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②森をさまよう魔女

鬱蒼うっそうと繁る森の中を黙々と歩いていたが、いつまで経っても変わらない景色に私はとうとう足を止めた。


「もう! いつになったら出口に着くのよ!?」


ポッキリと真っ二つに折れた憐れなホウキを両手に掲げ、木々から覗く僅かな天を仰ぎ見る。

日頃の運動不足がたたり、すでに足はガクガクだ。


「これというのも、すべてあのトカゲが悪いのよ! 爬虫類の分際で生意気なっ!!」


空に向かって、先程ホウキをポッキリと折った今は亡き犯人へ恨み節を叫ぶ。


◇ ◇ ◇


そもそも、私がこんな陰気臭い森へと単身でやって来たのは、増えすぎた大型のトカゲを退治する依頼を受けたためだ。


基本、魔女への依頼は魔法薬や魔道具作成がほとんどなのだが、たまに空からでないと行き難い場所に生息している害虫や魔物退治の依頼もある。


今回の依頼も、大型のトカゲが増えすぎてエサが不足し、森を抜け人里までやって来ては鶏等を食い荒らす被害が頻発したため、森の奥地にある大元の巣を駆除することに決めたが、大型のトカゲの巣は森の奥地にあり、地上から道無き道をトカゲや他の獣達を倒しながら行くのは困難だということで、ホウキで空を飛べる魔女わたしへ話が来たのだ。


早速、ホウキで大型のトカゲの巣までひとっ飛びした私は上空から毒薬を散布した。


ただ駆逐するだけなら、巣を丸ごと焼き払うほうが手っ取り早いのだが、今回の依頼は退治した証拠にトカゲの尻尾を持ち帰り、その個数に応じて支払いするという内容だったので、原型をとどめるこの方法にしたのだ。


ちなみに散布した毒は、今回の依頼用に用意した特別製で大型のトカゲ以外に毒性はないはず。たぶん。

少なくとも人体への影響はない。


毒薬を散布後、しばらく上空で様子を窺い、トカゲがすべて動かなくなってから、そっと巣へ降り立ち、手近な所に転がっているトカゲから尻尾をナイフで切り取り、切り取った尻尾は腰のベルトに固定したビンの中に入れていく。


このビンは、私の作った魔道具の一つで、どんな大きな物も嵩張かさばる物もビンの口へ近付けると、あっという間に吸い込んでくれる優れものだ。しかも、入れられる量は無限大。


ただし、致命的な欠陥がある。重さはそのままなのだ。だからビンに牛を入れたら、ビンの大きさはそのままなのに牛一頭分の超重量のビンになってしまう。

しかも一度入れたら、ビンを割るまで取り出す事が出来ない。つまり間違って何かを入れてしまっても、それだけを取り出す事が出来ない上にビンも一回きりの使い捨てというわけだ。

この絶妙な使い心地のため、この魔道具ビンはまったく売れなかった。

仕方がないので、こうして在庫を自分で使って消費している。


せっせとトカゲの尻尾を切り取って、ビンに入れるという作業に熱中していた私は注意力が散漫になっていたに違いない。


まさかまだ息のある大型のトカゲがいて、文字通り決死の覚悟で襲ってくるとは予想もしていなかった。


一気に私へ突進してくるトカゲ。

それを寸でのところで気付き、何とかギリギリ回避して返り討ちにしたまでは良かった。

ただ余りにも咄嗟とっさの事で傍らに置いていたホウキを持って逃げるまでの余裕はなく、トカゲの突進をもろに受けたホウキは御臨終おなくなりになった。

ポッキリと真っ二つに折れたホウキを両手に、私が奇声おたけびを上げたのはいうまでもない。


魔女のホウキはただのホウキとは違う。

約三十日間ひとつき自分自身の魔力を注ぎ込み、手間暇と愛情をかけて作り上げるのだ。

そうすると、魔女わたしの指示通り動くようになる。いわば分身のような物だ。

だからこそ愛着も湧くし、易々と代わりのホウキを作ることも出来ない。

つまり、ホウキで空を飛んで帰ることは不可能。

そして冒頭へ戻る。


◇ ◇ ◇


「まぁ、ビンが割れなかっただけマシか……」


これでビンまで割れていたら、トカゲの尻尾を大量に持ち帰れず、骨折り損のくたびれ儲けになるところだった。


「ホウキは折れたけどね」


自嘲した自分の言葉に乾いた笑いが漏れる。

それさえもむなしくて、ハァと肩を落とすと未練がましく持って来た折れたホウキをズルズルと引きずり再度歩き出した。


念のため、この辺りに生息している肉食獣が嫌う臭いの香り袋を用意してきたので、今のところ遭遇していないが、時間の経過とともに効果も薄れていく。

何とか香り袋の効力があるうちに、この森を抜けてしまいたい。むしろ、そうしないと生存の可能性がほぼゼロになってしまう!


危機感を募らせた私は疲れた足を叱咤して、前へ前へと進んでいく。黙々と、ただひたすら足を交互に動かし続け、ときどき水筒の水で喉を潤してからまた歩き出し、疲労が限界近くになった頃、ようやく木々の切れ目を見つけた。


「出口!?」


喜び勇んで、切れ目の先に飛び込んだ私は次の瞬間、膝からくずおれた。

そこは森の出口ではなく、湖だった。


「ウソでしょ……」


へたり込んだまま呟く。

ふと空を見上げると、太陽がかなり傾き出していた。あと三時間もすれば完全に日が暮れる。

夜の森で一晩過ごすなんて自殺行為もいいところだ。


パンッ!


両手で顔を叩き気合いを入れる。

少しだけ休憩したら、すぐに出口を探しに行こう。私はまだ死にたくない。


とりあえず、束の間の休息を取ることにした私はゆっくりと湖へ近付いた。

湖面を覗き込むと、黒いとんがり帽子に黒いマント、黒いワンピースを着た赤みがかった金髪の若い女が深緑の瞳で、こちらを見つめていた。

鏡のように鮮明に映る澄んだ水を両手ですくうとひんやりと冷たい。


「そういえば、喉渇いたなぁ」


それほど大きくない水筒の水はすでに飲み尽くした後だ。

このまま、すくった水を口元へ持っていきかけて途中で止める。

いくら澄んでいるとはいえ、生水をそのまま飲むのは危険だ。


私はからになった水筒の蓋を開け、湖の水を入れる。

この水筒も私の作った魔道具の一つで、どんな汚水も水筒に入れ、しっかりと蓋をして、そのまま約三十秒放置すれば、あっという間にろ過されて煮沸なしで飲める安全な水へと早変わりする優れものだ。しかも海水にも対応している。


ちなみにこれはかなり売れた。バカ売れといってもいい。私はこの機を逃すかと荒稼ぎして、欠陥がバレる前にとんずらした。

この水筒の欠陥。それは定期的に魔法を上掛けしないと約一年程で効果がなくなるのだ。

一応言っておくが詐欺ではない。販売時、私は一言も効果が永続するなどとは言っていない。訊かれなかったので、余計なことは言わなかっただけだ。

だいたいお手頃価格で永続効果の魔道具すいとうが手に入ると思う方が可笑しい。良い物はそれなりに値が張るものなのだ。勉強代を払ったのだと諦めてくれ。


「まぁ、私だって高品質の物が作れるものなら作りたいのよ」


湖の水を入れて放置中の魔道具すいとうを手に取って、しみじみと思う。


この魔道具すいとうは色々と便利なため、自分用の物には定期的に魔法を上掛けし、すでに三年程使っているが、魔法を上掛けするのもそれなりに手間なのだ。出来ることなら永続効果付きの魔道具すいとうが欲しい。


しかし、私の魔力の質と量では一回ポッキリの使い捨てか粗悪品しか作れないのだ。

そもそも、道具に魔法を付与して使うのも、少ない魔力を工夫で補っているということで……。


一気に沈んだ気持ちを立て直すため、私は魔道具すいとうの蓋を開けると一気に浄化された水を喉に流し込んだ。

すぅーと冷たい水が、まるで暗いもやを晴らしていくかのように身体の中を流れていく。


それから何回か魔道具すいとうに湖の水を入れ、三十秒放置して喉を潤し、再度水を汲むという行為を繰り返した。


「よし! そろそろ行くか」


念のため、湖の水を満杯に入れた魔道具すいとうをしまうと、両手で顔を叩き気合いを入れる。

さあ、歩き出そうとした瞬間、辺り一面が突如として濃い魔力に覆われた。

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