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望まぬ異世界転生は1000000人目を踏んで始まる  作者: 大藤野原
第零章-1000000人目
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#2-終焉に攫われる

AI終末大予言の記事の連ねられた朝刊を配達し終え、自己(みずき)は帰宅した。

心なしかいつもより早く仕事を終えられた気がした。


彼は部屋に入るなりテレビの電源を付け、チャンネルを回す。


時刻は6時を回っており、どこの局も丁度朝の報道番組を流していた。


そのどれもが、やはりAIによる約2年後に人類が滅亡という予言に関する情報が飛び交っている。


元々放送される予定だったものが差し替えられているあたり、事の大きさが実感させられた。



なんでも詳細によると、日本を含めその他各国の人工知能関連の研究施設に存在する最先端高性能計算AIの全てが突如、西暦換算にして2031年12月30日に全人類が滅亡する、というメッセージを無機的に不特定多数の人間に投げかけたという。


各国の形ある最新鋭AI全てが、である。


研究施設の人間が混乱する暇もなく、情報は外に漏れ、今こうして日本でも全国で大々的に報道されるに至る。



自己はテレビのその報道を食い入るように見続けた。


まるで自分が長年、夢に見たような理想のSF作品を堪能しているような心地だった。


一通り、関連の報道が終わると緊張の張り詰めが解けたのか、彼は急な眠気に襲われる。


2リットルペットボトルから直接水を一口飲み、布団に入るとそのまますぐ寝てしまった。



次に起きたのはもう昼過ぎ。


幸い、今日はバイトと夕刊の配達、どちらの予定もない日だった。


テレビの電源を付けると、また昼帯のワイドショーはAI終末予言の話題で持ち切り。


終活に関することを投げ掛けるコーナーも設けられているほど、世間にも大々的に取り上げられている。


番組に出演している司会やコメンテーターの面々もそれぞれが神妙の面持ちだった。


それもそうだ、約2年という余命宣告をある日突然、それも機械に突きつけられたらそれは誰しも理解が追い付かないだろう。


そんなものどうせAIの故障か何かの間違いだろうと何の根拠もなく楽観的に捉える人種も中にはいたが、メディアの影響力はやはりすごいもので、明らかにそちらの人種はマイノリティーだった。


世間の大概の人間が、何か重い荷物に寄りかかられたまま生きているかのような世界になった。



番組がドラマ帯へと切り替わる。


自己は風呂に入った。

ゆっくりと入った。

それから歯を磨く。

そして朝飯昼飯を兼ねて、菓子パンに齧り付く。


少しのんびりした時間を過ごした後、外出の為に着替えて身支度を整える。


彼は大して関心がなくまた疎い、ヘアセットというものをした。

いつだったか興味本位に初めて買ってみたヘアワックスもヘアスプレーも未開封に近かった。

それらを使うだけの何か気合いの湧くものがあった。


服装はというと、白い無地のTシャツの上に、年季の入ったカーキ色の長袖のワイシャツを羽織っている。

そしてこれまた年季の入った細身のジーパンを履き、銀モドキの安いネックレスを付けた。


夏を目前に迎えたこの時期、彼のプライベートでの外出時は大抵こんな感じ。


底面のすり減った大衆向けスポーツブランドの白いスニーカーを履いて、彼は玄関のドアを揚々と開けた。


バイト先や配達に向かう以外で、自分の意思で外に出るだなんていつ以来だろうか。

パッと思い出せないくらいに久しぶりのことだった。


そんな彼が何を思い立って雲のかかる空の下に晒されに来たのかというと、散々テレビで最新の終末予言を目で見て耳で聞き、居ても立ってもいられなくなったのだ。

彼は過去に類を見ないほどにワクワクしていた。


とりあえず都心の方へ少し遠出して、大きい書店に行こうと考える。

今まで視界に入ったこともなかった終末予言本に出会えるかもしれない。


AIの予言には適わないし、それに関して詳細はもっと欲しい。だけどメディア媒体による追情報がない限り自分にはそれを知る由もない。

そんな中で高揚感をくれる何かが彼は今とても欲しかった。


食欲性欲睡眠欲の他に、あえて名付けるならば終末欲という新たなものが自己の中には加えられ、合わせて四大欲求となっていたのだ。



彼は道中、今までにないほどの弾み足だった。

完全にAIの予言した人類終末は必ず来るものだと信じて疑わない。


それが到来するまでの残り2年余りであれば、何としてでも頑張れるという気概すら持ち合わせていた。


自分自身の目で見届けたいのだ。

人類の全てが亡くなる経過を。理想の自分の死に様を。終末の絶対的ロマンを。その瞬間を。



世間の流れに逆行して、自己はやる気に満ち満ちていた。


街の喧騒も心なしか活気があまりなかった。

どこか空気が沈んで淀んでいるような気さえする。


そんな中でも、人間というものは目の前のことに夢中になれる生き物である。


学生特有の高いテンションではしゃぐ若者の集団。

完全に2人きりの世界観に浸って人目もはばからず乳繰り合うアベック。

その他大なり小なりそれに類似したもの。


外に出ると否が応でも自己の視界にもそれらが入り込んでくる。


多大な嫌悪感を表に出すわけではなかったが、やはり鬱陶しいなと感じる部分はあった。


避けようがない、奴らに出くわした時のなんとも言えぬ孤独感、虚無感、疎外感。


自分の意思とは関係なしに心情に流入してくるそれらが、自己は大嫌いだった。


無意識のうちに彼の目が細まり、死んだ表情になる。


(世界がなくなれば、こんな光景目にすることもなくなるのによ……)


(……)


(……ん?なくなる……。そうじゃねーか、人類は2年後にはいなくなる……!!)


自己の視界が開け始まる。


(そしたら、あいつらだって……死ぬんだ……!!)


もしかしたら彼は一人で少し笑っていたかもしれない。



その時だった。


視界の端に映っていた女性が体勢を崩し、うずくまり始める。


自己はそちらへ顔を向けた。


女性のすぐ目の前には黒い服装に身を包んでフードを被り、黒いマスクで顔の下半分も隠した男性が立っている。


そして、とうとう彼女は控えめな断末魔を上げた後、うめき声を発しながら路上に倒れてしまった。


そこで初めて目に入った。

女性の目の前に立っている男性は鋭利なナイフを持っていた。


その切っ先は、新鮮な濁った血に塗れている。


自己は光景としてしっかりそれを捉えていたのに、頭の中は真っ白になっていた。


この街の中で、ナイフを持った男性とその足下に倒れる女性だけが非凡すぎて、非日常すぎて、理解が追いつかない。


男性はフーフーと息を荒らげ、虚ろな目でどこか地表のアスファルトを見つめている。


が、そんな格闘ゲームの攻撃動作の後に出来る隙のような時間はすぐ終わった。


自己は目が合ってしまった。


男性と。


赤いナイフがきらりと光った。


奴が、早足で寄ってくる。


が、自己には何も出来なかった。

立ちすくむってこういうことか。

本当の恐怖ってこういうことか。


そんなものを考える暇さえなく、自己の腹にナイフが刺さっていた。


身体中が熱くなってくる。

体内への尖った異物感。

そしてじわりと、言葉も出せないほどの痛み。


患部から血が流れ出してくるのがわかる。

血管がドクドク音を立てているかのよう。


そのまま溢れるように口からも血が吐き出された。


「っはっ、がっ……!!」


手馴れたのか、既に男性はその視界に映った他のターゲットの元へ向かっていた。


自己は貧血を起こした時かのように倒れる。

しかしどうやら状況は貧血のものどころではない。


普段より風の撫でりを感じる。

どうしようもない痛みはどんどん鈍くなる。

息が思うようにとれなくなってきた。

視界と脳意識がシャットアウトされ始めた。


そしてその、感覚が徐々に奪われていくことに何の抵抗も許されないまま。


彼は、柊 自己は、


生涯を終えた。






to be continued……

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