったですが、まさか私の眠気が限界になるまで教えてくれるとは思いませんでした。


「ツェツィーリエ様。眠気を感じられているのでしたら、今はお休みになってはいかがでしょう。車での移動は初めてでしょうが、運転手に任せておけば目的地に着きます」


 かしこまった口調で話すのは、もちろん運転手に会話を聞かれても問題のないようにでしょう。でも、私より寝ていないはずのうーちゃんが、なぜこんなに元気なのでしょう……?


「ふむ……ならば、吾は少し眠るとしよう。そのほう、吾が眠ったからといって、うずめの扱いをたがえれば……わかっておるのぅ?」


 私の言葉に怯えながらも返事をした運転手。それに安心して、少しだけ眠ることにしました。

 けれど、思ったように眠れません。うーちゃんの言葉は、きっと本当のことでしょう。なら、本格的にリハビリを始める前に感じた、あの意識が薄れるものはいったい?

 うーちゃんの家族でないことだけは確かです。あの三人からは、魔法使いの気配は感じませんでしたから。

 もちろん、うーちゃん自身でもありません。同様に、魔法使いの気配がしません。

 かといって、使用人の方々は私の部屋に近づくことすら禁止されていたそうですし。

 それを破ってまで近づいた魔法使いの使用人がいる? それとも、離れと本館をつなぐあの通路から誰かが入った?

 どちらも疑える。けれど、確証はありません。

 それに、私がなぜか日本語を話せることもまだ未解決の案件。うーちゃんと問題なく会話できて、ひどい扱いをする人達を怒ることができるのですから、誰かの行為で起きているのなら、お礼を言いたいくらいです。でも、いったいどうやって……。

 考えたって、何もわかりませんが、それでも考えずにはいられない。

 だって、それぐらい不思議なことなのですから。

 しばらく頭の中を駆けまわる不思議を考えていると、車のドアが開かれる音がしました。


「到着か?」

「はい。さあ、行きましょう。ツェツィーリエ様の時代とも違う洋服の数々が、あなた様をお待ちです。あ、田島さんは車内で待機していてください」

「うずめお嬢様と、永久女様の買い物の荷物持ちも旦那様から仰せつかっていますが……」

「ほう? そのほう、つまりは女二人の買い物に水を差そうという心づもりか? そも、あの男の態度からして、その方を完全に信じることはできんなぁ。さて、ここまでの言葉をふまえて問うが……吾とうずめの時間に割って入るつもりか?」

「……い、いえ。決して、そのようなことは」

「ならば、おとなしく待っておれ。案ずることはない。うずめのような善き従僕を無為に牙にかけるほど、吾は血に飢えておらん」


 ごめんなさい、田島さん。でも、うーちゃんとは二人っきりで思いっきりはしゃいで買い物がしたいんです。


「では、せめて車いすを積み下ろしすることだけでもお許しを」

「ふむ……まあ、その程度ならばよかろう」


 いい人だなぁ、田島さん。こんな状況でなかったらお礼を言うのですが……。


「ありがとうございます、田島さん。少し重いので、助かります」


 そんな私の本心を代弁するように、うーちゃんが田島さんにお礼を言います。

 自力で歩けるくらいには回復しましたが、まだ長距離、長時間は自信がないので、うーちゃんに甘えることにしたのです。


「さて、この時代の服はいったいどのようなものがあるのか。みものじゃ」


 そう言いながら車から車いすへ。田島さんは他の車に気をつけながら車に乗り直し、駐車場の方へと車を走らせました。

 はぁ。これでしばらく堅苦しいしゃべり方と、関係を偽装しなくて済みます。


「うーちゃん、あまりはしゃぐのも永久女としての私に反する気がしたので黙っていましたが……車ってすごいですね! 建物も、何かわかりませんがすごく高い建物がたくさんあります!」

「私にとっては生まれた時からあるなじみのある景色ですが、千年前となると木造か、石積みの建物ですよね、きっと。現代では鉄の柱とコンクリートというもので建物を作ることが多いのですよ」

「面白いですねぇ……服も、きっと私の時代では想像もできないようなものになっているのでしょうね!」

「ええ。きっとリエさんにも楽しんでいただけるかと」


 街中に出ただけでこんなに楽しいのに、服まで見たらどれだけ楽しめるのでしょう!

 期待に胸を躍らせながら、うーちゃんに押されて建物へと進む。

 私たちの姿がかすかに映る……とても透明なガラスでしょうか? それで作られた扉へと、うーちゃんはためらいなく進んでいく。

 え、うーちゃん? ぶつかっちゃいますよ? うーちゃん!?

 そう言おうと思った時、扉が勝手に開きました。


「うーちゃん……今のって……」

「自動ドアと言います。人が来たことを察知できる機械が勝手に扉を開ける仕組みですよ」


 本当に、いろいろ変わりすぎていてビックリです。建物は何階建てなのかも良く分からないくらい高くなっていますし、馬車よりもずっと速い車の中は涼しいし、ドアは勝手に開くし……私、今日だけであと何回ビックリするんでしょう?


「さて、ここにはいろんなブランドの店がありますが、どこから──」


 あたりを見回していたうーちゃんですが、その視線が一ヵ所で止まる。なにかいい服があるのでしょうか?


「どうしました? うーちゃ──」

「あら、天野先輩ではないですか。有名どころとはいえ、奇遇ですね。こんなところで出会うなんて……」


 その声に、声がした方を見る。

 銀のセミロングの髪をかきあげながら、私たちの方へと歩いてくるうーちゃんと同じ年くらいの女の子が、そこにいました。


「え、ええ……そうですね。はるなさん」

「……? お知合いですか? うーちゃん」


 その割には、何か反応が嫌そうですが。


「あ、初めまして。天野先輩の後輩で、安倍はるなと申します。天野先輩、こちらの方は?」


 そう聞かれて、名前を言おうとした時、うーちゃんが軽く肩に触れました。


「まあ……父が取引している相手、その娘さんですよ。ね、リエさん?」


 肩に手を置かれたのに気を取られている間に、うーちゃんがそう答えを返す。

 取引先の娘? 何のことでしょう……あ。それはまあ、私の家で千年間眠っていた吸血鬼です、なんて言えませんよね。


「へぇ。天野先輩、そんなお仕事を任されるようになったのですね。そういうのは、次期当主の御役目だと、以前うかがったので、驚きです」

「今日は、姉も少し用事がありまして……」

「そうでしたか。取引先の娘さんと、お洋服を探しに?」

「ええ。海外企業の娘さんですので、日本ブランドが見たいらしく」

「ふぅん……ずいぶん日本語がご堪能な様子でしたが?」

「日本のアニメがお好きだそうで、故郷の字幕で見て日本語を学び、会話はある程度できるそうです。それより、もうよいでしょうか? このようなところで仕事に影響が出るとは思えませんが、せっかくの楽しい時間に水を差されてはたまったものではありません」

「それもそうですね……では、アウフヴィーダーゼーエン、リエさん、天野先輩」


 その言葉に、違和感を覚えます。


「まったく、彼女は……行きましょうか、リエさん」

「あの、うーちゃん。今の人、なんであんなこと言ったんでしょう?」

「からかいたいだけですよ。彼女は慇懃無礼、表面上は丁寧な言葉遣いですが、本心は何を思っているか……」

「いえ、そうではなく。彼女が別れ際に言ったの、神聖ローマ……あ、今はドイツでしたっけ。ドイツ語で、さようならって意味ですよ。うーちゃん、私の事海外企業の娘、故郷の字幕で日本語を学んだ、とはいいましけど、ドイツを思わせることは一切言ってない……ですよね?」


 私の言葉に、うーちゃんは慌てて振り向く。


「……ダメですね。もういません。いったい、どうやってリエさんの出自を……」


 謎の多い後輩さんに、私は疑問と、若干の不安感を抱くのでした。

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