街中デート
戦うために下準備です。
でも、ニラにとっては違うようです。
第6話
帝暦2021年NANAの月13日 ドバ帝国
帝都トロイの辺境都市ヌーマタ 繁華街
地方都市らしい町並みを男女の二人連れが歩いている。
女の方は全身緑色で纏めていてそれなりに有名な冒険家だ。名前をニラと言う。左隣をおずおずと歩いている男はニラにも負けない長身でなかなか垢抜けたハンサムだった。本人には名前の記憶が無くニラがストーンと名付けた男だ。ただ、来ている服はかなり使い込まれたものであちこちに擦り傷や裂けた所があった。上衣のみならずズボンも同じ様な有様でそろそろ替える必要があるのは明らかだった。この分では丁寧に使われていたのかも知れないが下着もヨレヨレに違いない。
ストーンの持ち物の魔石などを売ってから必要な物を買えば良いからあそこへ行ってここへ行ってとニラの心は弾んだ。ニラの見立てでも金貨14枚には成るはずだから上手く売ればもっと成るだろう。ニラは気分が良い。
ニラが愉しそうにしているのを見て悪い気はしないようでストーンもニコニコしてニラの後をついて行く。
まずニラが向かったのは道具屋サイクルである。ニラもちょくちょくお世話になっている店であり馴染みと言って良い。大きな看板が出てはいるが知らなければ何の店なのかは外から窺い知れない。ニラが無遠慮にドアを押し開くとガランガラン大きな音がした。誰が開けても直ぐに入ってきた事が判る仕掛けである。薄暗い店の中には誰も居ない、。
「サイクルさん居る?」大きな声でニラがカウンターに向かって親しみを込めた声で話し掛ける。するとカウンターの下から白い髭面の老人が顔を出した。背が低く小人族のように見えるが立派な人族の老人である。
「ああ、ニラか。何のようじゃ?」眉を顰め何やら不機嫌そうな声を出す。そんなサイクルの表情に気付かないかのようにニラは平気な顔で話し掛けた。
「買って欲しいものがあるのよ。」とストーンを嬉しそうに振り返る。
サイクルは初めてストーンに気付いたかのように視線を向けたが睨んでいるようにしか見えなかった。ストーンはそんなサイクルに気付かないかのように懐から魔石の入った袋をカウンターの上に音を立てて置いた。カラカラいう音を袋が立てて中身が零れだした。
「ほお~」感心したようにサイクルが目を細めて魔石を摘まみながら鑑定し始めた。ひとつひとつの魔石を目に近づけてはじっくり眺めてはブツブツ言う。全ての魔石を鑑定し終えてサイクルは言った。
「全部で金貨13と銀貨2枚と言ったところじゃな。」ニラの見立てより少なかった。少なっ!と小声で反応してニラが睨むと小さく舌打ちをしてサイクルはストーンでは無くニラに説明し始めた。
「例えばこれはほらここに傷があるじゃろう?大きさはまあまあじゃが砕き直して使うから銀貨1枚分安くなるじゃろう。この赤い魔石は小さすぎるから粉末にするしか無いぞぃ。手間が掛かる分銀貨2枚は減る事に成るじゃろう。ニラに魔石の見立ては教えたがまだまだじゃな。」
ふんふんとニラは聞いて頷いている。う~んと考え込んでからストーンを見てごめんなさいと言った。どうやら見立て通りの金額に成らなかった事を謝った積もりらしい。そんなニラをストーンは笑顔で許した、と言うか余り気にしていないようだった。
ニラは多少不満そうだったがそのまま魔石をサイクルに買い取って貰い、更にはストーンの持っていたガラクタにしか見えない物もまとめて買い取って貰う。何だかんだで結局は金貨14枚と銀貨1枚になったのだった。
その後ストーンの腕を組んで上機嫌になったニラは鼻歌交じりでストーンを連れて古着屋のユースを訪れた。ここの店の主人はサイクルよりも若い男だった。とは言っても年配と言って良い外見である。仕立ての良い服を着てがっちりした体型をした優しい顔つきの男だった。ただ人族では無くニンフ族とのハーフである。
「よう!ニラ。どうした?」かなりニラに気さくなようだった。店の中も外からは見えないがかなり置かれていて積まれていた。しかし、全てが古着である。ニラも和やかに答える。
「ここにいるストーンさんに合う服が欲しいのよ。」と後に立つストーンを振り返る。ユースの笑顔は変わらない。
「やあやあ、ストーン。体格良いねぇ~」ユースはそう言いながらペタペタ服の上から触りまくる。そしておもむろに懐から太めの紐を取り出し体のあちらこちらを測りだした。そして店のカウンターに長さに合わせて切った紐を置いていく。カウンターの上には人体を模した様な絵が描かれていた。服を作るのに必要な長さを測っているのだ。ユースがストーンを測っている間ニラはその辺の服を持ち上げたりしてのんびりしていた。上半身から下半身まで計り終えると不意にストーンにユースは言った。
「服全部脱いで!」その唐突さにストーンが目を剥き、ニラが目を輝かせる。
「ニラちゃんを喜ばせるために言ったんじゃ無いよ。今着ている服が直せるかどうかチェックしないとね。上から下まで全部買い揃える積もりじゃ無いだろ?ほら、こっちの部屋に行くから付いて来て。」とユースが言うとストーンは判ったと言って素直にユースの後をついて行く。それを見送るニラは少し寂しそうだ。流石にストーンでもニラの目の前で服は脱げないようだった。
暫くして別室から戻って来たユースは細々(こまごま)とストーンの服についてニラに話してくれた。
「基本下着類は全部買い揃え無いと駄目だね。洗い替えを考えると3着は欲しいところだろう。着ていた上衣はオーバーコートと対になる構造をした制服だね。ストーンって帝国の士官か何かなのか?オーバーコートの外側の傷や破れは仕方ないけど内側の上衣はまるきり変えないとキツキツだろうね。ズボンも同じさ。体格が大分前から変わってた筈なんだけど何か変えられない理由でもあったのか?」
ユースの問いにニラは微妙な顔をするしか無かったがストーンが表情を変えずに「機密事項なんだ。ちょっと訳ありでね話せないんだよな。」とあっさり言ったのでそうかとユースは納得したらしい。
その分ニラはストーンの正体が帝国の士官らしいと分かってドキドキしていたのだ。しっかりした作りのオーバーコートや崩れてよく判らない紋章付きの抜き手袋が気にはなっていたのである。
「この作りは多分何かの探索士じゃないかと思うんだが違うか?」なおもオーバーコートについて話を続ける。
「ここの、ほらこの作りはフードを追加装備するための金具だし、ここの内ポケットの深さは長尺の道具を入れる専用のものらしい。ここまで手を入れてあるものは相当にお金を掛けていることから身分がそこそこ高いと考えられるんだよな。平民や商人じゃあ無いと思うから、低位貴族か準貴族の三男坊と考えられるんだよな。違うか?」
ストーンもニラも黙っているからかユースは自分の意見を言えるだけ言ってしまうと黙ってしまった。
「・・・そのう、済まなかった。べらべら喋っちまって気を悪くしねぇでくれ。機密事項なんだよな。」
と1人で納得していたがニラはストーンの正体をオーバーコートで推測できるとは思っていなかったので驚いていた。
「また、兎に角このオーバーコートは修繕して使った方が得だと思う。2日ほどくれりゃあ納得いくくらいまで修繕してやるぜ。値段も安くして置いてやるよ。」
結局ユースの言うとおりに下着類を3着づつ買い揃え、普段着用にオーソドックスなズボンと上衣を買うことにしてオーバーコートを預ける。そして、全部で金貨2枚と銀貨1枚を使ったのだった。
何だかんだで時間が掛かり昼を過ぎてしまったのでニラはストーンを狭い路地を抜けた先にある小さな食堂に連れて来た。宿屋に戻っても良かったがこれから向かう場所はさらに離れた場所にあるので近場で済ますことにしたのだった。飯屋「たまり」は酒も飲めて食べ物が旨いので金銭的に余裕があるときは使うニラ御用達の店なのだった。
次にニラとストーンが向かったのは防具と剣の店だった。鍛冶屋を兼ねているらしく少し町外れにあった。恐らく音や火を使うから防火を兼ねて離れたところにあるのかも知れない。ニラは表から入らずいきなり裏手に回った。
「ガランさーん!居ますかぁ!」金槌で鉄を叩く音に負けないくらい大きな声を張り上げてニラは名前を呼ぶ。ニラは馴れたものなのだろう頻繁に訪れている様な気安さを見せていた。
「誰だぁ!!俺の名前を気安く呼ぶ奴は!」暗がりの奥から鎚を叩く音以上に大きな声が鳴り響いた。
「ニラですよー、入りますよ~」とニラはストーンの腕を取って引っ張ってずんずん中に入っていく。ストーンは少し呆れた顔で大人しくニラについて行った。暗がりに慣れると少し隙間の空いた明かり窓の下に顔中髭もじゃの小男が立っていた。上半身を脱ぎ、汗を滴らせて身の丈に合わない大きな金槌を持っていた。その奥で2人の男達がカンカンと金槌を振るっていた。ガランはドワーフのようだった。
「ガランさん、久しぶり!」
「おう!ニラじゃねえか。今日はどうした。まだ、修理するほど防具も剣も傷んじゃあいねえ筈だぞ!・・・そいつは誰だ。」ガランはストーンを認めるとニラに向ける笑顔から剣呑な表情になった。
「この人はストーン。今日からあたしが保証人になった冒険家だよ。」
そしてニラはまた、ダンナアが魔物に殺された所から全てをガランに話した。時々ふんふんと相槌を打ちながらガランはニラの話を聞いた。
「大方の話は分かった。店に行こうじゃあ無いか、若いの。」ニラに向ける温和な顔で無くストーンに向けるガランの顔はまるで得物を目の前にする獣の様な笑い顔をしていた。ガランは残ったドワーフの2人に声を掛けてニラとストーンを連れて店の中に入っていった。
店の中は思っていたより広かった。あちらこちらに台があり、布が掛けられ凸凹と膨らみがある。どうやら布の下に武器防具が置いてあるらしい。
「それで、どんなのが欲しいんだ?若いの。」目付きは変わらないが言い方に幾分柔らかみを持ってガランがストーンに訊いてくる。ニラは口を挟まずストーンを見ていた。ガランが武器防具の話をしているときに口を挟むとガランの選定が狂う事を知っているからだ。
じろじろとストーンの体格やら装備品を眺めていたガランが口を開いた。
「フン、体格良い癖にスピードファイターとはなかなかのもんじやな。腰の得物もまあまあだ。ところで、その黒い得物を見せてくれんか?」
ガランが興味を示したのはオークナイトの腕を一閃で切り落とした剣だった。ガランの気安い言葉に何故かストーンが半歩下がって言った。
「悪いがこれは誰にも触らせられないんだ。」片手で剣を押さえてガランの言葉を拒否する。
「魔剣だからか?」ガランの言葉にストーンは驚いたがゆっくりと頷いた。
「呪いの類では無いが何か使用者に誓約を掛けているのかのう。」ストーンを見詰めながらガランが問うとストーンはやはり言葉に出さずに頷いた。
その様子を見てガランが不意に横を向いた。「無理にとは言わんよ。口に出すことも触らせることも拒否させる誓約となると大概だな。」そう言って壁際のテーブルの上の布をめくった。
「お前さんのような剣士に合う防具と言ったらこんな所か?」ガランが見せたのは急所を主に護る防具だった。肩と心臓と頸筋を護る部分に金属の縁が付いた亀甲の防具である。
「これは巨亀アーケロンの甲羅を使った軽甲冑だ。アーケロンの甲羅は魔法を殆ど受け付けん。縁の金属はミスリルを混合した金属で鉄の刃など通さんように出来取る。この店にあるものの中では1番お前さんにあっとるだろうよ。頭鎧も要るか?余りに重い防具ではお前さんの力を削いでしまうからな。皮鎧では防御に不足があるし、全身板金鎧だと重すぎるし、ミスリル製では値段が高くなりすぎてお前さんに払い切れんだろうよ。尤もここには素材も不足しておるしな。」
「ガランさんの言うことはよく分かったけどそれ、幾らなのよ?」ニラがストーンの代わりに値段を訊いた。何やら含み笑いをして
「なあに、安いもんだ。躰と両腕と腰と脛で金貨10枚だな。」
えーっと驚きの声を出してニラが騒ぐ。
「おいおい、ニラ。前にお前さんに渡した内服に編み込んだワイヤーなんぞ希少繊維がたまたま余っていたから金貨7枚だったんだ。それに比べれば海の無い場所で巨亀アーケロンの素材防具があるだけマシってもんだろ。」ニカッてガランは笑ってみせた。その時店の奥から声がした。
「あんた、いい加減にしておやり!」
奥から出て来たのは女性だった。人族だがとてもふくよかであった。ガランの女房ウーマさんである。
「ご免ね~ニラちゃん、内の宿六が吹っかけて。」
ウーマさんはガランさらに向いて言った。
「亀の甲羅なんか素材屋から買って何年ほったらかして居たと思ってんの!やっと防具に加工したって買い手が付かなくてずっとここに置きっ放しだったじゃ無いか。やっと売れそうな相手が現れたからってニラちゃんのいい人なんだから少しは負けておやり!」ガミガミとウーマさんはガランさんに文句を言ってやり込め始めた。一言言われる度にガランさんが小さくなり余りにも可哀想なのでニラは声を掛けた。
「ウーマさん、有り難う。高くてもしょうが無いよ。それにストーンだって払えない訳じゃないから。いつも親身になってくれてありがとう。」
「ほら、ニラもああ言っているし・・・」空かさずガランさんが言って返す。それをウーマさんが睨むと渋々と
「それじゃあ、金貨9枚と銀貨6枚まで負けよう。」ちらちらウーマさんを見ながらガランさんが答えた。ウーマさんはニラを見ていいかい?と言う風に振り返ったのでニラはお願いしますと返事をしたのであった。その間ずっとストーンは蚊帳の外であった。
代金をストーンがガランさんに払って躰に合わせて貰っている間ニラはウーマさんに掴まっていた。
「ニラちゃん。聞いたよ、ダンナアの奴は残念だったね。彼奴にニラちゃんをやるのはあたしゃ反対だったんだ。だからザマァとは思ったけど、ニラちゃんが落ち込んでるんじゃ無いかと思ってたよぉ。でも、大丈夫そうだね。それにしてもいい男を捕まえてきたじゃないか。絶対離すんじゃ無いよ。袖を掴むんじゃ無いよ、こう胸で押さえるんだよ。でも、一体何処であんないい男を見つけて来たんだい。この辺じゃあ見掛けない顔だし、山男には見えないし隠さないで教えておくれよ。」息も切らせずにウーマさんは身振り手振りを交えてニラに問い掛ける。相変わらずの迫力だなあと半端呆れながらニラはストーンが記憶喪失でニラが保証人になったばかりの冒険家であることを説明した。ふんふん相槌を打つウーマさんを見てニラは明日には町中に広まっているだろうなぁと諦めていた。ニラが冒険家になったのもウーマさんの勧めだったしこの人には頭が上がらないなとニラはぼやく。
話に納得したのかウーマさんは機嫌良く送り出してくれた。無論アーケロンの軽甲冑はストーンの躰に装備されている。オーバーコートが無いから丁度良い具合で益々ニラは惚れ直してしまった。
さあ、準備万端です。