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望まぬ異世界転生は1000000人目を踏んで始まる  作者: 大藤野原
第零章-1000000人目
2/18

#1-深淵に笑いかける




時は遡る。




__________




(--……ノストラダムスは嘘をついた。二十世紀末、この世界に恐怖の大王は降りてこなかった)


完全に灯の消えた真っ暗なアパートの一室。

居間の畳に敷かれた布団の上で青年は横になっている。


(……ここじゃない他の世界に行ってしまったのか、はたまた大王自体存在しないもんなのか……)


彼は虚ろに目を開き、どこまでも天に続いているように感じられる暗い黒の天井を見据えていた。


(この世界は滅ばねーのかな。人間による人間の終末予言ってのがそもそも無茶なもんなんだろうか)


冷暖房のいらない心地のいい室温。窓もドアも閉め切っている。あるのは時々外の車道を走り去る微かなタイヤの回る音だけ。


(でもこの世界の終末があるとしたら、それはどんな感じなんだろ。地殻変動?天変地異?それとも隕石の衝突か?氷河期への突入って説もあったよな……)


そこまで考えを及ぼしたところで、彼の思考はあらぬ方向へ降り立った。


(……死にてぇな……)


そうして目を瞑った。現世から意識を切り離そうとするかのように。






ここは日本。その中でも首都郊外の更に端っこ。


そこに彼はいた。小さいアパートの三階の一室に一人で住んでいた。


柊 自己(ひいらぎ みずき)、男性、21歳。

夢なし彼女なし取り柄なし、親もいない。


幼い頃に父方の祖母が病気にかかり、父は単身故郷に帰ることを余儀なくされた。そしてそのまま向こうで新しく連れの女というものをつくって結局こちらに戻ってくることはなかった。


母は自己が中学二年生の頃に心臓の病に侵され、発見時も時既に遅しの末期状態だった為、そのまま期間をそれほど置くことなく亡くなる。


それからというものの、元々親戚の少ない家系で育った彼は頼りに出来る身寄りなど当然のようにおらず、一人で生きていかざるを得なくなった。


幸い母の保険金が手元に入ったが、勿論彼自身も働かなくては最低限以上に安定した生活を続けることは出来ない。


近所の新聞配達の営業所に直接頭を下げ、中学生の身分ながら特別に籍を置かせてもらった。


運転免許など当然持っていなかったので、中学の無遅刻無欠席を貫きながら自転車を漕ぎ漕ぎ他のバイク配達の人間と同じ数のノルマをこなし続けた。

息の白くなる冬の真深夜も、汗の止まらない蜃気楼の真夏の午後帯も。


高校に入ってからは正式にアルバイトが出来るようになったので、飲食店や小売店でも働き始める。

合宿で普通免許をとり、バイクでの新聞配達をやっと始めることで効率化も図った。


ただ、毎日時間が空いていれば働くという生活を続けていた上、元々コミュニケーション能力というものも高くはなかった為、特別に親しい友人というものが彼には出来なかった。色恋沙汰なんて以ての外。


軽く会話を交わす程度の関係性の相手は多少いたが、中学、高校卒業と同時に皆疎遠となってしまった。



長らくほぼ毎日働き詰めの無理が祟って、自己は高校卒業間際にバイト先の大衆向けファミレスで勤務中に倒れてしまう。


そのまま入院を強いられ、一応それなりに勉強も両立していたので進学先として希望していた大学があったが、その入学試験を受けることが出来なくなる。


自己は現役での大学進学を諦めた。



彼は入院中に、金を立て替えて看護師に差し入れをしてもらっていた。その主な内容は、終末予言やそれに類似した記述の為されたり言及された本や雑誌。


コンビニエンスストアでバイトしてた際、雑誌やコミックの納品を任された時にふと目に入った【わかりやすい!ノストラダムスの終末大予言】などという本を胡散臭いと思いながらもついパラパラと読み進めるうちに、まんまとそういった類いの内容がとても琴線に触れたようなのである。


特別これといった趣味もなかった彼は、初めて夢中になれるものが出来たようで、たまに本屋に出掛けるとこの世界の行く末に関することの書かれた本を、内容を選定しては買い漁った。


その興味はずっと続いていて、特に暇を持て余す入院中はそれらの内容に没頭するいい機会となった。


働けない、稼げないのに、その期間が続くほど入院費用は嵩む。そんな現実を思考から取り払いたいかのように本に夢中になる。


そしてそのまま病床で高校卒業。ほどなくして彼は退院した。



少し時間を置いてから、またバイトと配達三昧の生活を始めた。それなりの期間の入院によって今までのバイト先の店舗から籍を外された為、新しく勤め先を探すところからのスタート。


少し縁の長い新聞屋は退院後にも仕事を続けさせてくれた。


次の年、浪人の身で自己は元々志望していたところより少しだけレベルの高い大学へ進学。


しかし、今までと同じく仕事ばかりの彼は同じ学部学科内でも親しい友人はつくれず、サークル等に入るという考えも一瞬は頭を過ったが、すぐにスケジュールと忙しさの関係で断念した。


やはり大学に入ってまで、中学高校と同じ境遇に置かれることは彼にとって流石に堪えた。


人生をやり直したい、どうして自分だけこんな目に、というようなことを考えるようになる。


(『お前より辛い人なんて幾らでもいるんだぞ』、だなんて説教たれる奴もいるけど、ちゃんちゃら笑っちゃうね。俺の辛さは俺だけのものなんだよ)


こんな具合になった。


彼は性格がより内向的になり始め、また将来どういうことをしたいのか等もこれといって浮かばず、とうとう翌年には大学を中退してしまう。



そんな状態でも、生活の為に何とかバイトと配達は続けていた。

学費が必要なくなった分、少し回数を減らした。


そんな生活を機械的に彼は続ける。


20歳になった年、成人式には出席しなかった。中学の同窓会の通達も届きはしたが、全く気乗りはせず、欠席の返事すら幹事に寄越さなかった。


大学の入学式で着たきり、自前のスーツはクローゼットの奥底にしまわれたまま。



自己は夢や取り柄等、元々ないものに加えて生きる気力までなくしつつあった。


せいぜい趣味として費やすようなものは、やはり終末予言等のこの世の行く末についての事柄だけ。


それに集中している時は何ものの邪念にも縛られず夢中になることが出来た。


一方でポカンと何もしない時間があると彼は、自分はなんの為に生きているのだろうかとか、生まれ変わって人生やり直したいだとか、その為には一度死んだ方がこれからのことも考えて楽なのではないかとか、世間一般からするとまともではないことしか頭の中に浮かばない。


自己にとって終末論の類は、精神安定剤のような役割の担いすらしていた。


(この世界の最期は、人が一気に滅んでいくのかな。少しずつ徐々に死んでいくのかな)


(外部からの衝撃で失くなんのかな。人類身内で衝突して終わんのかな)


(……)


(いらねんだ、こんな世界)


彼は自分の産み落とされた、そして今立たされているこの世界が憎かった。


不公平だとかで。


生きる価値の微塵も感じられない、見えるもの全てが。


だけど、自分で自分の命を絶つ勇気はいつまで経っても湧いてこないし、湧いてくる気配もない。


その先に魅力は感じているのに。


そんな自分ももどかしく、嫌いだった。



気付けば歳も21を回っていたある日、自己は営業所でいつもの様に早朝の新聞配達の準備に取り掛かかろうとしていた。


そこに営業所長が話しかけてくる。


「柊くん、その新聞の見出し本当だと思うかね?怖いなぁ」


自己は新聞の印字に視線を落とす。


【2031年人類滅亡。最新鋭AIが終末予言】


本日、2029年6月21日の朝刊の見出しにはでかでかとそう印されていた。


彼は目を見開いたまま固まる。


「何だかノストラダムスを思い出すよ……と、柊くんの世代だと知らないかね……。まぁとりあえず今日も配達、よろしく頼むよ」


シリアスと冗談の狭間でどこか表情の凍ばった所長は、そう言って部屋の奥へと下がっていった。


暫く硬直した後、我に返った自己は急いで新聞を次々とバイクへと突っ込み配達に向かい始める。


何だか久しぶりに心の底からドキドキしているような感覚に彼は駆られていた。



その後の自分を迎える境遇など知る由もなく。






to be continued……

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