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第5話 料理を口にする

 村長のテーブルで、俺は料理を口に運んだ。


「なんだこれは」


 芳醇な香りが鼻を抜ける。

 噛みしめるたびに肉汁が口の中にあふれる。

 添えられた野菜が味にアクセントをつけている。


 うまい。


 俺は感動していた。

 今まで食ってきたものは何だったんだ。


「あの……お口に合わなかったでしょうか。すみませんこんなものしか出せず。何分食料が少ないものですから」


 給仕をした女が心配そうにそう尋ねた。

 彼女は名をニナといった。

 料理も彼女がしているらしい。


「いや、こんなにうまいものは初めて食べた。手を加えるだけでこんなに味が変わるのだな。もう一皿くれ」


 結局、何皿もお替りした。

 ニナや村人たちは料理や給仕に忙しそうだが、その顔は喜びに満ちていた。

 

 腹がいっぱいになった。

 人間の体だと満腹感があるのだな。

 幸福とはこういうことを言うのだろう。


 俺は椅子の背もたれに深く腰掛けると、息を吐いた。


「うまかった。うまさで幸福になるということを初めて知った」


「光栄です。こんなに喜んでくださるなんて、感激です」


 目に涙を浮かべながらニナは言った。



 村長の家から出ようとすると、村人たちは俺を押しとどめた。


「どこに行かれるのですか!」

「お願いです、この村を見捨てないでください」

「いかないでぇ」


 子供まで俺を押しとどめる。

 脚に縋りつく子供までいる。


 少し村の様子を見たかっただけなのだが。

 仕方ない。


 俺が椅子に座りなおすと、村人たちは安心したようだ、息を吐いた。

 そのあと村人たちはその場であれこれ相談をして、結局、サキナだけが家に残った。


 サキナは壁際に立っている。


「座らないのか」

「よろしいのですか」

「ああ」


 いうと、サキナは俺の近くの席に座った。

 ダンジョンを出たときに着ていたエルフの鎧はいつの間にか脱いでいた。

 今は他の村人と同じような服を着ている。


 俺はいまだにエルフの鎧を着ていた。

 

 俺は立ち上がり、服を脱ぎ始めた。

 サキナが驚いて立ち上がり、後ろを向いた。

 一度見ているはずなのだがな。


 俺は老騎士の記憶をもとに服を作り、身にまとった。

 〈身体変化〉の応用だ、造作もない。


 俺はイスに座った。

 音で気付いたのか、サキナは振り返り、俺の姿を見てぎょっとした。


「どうした?」

「その服は……ど、どうされたのですか」

「作ったのだが、なにかおかしいか?」

「いえ、あの、何でもありません」

「そうか」


 サキナは俺のことをちらちらとみていた。

 気になる。

 

 気になると言えばもう一つ。


 満腹だと思っていたが、少し経った今では空腹だ。

 何か食いたい。

 

 俺はまた立ち上がり、家を出ようとした。


「どこに行かれるのですか!」


 サキナが叫んだ。


「少し村を見てくるだけだ。出て行きはしない」

「私もついていきます」

「勝手にするがいい」


 俺が家を出ると、村人たちが俺の姿を見て驚いた。


「その服は……」


 村に来た時一番初めにサキナのもとに走り寄ってきたあの老人が、俺の元へやってきた。


「この服はどうされたのですか?」

「俺が取り込んだ死体の記憶を頼りに作ったのだ。なにかおかしいか」

「ああ……ああ!!」


 老人は涙を流した。


「セドリックがデウス様の中で生きておる。デウス様、その取り込んだ死体というのはダンジョンの中におったものでありましょう。そういわれてみれば、たしかに、デウス様の尊顔はセドリックに似ていらっしゃる」


 老人が言うには、セドリックとはあの老騎士のことで、彼らは親友だった。


「セドリックはこの村を守ろうと尽力していました。最期はダンジョンに連れていかれましたが……。まさかあいつがデウス様の中で生きているとは……」

「ダニーお爺ちゃんそれ本当?」

「ああ、間違いない。この肩につけられたブローチが騎士の証だ」


 気づかなかったが見ると、確かにそこには鷹の紋章がかたどられたブローチがついていた。


「本当だ。これ見たことある。セドリックさんに説明された。私すごく小さかったから全然覚えてなかったけど、なんか懐かしい服だなって思ってたんだ。そうか」


 サキナは俺のブローチに触れようとして、手を引いた。


「すみません。むやみに触れようとして」

「いや。いい」


 そう言うと、サキナはブローチに触れた。


「懐かしい」


 彼女はそういった。


 老騎士はセドリックというのか。

 確かにそう呼ばれていた記憶がある。


 それと同時に食事の記憶を思い出そうとした。

 さっき出されたものより、もっとうまいものがあるか知りたかったからだ。

 

 しかし、思いだされたのは虫の浮いたスープや、パンとも呼べない焦げた黒い塊だった。


 これがこの村の食事か?

 俺が出されたのはエルフ用の食事だったということか。

 こんな食事ではすぐに餓死してしまうではないか。


 村人たちを見回す。

 彼らは確かに頬がこけ、目が落ちくぼんでいた。


 料理を作ったニナや村人たちが死んでしまえばもうあのうまい飯が食えないではないか。


 それに、空腹の苦しみは俺も知っている。

 現に今、俺は空腹だ。


 彼らに飯を食わせなければ。


 俺はサキナに言った。


「少し村を出てくる」

「え?」

「心配するな。すぐに戻ってくる」


 サキナは老人と目を合わせた。


「私もついていきます」

「勝手にするがいい」

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