第3話 村を救う
神という概念は老騎士の記憶から知っているが、俺は絶対にそんなものじゃない。
そもそもが魔物だ。
俺は依然祈るように地面にひれ伏すサキナに言った。
「俺は神じゃない」
「あなたがそういうならそれでもかまいません。お願いします。エルフから村を救ってください。私を救ってくださったように」
「そういわれてもな」
「このダンジョンは死にました。多分誰かがダンジョンコアを破壊したのでしょう。魔物はもう出てきませんよ。食事はどうなさるおつもりですか」
俺は言葉に詰まった。
「私の村に来ていただければごちそういたします。魔石に比べて味がどうかはわかりませんが、私たちにとってのごちそうを捧げます。ですから、どうかお願いします」
サキナは頭を地面につけた。
ごちそう。
その言葉に唾液が出た。
あのダンジョンコアよりうまいのだろうか。
そもそも人間の食事というものに興味がある。
エルフを処理するのはわけない。
いい取引かもしれないな。
「わかった。村に案内しろ」
「ありがとうございます!」
サキナは顔を輝かせた。
◇
エルフが乗ってきた馬に乗り、村に向かう途中、サキナに尋ねた。
「エルフは人間を虐げているのか」
「はい。数年前にエルフたちが人間を支配するようになりました。かつては冒険者たちが反抗していたのですが、エルフは魔法も力も桁違いに強力なので太刀打ちできずに……」
老騎士の記憶と同じだな。
昔は人間が街を作り、生活を営んでいた。
騎士も冒険者も存在していた。
それが今ではエルフが街を牛耳り、国王にまでなっている。
サキナが説明を続ける。
「私たちは奴隷同然です。エルフたちに娯楽目的で殺されたものも数人ではありません。私の父や祖父も……」
サキナは鼻をすすった。
「私も同じ運命をたどるところでした。デウス様に救われなければ。本当に感謝しています」
◇
村は木の柵で囲まれた数十人規模のものだった。
エルフたちは村人をムチでうち、牛や馬が引く農具を引かせている。
エルフだけでなく一部の人間が村人をムチでうっていた。
サキナに聞くと名誉エルフと呼ばれる奴ららしい。
エルフに媚びを売る人間どもだ。
村人たちはひどく痩せていた。
ろくに食事も与えられていないのだろう。
本当に奴隷のようだった。
俺は村に近づく。
角をはやしたままだったので、彼らはすぐに臨戦態勢をとった。
「魔物だ! 武器を持て!」
エルフが叫ぶ。
人間の村人はエルフに押しやられて、前線で槍を構えている。
中には老人や子供までいる。
エルフは後方の安全な場所で待機していた。
さすがに人型の魔物だと警戒するのか、エルフたちも剣を構えている。
「待って! 敵じゃないの!」
サキナが俺の後ろから飛び出して、人間たちに言った。
「サキナ! 生きておったのか!」
老人の一人が槍を落とすと、サキナのもとに走り寄ってきた。
彼らは抱き合う。
「サキナだ!」
「帰ってきたんだ!」
人間たちは次々に武器を捨てて、俺をよけて、サキナのもとに走り寄ってきた。
俺の後ろに人間の輪ができる。
エルフの一人が叫んだ。
「何をやっている。早くその魔物を殺せ!」
村長らしき様々な装飾品を身にまとったエルフが叫んだ。
彼の後ろから村長の妻らしき女エルフが駆けてきた。
村長が叫ぶ。
「おい、お前は下がっていろ!」
「まって、ダンジョンに力試しに行ったティモシー達は? それにあの服」
俺は答えた。
「殺したよ。喰ってやった。あっけねぇ最期だったよ」
エルフたちの顔が一瞬蒼白になった。
村長の顔は真っ赤に染まる。
「この、魔物の分際で。息子を!!!」
俺の後ろにいる人間たちのことなど気にも留めず、エルフたちは魔法を行使した。
その魔法陣は様々だ。
炎、氷、風、雷。
一斉に攻撃魔法が展開される。
俺の後ろで悲鳴が上がる。
「大丈夫。デウス様なら、私たちを守ってくださる」
サキナがそういう声が聞こえた。
ああ。守ってやるさ。
ごちそうが待ってるんだからな。
俺は右手を挙げて、防御魔法を展開した。
襲い来る、数々の魔法が、魔法陣にぶつかる。
塵となって霧散した。
「防御魔法だと!」
「賢者でも使えるものはわずかだというのに!」
俺は右手に魔法球を作った。
魔力が凝縮される。
魔力10000倍は伊達じゃない。
それを見たエルフたちが後ずさった。
「なんだあの魔力量は!」
「まずい! 逃げろ!」
エルフたちは背を向けたがもう遅い。
俺は球をごみでも捨てるように放り投げた。
数秒。
魔法陣形成。
前方、扇形に闇魔法が展開。
触れたエルフは一瞬で塵と化し、魔石だけが地面に落ちた。
その場にいたエルフは跡形もなく消えた。
家から様子をうかがっていた女エルフたちが逃げだした。
俺は人差し指を奴らに向ける。
魔法陣発動。
首が刎ね飛ぶ。
おそらくこれで全部だろう。
俺は振り返って、サキナに言った。
「終わったぞ。うまいもん食わせてくれるんだろ」
サキナはぶんぶん頭を縦に振ってこたえる。
「はい! はい! ありがとうございます!!」
人間たちは歓声を上げた!
「守り神だ。神様が私たちの村に降り立ったんだ!」
「あの角を見ろ、伝説通りだ」
人間たちは俺に祈りを捧げた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「早く食い物をくれ」
「はい! すぐに用意いたします」
数人が村の中に駆けて行った。
俺は落ちていたエルフたちの魔石を拾ったが、食うのをやめた。
こんなまずいものよりごちそうが待っている。
「サキナ」
俺は振り返り、サキナを呼んだ。
「何でしょうか」
「魔石を拾ってとっておけ」
サキナは驚愕した。
「い、いいんですか! これはデウス様のものでしょう」
「今はいらない」
記憶では魔法を使うときに魔石を使っていたはずだ。
誰かが使うだろ。
「魔石までいただけるなんて! 感謝に堪えません」
そこまで感謝されるとこっちも困る。
魔石なんてそこらへんですぐに手に入るものを。
俺はサキナに案内されて、村長が使っていた家に通された。
当然、村長も先ほど塵と化した。
家は広く、大きなテーブルと椅子があった。
俺はイスに通されて、料理とやらが出てくるのを待つことにした。