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姫君のお目ざめ

 ふと、目が覚めました。

 特に何があったというわけではありません。吸血鬼という存在として生まれたからには、人間とは異なる時の歩み方をしているといっても、眠れば目が覚めるものですからね。。

 とはいえ、今回の目覚めは異質です。体が動かない。

 これはどういうことでしょう。吸血鬼狩りから逃げて、日本に来て、よくしてくれる人間の里で眠りについて──。

 そうだ、あの時からどれだけの時が経ったのだろう? それに、借りた寝床とはずいぶん寝心地が違う。天井も、このような造りではなかったはずです。


「どなたか、いらっしゃいますか」


 かろうじて絞り出せた声は、ずいぶんと弱々しい。私の体に、何が起きたの?

 改めて疑問を覚えたところで、どたばたと騒々しく誰かが部屋に駆け込んできた。


「とわめ様の部屋に入り込むなど──って、あれ? とわめ様が眠ってらっしゃるだけ……いや、どこかに隠れているのかも……」


 首すら動かせず、その声の主を見ることはできない。けれど、誤解をしているようだから、それを改めてもらわないと。


「わたし、です。さきほど、めがさめました」

「…………!? とわめ様!?」


 声の主が、私をのぞき込む。

 美しい黒髪を伸ばした、きれいな女性だった。年のころは……いまいちよくわからないけれど、十代半ばというところでしょうか。

 しばらく驚きを隠さず私をのぞき込んでいたけれど、女性は急に涙ぐみ、私の視界の外に出て行ってしまった。


「とわめ様……よかった、本当に、生きてらしたのですね……!!」


 涙声から察するに、流した涙で私が濡れないように、という気配りをしてくださったようです。

 でも、ずっと疑問に思っていることがあるのですが……。


「すみません、その、とわめ、というのはわたしのなまえ、でしょうか?」


 眠りにつく前に出会った人は、西洋名をうまく言えないようだったから、好きなように呼んでほしいと伝えた覚えはある。けれど、とわめなどと呼ばれた覚えはないし、様、などという敬称をつけられるような間柄ではなかったはず……。


「も、申し訳ありません。七代か、八代ほど前から、お姿の変わらないあなた様を永久の女、永久女様と呼ぶように……お守りするようにと各代の当主にのみ伝えられてきたものですから、慣れのある呼び方で、つい」

「あやまらないで、ください。すきによんでほしいといったのは、わたしですから。それにしても、七代か、八代……そんなに長く、眠ってしまっていたのですね」

「いえ、永久女様が出会ったのは十四か、十五代前の当家の人間です。吸血鬼狩りに追い回されてお疲れだったのでしょう。そこから眠りにつかれたので……千年ほどはお眠りになっていたかと」

「千年……」


 その言葉を聞いて、自分の体が動かない理由を察する。

 吸血鬼でも、体を使わなければ弱る。

 千年も眠る……体をほぼ使わなければ、体が動かなくなるのも納得できる。


「お恥ずかしながら、体が弱り、動かせないのです。このようなことでは、様などとあがめられるにはほどとおいですね」

「何をおっしゃいます! 人間でも、体が弱り、動けなくなりますが、それまでに得た知識は忘れさえしなければ失うことはありません。それに、永久女様は人とは異なる存在。私たち一族には、ただそこにあられるだけで尊いお方なのですよ? さらにいうなれば、私も老後の家族を助けるために介護のすべは学んでいます。永久女様の介護ができるなど、喜びを通り越して恐れ多いとすら感じます!」

「恐れ多いだなんて、そんな……」


 私はこの家の人たちにとって何か益になるようなことができたのでしょうか? ただ、死なないからというだけでここまであがめられるとは思えません。

 でも、彼女の申し出は私にとってうれしいことでした。弱った体が元に戻るまで介護してくれるというのですから。


「……それでは、そうですね。今のところ、三つお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「何なりとお申し付けください!」


 まるで眷属のように恭しく、彼女は答えた。


「では。まず、あなたのお言葉に甘えさせていただけると幸いです。介護をしていただいてもよろしいでしょうか?」

「身に余るほどの光栄です」

「そのようなことはないと思いますが……次に、様はやめてください。私は、あがめられるような存在ではありませんから。それと、あなたとはお友達になりたいので、お名前をうかがってもよいでしょうか?」


 私がそう告げると、彼女はしばし意味が理解できないかのように固まってしまった。


「えっと……私はただの吸血鬼。福の神の類ではないのですから、様付けされるのは妙な気分になるのです。それに、あなたの名前を知らないと、お願いをすることもできません。どうか、教えていただけませんか? 心優しく、美しい方」


 だんだん意味を理解したのか、彼女の顔色に戸惑いが浮かび、私が最後の一説を話し終えると顔を赤くして私の視界の外に出て行ってしまった。


「美しいだなんて……私なんかより、永久女様のほうがよほど……白磁器のような肌、シルクのように滑らかな黄金の髪、サファイアに命が宿ったかのような瞳、少女としてあまりにも完成された体形。それに……」


 今度は私が顔を赤くする番のようでした。たしかに、一般的な吸血鬼は人を美しさで魅了し、理性を奪い、血を吸い取るもの。ですが、ここまでほめたたえられたことなどありませんでしたから、照れくささを覚えます。


「なにより、女の私ですら、劣情を覚えるほどに……自分色に染めたくなる、清い御心……」


 え?


「あの。今何か、不穏な発言が聞こえたような気がしたのですが」

「…………気のせい、かと?」

「本当に気のせいなら今の間は何なのでしょう」


 あとなんで疑問形なんでしょう。


「お願いの件ですが、私は永久女様にお仕えする者として、基本的に受け入れたく思います。ですが、ただ受け入れるのは難しい点がございますので、代案を提示させていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんですが、先ほどの発言について」

「まず。私にとって、永久女様という言葉は、もはや様まで含めて貴女様を意味する言葉となっています。ですので、その……永久女様の本名をうかがいたいのです。三つ目の友達、という点でも、やはり本名をうかがいたい、と愚考いたします」


 先ほどの発言はなかったことにしたいようですね。貞操の危機とはなりますが、まあ……ここまで敬ってくれているのですから、無理やりということはないでしょう。

 それを含めなくても、本名を教えてほしい、という提案は至極当然のことですし、それだけでお友達になっていただけるのでしたら、是が非でも答えなくては。


「そうですね。人に名前を尋ねるのなら、己から名乗るのが礼儀というものです。私の本名は、ツェツィーリエ・ベヒトルスハイム。千年前に出会ったあの方は、どうにも言えずにいたようでした」

「たしかに、少し言いにくいですね。ツェツィーリエ……現代日本の女性名にりえ、というものがありますので、縮めてそうお呼びさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「あなたの呼びやすいようにどうぞ。あなたのことは、なんとお呼びすれば?」

「私は天野うずめと申します。あまのでも、うずめでも、呼びやすいほうを」


 天野うずめ……日本神話の話を聞いた時に出た名前ですね。たしか、アマテラス様が隠れてしまった時に、祭りを開き、その楽しそうな声に興味を持たせて、岩戸から顔を出していただくために、舞を踊ったとか。

 思わず過去の記憶から引き出してしまったけれど、今は関係ない。そうですね、なんとお呼びすればよいでしょうか……。

 天野さん……では、なんだか他人行儀かもしれません。かといってうずめさん、と呼ぶのも何か違和感が……。

 あっ、わかりました。彼女が私の事をリエと縮めて呼ぶ……あだ名で私を呼んでくれるのに、私が名前で普通に呼ぼうとしているから、なんとなくおかしな気がするのですね。

 では、私も彼女の名前を縮めて呼びましょう。


「では、うーちゃんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「ふぇっ!?」

「だって、うーちゃんは私の事をツェツィーリエでもベヒトルスハイムとも呼ばず、リエと略して呼ぶのでしょう? だから、私もうずめ、からとってうーちゃんと呼びたいのです。私たち、お友達でしょう?」

「~~っ! わかりました、リエ様がそれを望まれるのでしたら!」


 頬を赤らめて、そう言ってくれるうーちゃん。うーん、でも、納得いきません。


「うーちゃん、と私は呼びましたよ? お友達なのだから、リエ様じゃなくて、リエちゃん、って呼んでくれないと嫌です」


 そっと笑いながら言うと、うーちゃんの顔は真っ赤になってしまいました。


「そのようなことを言われましても、その、やはり今まで永久女様とお呼びしていたのを変えるだけでも大変なのです。ましてや、様とつけ、敬っていた相手にちゃんなど、恐れ多いと申しますか!」

「敬語もダメですよ。友達相手に敬語なんて、堅苦しすぎます」

「それを言ったら、リエ様だって!」

「私はこれが素なんですー!」


 しゃべっているうちに声が出せるようになってきて、少し大きな声でそう主張してみる。


「…………では、間を取ってさん付け、ということで。私が普段通う女学園でも、そう呼び合うことが多いので」

「わかりました。では、これからはそう呼んでくださいね、うーちゃん♪」

「はい、リエさん……かなわないですねぇ」


 苦笑しながら、うーちゃんは私にそう答える。

 こうして、うーちゃんが私を介護してくれる日々は始まるのでした。

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