#4-ミリオンとキリ・ミリオン
サナは目の前の自己目掛けて、太刀を思い切り振り下ろす。
ガッキィィン……!!
すんでのところで、自己はそれを剣で受け止めた。
自らの意思で、というよりほぼ反射でだった。
(な、なんだ……!?体と脳がすげえビリビリする……!!限界超えた動きと処理を自分で勝手にしてるみてぇだ……っ!!)
そのまま受け止めた体勢で、自己は声を発する。
「なぁ、おい……!!どういうつもりだ!!」
「つもりも何も、私が昂ってしまっただけです。それにこれは貴方にとっても経験になる。1000000からすればここは来てまだ間もない異世界、何より経験は必要です」
「全然意味わかんねぇ……!!理由になってねぇ……!!」
キィィィィン……
刃と刃同士で弾かれ、2人の間に10mほどの距離が出来る。
「別格転生としての圧倒的な力を見せて欲しいのです」
「……さっきも言ってましたね。なんなんですか、その圧倒的実力って……」
サナが太刀を持った手を下ろす。
「別格転生というのはその名の通り、キリのいい希少価値のある数字です。なのでそれを踏んでここに転生された方は、ステータスが初期から最強クラスであるように設定されているのです」
「……ステータス……?」
「この世界の人間は、皆それぞれ可視出来ない数値的な能力ステータスを持っています。その中で別格転生、つまり1000000人目。貴方も最強のものを手にしているのです」
「……はぁ」
「だからこそ、先程の私の奇襲まがいの斬撃にも即時に反応が出来たわけです」
(……ちょっと納得してしまった)
本来ならさっきの場面で彼はそのまま体を大きく斬りつけられ、終わりのはずだった。
しかし、現に未だこうして彼女と対峙出来ている。
何より、太刀を剣で受け止めた時に彼の体に走った衝撃は別格転生の持つ圧倒的ステータスという特異能力の由来でもない限り説明のつかないものだった。
(でも、いきなり殺すつもりで来いって言われても……!!)
「さぁ、続きをしましょう」
そう言い終わるか否かのところで、再びサナは地面を蹴飛ばし、自己へ斬ってかかる。
「いや、ちょっ、待て……!!」
ガギィィィ……!
また先の光景のように、お互いの手に持った剣同士でぶつかり合う構図が出来上がった。
「やはり反射能力は幾分いい……。ある程度、臨機応変ではあるということですか」
すると彼女は今度は自らその場から、自己に背を向けることはなく素早く離れる。
(くそっ……なんなんだよこれ……。なんで俺はこんなことになってんだ……?)
彼は考えることをやめられなかった。
その間にもサナはまた別の角度から斬りかかってくる。
ガキィィィン……
右から。
キィィィィン……
左から。
(俺はなんでこんなとこにいるんだ……)
ガギッッ……!!
前方斜め上から。
カァァァン……
後方から。
しかし、その全ての方位からの攻撃を彼は何とか受け止め凌いでいた。
(なんで、知らない場所で知らない間に、俺は命を懸けてこんなことしてんだ……?)
自己は向きを変えるだけでその場を大きく動くことはほとんどなく、反射だけに頼って剣を振るい、言うなれば防戦一方の状態であった。
そして。
ガッッギィィィ……!!!
また真正面からサナが太刀を振ってきた。
自己もそれを少し苦しい体勢ながら、受け止める。
しかし、その一撃は今までになく重く感じるものであった。
「ぐっ……くっ……!!!」
自己はつい歯を食いしばる。
目の前の剣と剣がギリギリと音を立てる。
サナは初めて迫真の表情を露わにした。
「……そんなに守ってばかりの戦い方で、私を殺せるとお思いですか!!!!」
目を見据えられながら、耳に彼女の声が刺さった自己は少し怯んでしまう。
「……っ、そ、そんなこと言われたって……!!」
「……わかりました。あくまでそのままの状態であれば、私が貴方を殺すなど容易であることを示しましょう」
それだけ冷たく言うと、サナは目の前から太刀を引き、素早く大きく足を引いて体勢をつくったかと思うと、また目にも止まらぬ速さで太刀を一直線に自己の腹を目掛けて突き刺しにかかる。
が、突き刺さる直前でピタリと彼女は手を止めた。
「……こういうことです。ミリオン、貴方に戦意が生まれなければ、私はいつでも貴方を貫き刺し殺せるのです」
彼女は酷く冷たい眼をしていた。
自己は体が硬直してしまった。
彼は自分に突き付けられた太刀をただ見つめることしか出来ない。
「これで少しは危機感を覚えましたか?真剣に私と腕を交える気になりましたか?」
サナは構えを崩さず、問う。
しかし何も反応がない。
彼女は違和感を覚え、ふと自己の顔へ視線を向ける。
そこにあった彼の表情は、
恐怖でもなく、
焦燥でもなく、
反抗でもなく、
ただ目を開いてじっと真っ直ぐ、瞬きもせず太刀を見つめるのみだった。
(……思い出した)
「……1000000人目……?」
(俺は……)
「1000000人目!!」
(……殺されたんだ)
自己はようやくサナの顔を向いた。
彼には、サナに自分を殺した黒い服を着たマスクの男の面影が見え、
自分の腹を突こうとする太刀に、血塗れのナイフの面影を見た。
次の瞬間、サナは本能的に緊張と恐怖の前兆を感じ取る。
ガアアアアァァァァン……っ!!!!!!
剣を水平に、目にも止まらぬ速さで、また凄まじい力で振り切ったのは自己だった。
サナは間一髪のところで太刀でのガードが間に合うが、そのパワーに押され、靴の裏で地面を摩擦させながらズザズザと20mほど衝撃に引き摺られた。
「はぁ……はぁ……っ」
自己は息を切っている。
サナは太刀を持つ手がビリビリと痺れ、体勢を戻せていない。
(……すごい……。魔術にも頼らずにで今のは……明らかに現段階での限界を超えた力……!!)
彼女は遠くの自己をぼんやりと見ながらそんなことを思った。
一方の自己は今しがた自分が発揮した力のこともわけがわからず、ただし尖った怒りが湧いて溢れた。
「……あいつに……あんな奴に殺されたせいで……俺は……俺は……こんなところに……!!糞みたいな人間共の最期も見られずに……!!!!」
「……?」
サナは彼が何かぶつぶつと呟いているその内容をよく聞き取れなかった。
「……っくそっ!!!!」
暫く俯いた後、自己は大きく吐き捨てる。
「……1000000人目……。いえ、柊さん」
まだほんのり手に痺れが残るサナは太刀の持った手を下ろし、彼の元へ歩み寄る。
「……なんですか」
「素晴らしい一撃でした。貴方なら、選ばれし別格転生の力をも扱って、この世界で存分に活躍して下さることでしょう」
「……この世界で、か……」
正直自己には全く興味の湧かないものであった。欠片たりとも湧かない。
彼は元いた世界と、そこで蠢く人類の崩壊する瞬間だけを心待ちにしていたのだから。
(私の太刀も、今はそろそろ力が限界ね……)
自己の内心なんて汲みようの無いサナは次の一手を下す。
「……さて、では柊さん。外に出ましょう」
「外……?」
「えぇ、貴方のキリ・ミリオンの試験運転も終わったことですし、楽しい異世界ライフがやっと始まりますよ」
(……楽しい、ねぇ……)
ここから外に出たとて、そこが広がる異世界とて、心から楽しめる気は彼は全くしなかった。
「その前に、彼女を元の状態に戻してあげて下さい」
サナは自己の手にある剣に目をやる。
つられて自己もその手元を見る。
「得物に向けて念を送りながら、『元の状態に戻れ』と唱えるのです」
言われた通り、彼は剣となっているキリ・ミリオンに目を向けながら呟いた。
「……も、元の状態に……戻れ……」
すると手元から剣がひとりでに離れ、光り始める。
「……まぁ心の中で唱えればいいのですけどね」
「いや、聞いてないし……」
みるみるうちに光は人型に形成され、あっという間にキリ・ミリオンは元の少女の姿へ戻った。
「……ぷはーっ!いやー戦った戦った!」
「戦ったの俺だけどな……」
力なく突っ込む自己をよそに、キリ・ミリオンは楽しげだった。
「では改めて貴方を、聖都の生まれの人間として歓迎致します」
サナは自己へ再び畏まる。
「は、はぁ……どうも」
そう返す彼の右肩へと、サナは左の掌を添える。
「どうしました?」
「聖都の人間だという証を刻んで差し上げます」
自己が困惑する中、彼女の掌が一瞬黄金に光った。
「……これで貴方は正真正銘、聖都の人間です。安心して異世界で暮らすことが出来ますよ」
「……なんかよく分からないけど、ありがとうございます」
自己はサナの言葉の真意を探ろうとする気力が今は無い。
キリ・ミリオンはその間ずっと2人を見てにこにこしていた。
「さぁ、では外に出ましょう」
サナはそう言うと、足元に今度は魔法陣を広げ始める。
「わぁすごいすごい!」
はしゃぐキリ・ミリオン。
(……っ!やっぱり……本当にここは……異世界、ってやつなんだな……)
元の世界では目の当たりにしなかった非現実的な行為がいとも容易く目の前で行われ、改めて自分の身の置かれを実感する自己。
魔法陣は怪しく紫に光り、三人の体を包む。
「この先はあなた方二人で往く道を拓くのです。ご武運をお祈りしていますよ」
光が激しさを増す中、サナは別れに似た言葉を告げる。
「あ、それと……。キリバンの力を有してることは、あまり口外しない方がよろしいかと」
「……はぁ……」
「ですがまぁご自由に」
「……貴方は……カリブラーニャさんはどうするんですか?」
なんとなく自己が聞く。
「私は聖都イェモンダムの王宮へと帰ります。素晴らしい戦士の誕生を、向こうでしっかりと報告させて頂きますよ」
「……そうですか」
いよいよ3人の体が白み始める。
外に出る為の魔術がそろそろ効くようだ。
「……では、またお会いするその時まで」
今度こそ、別れの言葉。切り出したのはサナだった。
「……はい。なんか、ありがとうございました」
「ばいばーい!サナー!」
そして、自己、サナ、キリ・ミリオンは大理石の間から姿を消した。
to be continued……