第11話 街へ
俺は領主の椅子に座っている。
ついこの間までダンジョンの中を這う魔物だったのに、村長になり、次は領主になったか。
いや、俺は領主になどならない。
政治などできないからな。
しかし、
「デウス様が領主にならなければだめです」
サキナがそう言うので仕方なくこうして、椅子に座っている。
俺の目の前では、17人の村の新しい長たちが侃々諤々(かんかんがくがく)議論している。
「レジスタンスたちの住む家がなく村長の家にいますがそれでも足りず……」
「剣や盾などが消耗していて……」
「どうなされますかデウス様」
「家については新しいのを建てろ。誰か大工を知らないか。それと剣や盾については買いに行く」
「そうはいっても資金が」
「金ならある」
そう言って、俺は領主が隠し持っていた金を取り出した。
金貨数千枚。
村長たちは口をあんぐりと開けた。
「い、いいのですか? 領主様がお使いになるのでは?」
「俺は食うところと寝る所があればそれでいい。使え」
「なんと……」
「このような領主様は人間時代にもいなかった」
「さすがですデウス様」
村人たちが金の使いみちについて話し始めたので、俺は居眠りをしていた。
「デウス様! デウス様!」
「ああすまん。眠っていた」
「デウス様のおかげでなんとかなりそうです。本当にありがとうございます」
「ああ、構わん」
俺は適当に手を振った。
「つきましては武具の調達なのですが……」
「なにか問題があるのか?」
「街へ行かなければなりませんが。街はエルフの巣窟です帰ってこれるかどうか」
「俺が行こう」
「は?」
「ここにいてもお前らが話し合うだけで俺は必要ないだろ。俺が街に行こう」
「そんなデウス様御自ら……」
「レジスタンスの人間を数人荷物持ちで連れて行こう。道もわからぬしな。それは構わないか」
「え、ええ。初めからレジスタンスの方々に頼もうと思っておりましたから。ですがいいのですか?」
「構わん」
◇
「デウス様にお供できるなんて光栄です」
ロンがそういった。
「大げさだよなぁ、旦那」
サーニャはそう言って、頭の後ろで手を組んであくびをした。
もうひとりのレジスタンスは背が低く、ローブを身にまとっている。
「そいつはだれだ」
「あ……すみません、すみません、マリサといいます。魔法使いです」
「人間にも魔法が使えるやつがいたのか」
「いえ、あの、魔石を使って……」
唾液が出た。
いかん、食ってはだめだ。
魔法使いが魔法を使えなくなる。
「そうか」
そう言って俺は前を向いて歩いた。
街は高い壁に囲まれていた。
サーニャたちは身を引き締めるように両手を握りしめていた。
おそらく敵の城に乗り込む騎士のような気持ちなのだろう。
門をくぐり抜けるとエルフがわんさかいた。
俺は角を隠していたから、人間に見えるのだろう。
薄汚い人間が。
蔑む視線がそう言っている。
「早く買って帰りましょう」
ロンがそういうので武具専門店に来た。
店主はエルフで俺たちが店に入るなり目を細めた。
「お前らに売るものはなにもないよ」
「少しでいいので売ってください」
ロンが言う。
「だめだね。ほら帰った帰った」
店をいくつか回ったがすべて同じような反応だった。
俺がエルフの姿になっても良かったのだが、エルフの姿になろうとすると俺の中の老騎士セドリックが断固反対してくる。
結局盾の一つも買えずじまいだ。
「まあいいだろ。人間だし買えないのは仕方ない。初めての街だ。色々見ていこうぜ」
サーニャはそう言ってキョロキョロしている。
「……」
マリサは何も喋らない。
ん?
何やらうまそうな匂いがする。
匂いにつられて歩いていくと、レストランと書かれた店の前についた。
「食い物屋か。そういえば腹減ったな」
サーニャがそういった。
なるほど。
エルフの舌を満足させる食い物というものを食べてみたい。
「入るぞ」
「お、旦那、いいっすね」
「ちょっと! デウス様、サーニャさん! だめですって。俺たちは武器を買いに来たんですよ」
「おなかすいた」
マリサまでそう言ったので、ロンは仕方なく俺たちについてきた。
店はほどほどに混んではいたが座れないわけではない。
俺たちは席の一つについた。
店の娘は人間で、信じられないといった顔で俺たちの席に慌てて来た。
「お客様この席はちょっと」
「なにか問題でもあるのか」
俺が尋ねると娘は一瞬口ごもり、
はっと入り口をみた。
「い、いらっしゃいませ」
「おう、今日も来てやったぞ」
彼女の声が震えている。
見ると巨漢のエルフが肩を揺らしながら歩いてくる。
俺たちの席の目の前に立った。
「おい人間ども、ここは俺様たちの席だ。どけ」
俺はメニューをじっと見ていた。
ハンバーグ?
何だそれは、うまいんだろうか。
カレー?
東方の料理と書いてあるな。
「聞いているのか!」
巨漢のエルフが拳でテーブルを叩いたのでメニューが揺れた。
俺は顔を上げて、エルフを見た。
店の娘はすでに後ずさって遠くから俺たちを見ている。
「何だデブ。あたいたちはお前と同じ客だぞ。どこに座ろうがいいだろうが」
サーニャの言葉にエルフは顔を真っ赤にした。
「この、人間風情が!」
剣を抜く。
が、すでにそこに剣はない。
俺の右手に奴の剣が握られている。
「は?」
デブのエルフが呆けているうちに、俺はヤツの指を切り落とした。
「ぎゃあああああああ。俺の指、指がああああああ!!」
デブのエルフはひっくり返って叫んだ。
すると、周りの席のエルフが立ち上がり、俺たちを囲んだ。
全員殺さなければならないのだろうか。
「すまない、ちょっといいかな」
俺たちを囲うエルフの集団をかき分けて人間の男が一人現れた。
身なりがいい。スーツを着ている。
胸にブローチを付けていて、国王の紋章がかたどられている。
老人とまでは行かないが初老の男性だ。
「この場は私に預けてもらえないか」
そう言うとエルフたちはすごすごと自分たちの席へ戻っていった。
人間なのに、なぜかエルフたちは彼の言うことに従っている。
デブのエルフはまだ騒いでいる。
「痛いいい、痛いいいい」
スーツの男はデブのエルフに近づくと言った。
「君、わたしが誰かわかるね? わかるならよくきくんだ。今後一切この店に来るんじゃないよ。横柄だし臭いし迷惑していたんだ。いいね」
デブのエルフは一瞬噛みつこうとしたが、ブローチを見ると小さくうなずき店を出ていった。
スーツの男は立ち上がると、俺達の席についた。
「さて、料理を楽しもうか」
だれだ、こいつは?