#3-新世界百万人目
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[……ねーそろそろ起きてよ?]
[少し静かにしていなさい、キリ・ミリオン]
[どうして?]
[貴方がいくら声をかけても、この方が目を覚ますことはないからです]
視界は真っ暗な中、自己の頭の中で二種類の声が響く。
(……ん、ぐ……っ、なんだ……?)
[どうしてー?私の声が心地よすぎてもっと寝ちゃうの?]
[そうです。それに、この方の魂をあちらからこちらの世界へ繋ぎ止めるのが今回の私の役目なので]
[えーそんなの私にだって出来るよぉ]
[ふふん、ではやってみなさい。貴方の思う通りに]
[よ〜し……っ、むむむ……起きてぇーー!!!!]
(ぐっ、うるせぇ…!!)
とまでは感じ取れるが、意識自体が取り戻されることはなかった。
[ほら、ご覧なさい。起きないでしょう?]
[すごいねぼすけさんなんだねぇ]
(うるせぇ)
[これ以上勿体ぶる必要もないでしょう。では、私が起こします]
[うん、見せてっ]
(……さっきからなんだ……?起こす……?なんのことだ……何なんだあんたら……)
[ん……すぅ……はぁ……かっ!!転生だ!!!!起きろ!!!!1000000人目!!!!こらぁぁぁ!!!!]
[うるちゃっ!!]
次の瞬間、自己が光を取り戻した。
パッと視界が拓け、今自分の置かれている光景が目の前に全て現れる。
「……ぐっ……!!うぅ……っ!?」
久方ぶりに思える光が眩しかった。自己は逆光にかかった時のように顔をしかめる。
そして次に自分の置かれた状況をなんとなく感じ取る。
どうやら大理石に囲まれたそれなりに広い空間の、冷たい床の上に仰向けで寝かされていたようだった。
更に不意に見渡せば先程の声の主であろう、大仰に濃紺のスーツの様な衣服を着用し眼鏡をかけた女性と、対照的にまっさらな白のワンピースを纏う幼げな年齢に見える少女が、こちらを見つめている。
少女の方は興味深けに自己の顔を覗き込んでいた。
「なっ……!?」
唐突に視界に入るその彼女の顔にびっくりした自己は声を上げてしまう。
しかし一方の少女はそんなこともお構いなしに、にっこりと笑顔を見せた。
「おはよう!おねぼうさんっ!」
自己はただただ呆然としていた。
「初めまして、1000000人目」
もう一人、声の主であった眼鏡の女性も声をかけてくる。
「なっ、え……?なんですか、ミリオ……?」
自己はやはり現状を飲み込めない。
「そうですね、唐突に1000000人目などと呼ばれても理解は及ばないものですよね。えーと、元の世界でのお名前は……」
女性が手元の何やら書類らしきものに目を落とす。
「私も!私もミリオンのお名前気になる!」
少女も声を弾ませながら女性の元へ走り寄り、書類を覗き込む。
「これは……担当がまたやらかしたわね……。名前にフリガナ振ってないじゃない……」
「これ、なんて読むの?」
自己は全く理解の追いつかない中、上半身だけ起き上がらせながら見覚えのない女性と少女の様子を伺うしかなかった。
「……ひいらぎ……」
「ひいらぎ?」
「……」
「サナ?」
どうやら眼鏡の女性の方はサナという名前らしい。
そんな彼女が何とか声を絞り出す。
「……ひいらぎ……。じー……じー……こ」
「じーこ!!いいお名前だね!」
(……ん?これは……俺の名前のことを言ってるのか?)
ようやくじーこ……もとい、自己に思考の余裕が出てきた。
「よろしくね!じーこ!」
少女は再び自己の元へ駆け寄ってきた。
「いや、あの、俺はじーこじゃなくて……」
彼が誤解を正そうとするが、それは打ち消されてしまう。
「ねぇ、どうしてじーこはこの世界に来たの?」
「……どうして……?いや、まず、ここは……なんなんだ……」
「キリ・ミリオンも、柊 自己さんも、落ち着いて下さい」
サナがその場を制す。キリ・ミリオンというのは少女の名前か。
「だから、俺はじーこじゃなくて……!!」
「全ては私の口から説明します」
「……!!」
自己はつい押し黙ってしまった。
彼女の話を聞けば、現状が全てわかるということだろうか。
サナがゆっくりと話し始める。
「申し遅れました、私の名はカリブラーニャ=サナ。聖王都イェモンダムに仕える王宮従事者であり、今回貴方のこちらの世界への案内を任された者です」
「どうも……」
自己はなんとなく会釈してしまう。
「そしてまず、おめでとうございます。柊さん、貴方はこの世界では1000000人目。つまり、丁度100万人目の転生訪問者となります」
「はぁ……」
事情の分からないうちにおめでとう、などと唐突に祝われても素直に喜べるはずがなかった。こんな状況でそれが出来るのは単純な間抜けか単細胞な馬鹿くらいだ。
「この世界に転生された際、キリ番……つまり1人目、10人目、100人目、1000人目、10000人目、100000人目、そして1000000人目……と1の後ろに0の続くキリのいい番号を踏んで訪問された方は、ここでは別格転生と呼ばれます。単純なネーミングですが」
「キリ……バン……」
「つまり、丁度100万人目の訪問者である貴方も、別格転生なのです」
「……あぁ、はい……」
口頭ではそう返事するが、だからなんだ?というのが自己の正直な胸の内だった。
「そして、こちらの少女ですが」
サナがその少女の方へ視線を向ける。
自己はつられてそれにならった。
「彼女は別格転生に仕える精霊。貴方がこの世界へと転生された瞬間に彼女も共に生まれたのです」
「ほへーそうなんだ!」
少女自身も今そのことを知ったような口を聞く。
サナは続ける。
「女性として生まれた精霊はキリ。男性として生まれた精霊はバンと呼ばれます。そして他の精霊と区別を付ける為に便宜上、彼女は貴方の……つまり1000000の精霊キリ……。キリ・ミリオンと名付けられます」
「ふーんっ、だからさっきから私のことキリ・ミリオンって呼んでたんだー」
少女……キリ・ミリオンはあっけらかんとしていた。
(ミリオン……?キリ……?キリ、ミリ……?)
自己は何とかサナの説明したことを飲み込もうと必死だった。
「さて、精霊というからには彼女はすごい能力を持っているのです」
サナが少し笑みを浮かべながら、キリ・ミリオンを見つめる。
「すごい能力……?」
「なにそれー!気になる!」
ぴょんぴょこ跳ねる少女は、自分に宿される能力が何かも知らないようだった。
(この子……自分で自分がどういう存在なのか分かってないのか……?)
自己はいぶかしげにキリ・ミリオンを横目に見る。
「柊さん」
不意にサナに名を呼ばれた。
「はっ、はい……」
「彼女に……キリ・ミリオンに念を送りながら、何か武器を1つ思い浮かべて下さい」
「……へ?」
「何でもいいですよ。剣でも銃でもヌンチャクでもモーニングスターでも新聞紙でも」
「な、何でもって、言われても……」
自己は困惑する。武器を思い浮かべろだなんて生まれて初めて言われた。
もっとも、姿形が変わってないとはいえこの世界では彼は生まれて間もないのだが。
「どうなるんだろ、私も気になる!じーこがんばって!」
当のキリ・ミリオンにもそう言われるのであれば、彼は腹を括るしかなかった。
(う、く……っ!ぶ、武器……武器……。ソード、とか……?)
目を瞑りながら、懸命に考える。
「あ……っ、なんか来たかも……!じーこ!私に念を送って!」
不意に少女から自己へ声が掛かる。
(ソード……っ、キリ・ミリオン……?)
彼がそう思考した次の瞬間、キリ・ミリオンに光がかかる。
自己は見とれてしまった。
そして、少女は
ソードとなり、床に置かれた。
刃幅10cmほど、刃渡り100cmほどの、立派な剣そのものだった。
「えっ……?なっ……どういう……」
自己はもうわけがわからなかった。
さっきからずっとわけがわからなかったが、これは特にわけがわからない。
「素晴らしい。成功です」
サナが乾いた拍手を起こす。
「いや……なんですか、これ……?あの女の子……剣だったんですか?」
彼は自分でも何を聞いてるのかわからない。
しかしそうとしか聞きようがなかった。
「いえ、彼女は剣になったのです。更に踏み込んで言えば、貴方が彼女を剣にした」
サナの答えは丁寧だった。
僅かに得意げな表情の彼女が続ける。
「これが別格転生の能力なのです。わかりやすく説明すると、柊さんが念じたものにキリ・ミリオンは変身を遂げる」
「はぁ……なるほど……」
わかりやすかったが、わからなかった。
わからないというよりも、恐らくまだその状況下に慣れていないだけだが。
「大丈夫です。また元に戻るよう強く念ずれば彼女は先程の少女の姿へと戻ります」
「……なんだ……よかった」
自己はホッとしてしまった。
少なからず、既に少女に情が移っているようだ。
サナが少し目元をキリリとさせる。
「……さぁ、柊さん……。いえ、1000000人目。その剣を、キリ・ミリオンを手に取って下さい」
「あぁ、はい……そう、ですね」
自己は表情の変わったサナに少し驚きながらも従う。
彼の手に握られた、少し前まで少女の姿をしていたその剣はズシリと確かな重みがある。
サナは笑みを浮かべながら、冷たく言葉を発した。
「……少し私と遊びましょう。なかなかお目にかかれない別格転生の訪問、その圧倒的実力と邂逅出来るとなれば私、心底脳汁ドバドバなのです」
「え?」
いつの間にか、彼女も太刀のような得物を握っている。
「……殺しにかかりますので、そちらもそのおつもりで」
それだけ言うと一呼吸置いて、目にも止まらぬ速さでサナは自己目掛けて一直線。
気付いた時には彼の目の前で太刀を振りかぶっていた。
to be continued……