地下世界
ソーンの洞窟探検は更に深く潜る事になります。
ソーンは果たして出口に至る道を見つけることが出来るのでしょうか?
第5話 ソーンの迷走
帝暦2018年SIGAの月※※日 ドバ帝国
帝都トロイの衛星都市ミハエルの近郊 キリミネ連峰 ヘンピの村の裏山隠されたダンジョンの更なる地階
地下2階と思わしき場所は迷路だった。数Mと行かないうちに分かれ道に出る。曲がってみると行き止まりになる。戻る。分かれ道を反対方向に行く。曲がる曲がる。分かれ道に出る。適当に曲がる。突き当たりにヒカリゴケと共に薬草があった。数株しかないので一株だけ摘み取り紐で括り腰にぶら下げる。戻って分かれ道から行っていない方向へ進む。
ソーンにはスキルがあるから適当に歩いている様に見えてマップ全てを踏破する事で出口を探していたのだ。時間は掛かるが、間違いの無い方法ではあった。時間が掛かると言うことはソーンの少ない体力と食料を確実に削っていくと言うことでもあった。
「ふう」
深く息を吸って洞窟の十字になった分かれ道で立ったまま休憩をした。水を飲みたかったが我慢をする。水筒に水は後三分の一も無いのだ。スキルで地図を確認するとこの階に降りて大分歩いたことが判った。戻りが無いように注意して歩いたから進むべき方向は判っていた。
「それにしても、ここには生き物の気配が無いな。」思わず独りごちる。ソーンには愚痴を言う癖は無いが黙々と動いているだけでは気が滅入るようだった。ソーンの独り言の通り上の階に居たようなダートラットの類を見ない。じとっとした湿気を含んだ洞窟で壁もしっとりしていて行き止まりでは苔だけでは無く薬草類を含んだ植生が見えた。探索士として植物について学んだが洞窟の植物については余りよく分からなかった。それでも薬草類や食べられる植物については記憶にあった。だからソーンは少し期待してもいたのだ。
ただ、気を付けなくてはならない虫がいる筈なのだ。逆に言えばその虫が見付かればある程度水を確保出来る可能性があった。
別名含水草と言われる浮草に似た形状の草の魔物の草草である。根毛で移動し水場又は湿った所を好む性質があるのだ。この草草と共生関係にある虫がオニヤスデである。オニヤスデは魔物では無く毒を持った普通の虫なのだ。草草に手を出す敵をオニヤスデが撃退し、草草がオニヤスデに養分の混じった水を提供する共生関係にあると言われている。ソーンが狙っているのがこの草草の水なのだ。
1度ソーンも味わった事があるが名前負けする旨い水であった。突き当たりがあり薬草があるのを見つける度に注意深く観察してみているが今の所見付かっていなかった。
降りてきた階段部分から大分、東方向に地図を埋めてきたが薬草類はあってもオニヤスデも草草も見付かっていなかった。ソーンの気持ちも腐ってしまう程であったがある異変に気付いた。1つに湿度が増えていることだ。ほんの僅かに服の内側が蒸れている事に気付いたのである。動き回ったせいで汗を掻いているのもあるがそれ以上に蒸れていると感じたのである。1つに洞窟が深くなっている事だった。僅かづつだったが傾斜を感じていた。歩き回っている洞窟が何処まて深くなるのかソーンは不安を感じていた。
時間経過は分からなかったが疲れと歩いた距離からソーンは休むことにした。生き物が見当たらないので何も無い手近な行き止まりで座り込み、荷物を降ろす。リュックの中から干し肉を少し毟り取り口にする。もぐもぐと食べていると要らぬ心配事か頭をもたげてきた。
「水も見付からないし、出口も無さそうだよ。このまま体力を消耗して野たれ死んじゃうのかなぁ~?」
誰もいないのに思わず口にしてしまう。聞いてくれる者も居ない洞窟でソーンの言葉は虚しく響いた。
洞窟の行き止まりで見つけた少し萎びた薬草の一部を口にする。多少体力を回復する効果がある薬草だった。本来なら乾燥させて煎じて飲むのだが青臭さを我慢して飲み込んだ。吐く自分の息が臭くなっているのが判ってげんなりする。
「くっそー!!」
思わず立ち上がり大声を出してしまった。慌てて腰を落として身構え警戒する。暫く待っていたが何も起こらなかった。もしかしたらいるかも知れない魔物の注意を引きたくなくて声を出さないようにしていたのに俺のバカ!と反省する。
再びソーンは座り直して壁を背に腕組みをして目を瞑った。
やがて静かなソーンの寝息だけが洞窟に聞こえてきた。
ソーンの感覚ではそれから2日ほど洞窟内を歩き回った。相変わらず生き物は見付からなかったがソーンが期待していた魔物の草草を1匹だけ掴まえる事が出来た。オニヤスデはいなかった。敵がいないからオニヤスデは必要無いのだろうか?と考えていたソーンだったがやがて無駄な考えだったと気づき考える事を止めた。居ないものとして行動するのは危険だと思ったからだ。頭の中の地図はかなり大きくなっていたがまだ限界が見えていなかった。僅かに楕円の形をしているのでは無いかと推測出来る程度まで見えては来ていたのだが信じられないくらい大きな洞窟だった。只ひたすら水が欲しかった。水筒の水は既に僅かにしか無くてひもじさよりも焼け付く喉に殺されるのでは無いかと思えていた。当然だがトイレに行きたい欲求は魔物の草草の水を飲んだときに少し感じてら洞窟の行き止まりにしただけだった。その時の自分の小水の臭さは忘れられなかった。魔物の草草のせいでは無いかと思ったくらいである。
さらに3日経った。洞窟の大きさの割には何も無い所だなぁとソーンは思う。殆ど回り終えただろうと思えるほど分岐が無くなりたったひとつの大きな洞窟だけが残った。大きさから言えば隧道と言って良い大きさだった。その先に柔らかな光が見えたのでそこは洞窟の外なのかも知れない。ここまで来るのにソーンの感覚では7日経っている。最後で躓くのは嫌なので焦って駆けださないように我慢してソーンは休憩をしていた。外に出られるなら後少しくらいはどうって事など無いのだ。ただ、何があるかは分からないから体力を温存するに越したことはない。そう、自分に言い聞かせていた。
ゆっくり立ち上がり、期待を込めて歩き出した。自然と顔が綻ぶのは抑えられなかった。次第に鳥の甲高い鳴き声や獣の低い唸り声などが聞こえてくる。洞窟の形や方向などから違和感はあったものの、明るさも音も明らかに外気を感じさせてくれていた。隧道の出口付近ではソーンは駆けだしてしまっていた。明るい出口で立ち止まる。薄暗闇に慣れた目にはこの明るさは毒だ。眩しさに目を瞑ってしまった目を再びゆっくり開ける。
驚きにソーンは固まった。
白い光に満ちている空だった。知らない空、いや天井だろう、それが殆ど全面が白く輝いていた。太陽の光で無かった。何者かに依って造られたとおぼしき天井の光。なのに隧道から出た所からは少し低い位置に森の頭が見えた。黒々と遠くまで伸びたいくら何でもこれは無いだろうと思えるほどの規模の森だった。それが巨大な洞窟の中に収まっていた。湿度が高く、対面の壁が靄の様なもので霞んで見えた。視界を右に巡らせると壁の高い位置からから滝が落ちていた。その世界はジャングルと呼ぶに相応しい濃い緑と音に満ちていた。
ソーンが立っている位置から森の中へと道は続いている。高台になっている隧道出口から遠くに同じ様な隧道のあなが幾つか見えた。森を抜けそこに辿り着ければ出口に繋がっているかも知れない、そんな淡い期待を持ったソーンは出口でなかった失意を胸にとぼとぼ歩き出した。
滝があると言うことは水があるのだ。既に水筒の水は無かったから滝から流れ出ているはずの川を探そう、そう決意して滝の方角を目指して森の中の歩きやすい場所をたどる。ソーンのスキル『地図』はこういった広い場所では土地の形状しか記録出来ない。ただ、何も無いよりましである。一応は踏破した跡くらいは残せるのだから。川に出られればその形を地図に残せるのだ。生き物の鳴き声や獣の唸り声などがするなら捕らえられれば食料に出来るかも知れない。水が確保できれば魔物でも食べることが出来る。無論その魔物を倒すのはソーンではある。ソーンの武器と言ったら短剣しかないが何も無いよりも増しと言える。ダートラット相手でさえ苦戦するソーンの腕前では魔物とまともには戦えないだろう事は分かってはいたが何が出て来ても何とか倒すしかない。そうしないと食料が無い。それよりも先ずは水の確保であった。堂々巡りするやくたいもない考えをしながらぼんやり歩いていたのだろう、突然草陰から何かが飛び出してソーンに向かって来た。
それは小ぶりの猪だった。魔物では無かった。お互いに鉢合わせをしたのである。2M程の距離を隔ててお互いが固まって睨み合う。腰を落としてソーンは腰から短剣を抜き構えた。猪がブヒッと鳴く。お互い引く気はないようだった。近くで鳥が鳴きながら飛び立ったのを合図にお互いが飛び出した。猪は頭を低くして真っ直ぐソーンに飛び掛かった。ソーンは短剣を逆手に猪を踏み台に飛び越すように猪を躱す。ソーンの手にあった短剣は猪の背中の尻近くに突き立っていた。痛みに猪が大きな鳴き声を上げる。Uターンして猪がソーンに突っ掛かって来る。空手のソーンは慌てて逃げ出した。短剣を手放してしまったのはソーンのミスだ。戦う技術の無いソーンが猪に一刀を入れられただけでも大したものではあるが明らかにソーンの負けだ。怒りまみれの猪が獣道を逃げていくソーンを追い掛けていく。ハアハア息を切らせながら必死にソーンは逃げていく。猪が跡を追い掛けていく。10分程の走った先でソーンは少し開けた場所に出た。
ソーンが望んでいた小川に出たのだ。ばしゃばしゃと水の中に入って振り返った。その脇腹に猪がぶつかって来てソーンは猪を抱えるように倒れてしまった。ヤバイ、ヤバイ脇腹が痛い!耐えきれずソーンは転がった拍子に手近な石を掴み無我夢中で猪の眉間を叩いた。コーン!といい音がして猪はビクビクと震えた後に横倒しになってソーンの上から川下へ転がり落ちた。
暫く息を整えて猪の様子を窺ってきたソーンだが猪に刺さっていた自分の短剣を掴むと思いっ切り切り裂いた。ビギャビギャと鳴きながら水飛沫を上げながら猪が暴れ回りやがて静かになった。小川からソーンは立ち上がると猪に跨がり喉を切り裂いた。ビギャ!と短く鳴いて動かなくなった。猪に跨がったままに暫く息を整えていたが立ち上がり、岸辺にリュックと濡れた上衣を落とすと猪の所へ戻り、水の中で猪の皮を剥ぎ始めた。皮を切り、剥がしながら転がし、出来るだけ1枚になるように剥いで行く。兎程度の皮剥はソーンも経験があったが猪は初めてである。慣れない手付きだったが時間を余り掛けないように出来るだけ急いだ。猪がソーンを追い掛けて来た道筋には血溜まりが落ちている筈だから他の獣に近付かれたら大変になるからだ。せっかくの得物を捨てて逃げなくなるかも知れない。剥ぎ終わった皮を小川縁の大きめの石の上に拡げておく。大腿部から脚を切り、骨ごと分離する。腹を割き、内臓を引きずり出し、腑分けするように流れの緩やかな場所に置く。頭以外は殆ど食べられるのだから出来るだけ捨てないようにする。やがて解体した場所の石の上には猪の肉があちこちに置かれていた。小川から離れた柔らかい土をスコップで掘り起こし、出来るだけ深く猪の頭を埋めた。浅いと匂いで他の獣が掘り起こしてしまうからだ。頭を埋めた岸辺とは反対側に渡り、短剣で枝を切り、肉を紐でつなぎ合わせ引っ掛ける。大分作業で時間が掛かったはずだが明るさは変わらなかった。
くたくただったがここでのんびりしていられないのは明らかだった。疲れ切った体に鞭打って立ち上がると上流に向けて歩き出した。このまま小川を辿ればあの滝に出るはずだ。滝まで行けば綺麗な水が手に入る筈だ。小川の水は口の中を湿らす程度にして飲んではいなかった。澄んでいて飲めそうに見えたが危険は避けたい。チキチキと言う鳥の声や時折遠くから獣の叫び声が聞こえたが幸いにしてソーンはあの猪以外の生き物に出会わなかった。魔物などに襲われたら折角の肉を放り出して逃げるしか無いだろう。
やがて1㎞も行かない処で2Mを越える段差に突き当たった。小川は小さな滝となり水飛沫を上げている。森の入り口当たりは倒木があって少し開けている感じだった。段差を辿ると丁度良い具合の窪みがあった。少し離れて石がごろごろ転がっていた。とても不自然だった。偶然に石が固まっているようには見えない。もしかしてとソーンは気づき、当たりを見回した。相変わらず生き物の気配はしない。聞こえていた獣の唸り声は聞こえなくなり、鳥の羽ばたきばかりが聞こえた。ソーンは石を足で転がしてみると裏側に焦げた跡が残っていた。やはり誰かがここでたき火をしたのだ。屈んで注意深く石を見てみたがここ最近のものでは無いとソーンは判断した。レンジャーのように詳しく調べられないが、どれ位前なのか判らないがソーンのようにここまで来て焚き火をした者がかつて居たのだろうと考えた。
ソーンは担いでいた肉のぶら下がった木の枝を降ろし、段差に立て掛けた。リュックも降ろす。腰も降ろしたい所だったがまだ休めない。転がっている石を組んで小さな竈を造る。倒木の当たりから枯れた小枝を拾ってきて、魔法で火を付ける。パチパチ爆ぜた音を立てて小枝が燃え上がった。燃えている火はそのままに木の枝を短剣で払って窪みを大きく囲うように地面に射し込む。時たま竈を見て火が消えていないことを確認しながら作業を続ける。火が消えそうになると小枝を追加し、少し大きめの木を突っ込む。5本程の木の枝を立てるとソーンはリュックにぶら下げていた薬草の束を取り出した。竈の火で薬草を炙り何とも言えない匂いが漂いだした処で囲むように立てた木の枝に薬草を少しづつ乗せる。簡単な魔物避けを作ったのだ。前に教えて貰った方法だった。
「これで少し休める」
ソーンは思わず声を出してしまった。気が少し緩んだのだろう。
崖とも言えない段差に立て掛けて置いた肉を確かめると少し表面が乾いていた。短剣で表面を削いで小枝に幾つか刺すと竈の近くに立て掛ける。暫くするとジュウジュウと肉の焼ける良い匂いがして来た。小枝を持って燃えないように炙り続け枝が焼けきらない所で齧りついた。
「旨い!」
ソーンは思わず声を出してしまった。食べるものがなくなってずっと我慢していたのだ。食べられるものなら生肉でも齧りつきたかった位である。ひところ食べて落ち着いてからリュックからコップを出し、水筒の水を入れた。火の近くに置き、沸くのを待つ。金属製のコップの縁から泡立ち沸騰したのを確かめてから火から離す。冷めれば飲める筈だった。
ソーンは立ち上がって肉の大きな塊を持って来た。竈の石の上に香草を乗せ、幾つかの肉を置くとジュウジュウと肉は焼け出した。香草が焦げて脂が垂れ、肉汁が匂う。ソーンは肉が石に貼り付くのも構わずひっくり返し更に焼いた。焼けた肉に香草が張り付き食欲をそそる匂いが立ちこめる。齧りつくのを我慢しながら立ち上がり大きな木の枝を斜めになるように地面に突き立て、竈の上に焼けた肉をぶら下げ、リュックに確保していた別の薬草を竈の中に入れた。乾燥仕切れていない薬草が焦げて煙を立ち上らせて焼肉を燻した。これで燻製肉が出来るとソーンはほくほく顔である。燻製肉は本来なら塩をすり込み長く馴染ませた後に塩を抜いてから燻製するのだが焼くときに使った香草が塩の役割を果たし、燻すのに使った薬草が防腐剤の役割を果たす。得物を解体し、燻製肉を作る技術を持つのは山で生きる者に取っては必須であった。
ここを仮宿にして森を探索してこの広大な洞窟に暫くいるしなかいなとソーンは思った。ここはまだ森の外れで小川も小さな流れでしかなさそうなので調べがいがあるとソーンは小さく笑った。もう、外からの救援は当てに出来ないなら自分で何とか生き延びるしか無いのだ。どんな植生の森なのか、どんな生き物が棲息しているのか、この誰かが作り上げたと思える洞窟に何故かソーンはワクワクしていた。
逞しく成らなければ生きていけない。
図太くならねば生き抜けない。
ソーンは1人で大丈夫なのでしょうか?