ソーンの災難
好きになるって何?
それって美味しいの?
ダンジョンという密室は男女に取って甘い空間になるのか?はたまた、苦い空間になるのか?
1話 初級地図労務士ソーンの災難
帝暦2018年SIGAの月17日 ドバ帝国
帝都トロイの衛星都市ミハエルの近郊 キリミネ連峰 ヘンピの村の裏山
山の頂から眺める風景はたとえその山が低くても気持ちが良いなとソーンは思う。
標高約千メートル、この名前さえ無い裏山は初めてソーンが歩いて測地した山だ。
方位針と気圧計から起点からの場所を特定して、手持ちのメモに記録する。
探索士はとでも地味で労力がいる仕事なのは父親レネメイの背中を見て育って
いるから知っている。
その代わり詳細な地図に仕上げてゆく興奮や初めて見る景観や不思議な現象を見ることが出来るのが魅力である。
もちろん、魔物が徘徊する山々は危険が背中合わせである。冒険者やハンター達からの情報を得て危険を避けながら探索を続けるのである。
ソーンは木靴を覆う丈夫な魔物の毛皮に保護された脛当てや薄い金属で造られた腰や胸や肩を護る防護服を確かめる。探索士全員に支給されるレディメードのやや深緑がかった厚手の長袖の服だが、山では何が起こるか分からないし、鋭い棘や刃物のような切れ味のある草木が沢山生えている。指貫の手袋だって甲の部分は探索士の紋章に似せた形の金属で覆われている。
腰の水筒から水を飲み一服し、火照った躰を冷やした後ソーンは山を降り始めた。南斜面側から登ってきたので北側の斜面を獣道を避けながら、歩数を数えて歩いてゆく。
斜度から歩数を調節しながら方位と気圧を記録していくのだ。
この程度の斜度なら10歩単位で降りれば良いだろうと思う。
降っては山の斜面を横に歩き、降っては横に歩く。起伏を感じたら方位と気圧を確認して記録してゆく。するとソーンが歩いた跡が記録されて山の形が見えてくるのだ。
この山の反対側を中級探索士ガッソが同じように計測している筈だ。
探索士は2人一組でチームを組む。初級のソーンをフォローしながら山歩きのコツを教えながら仕事をするのだ。所謂ONJOBと言う奴だ。ある程度計測し終えたらソーンの居る北側の斜面を確認に来る手筈になっている。
中級探索士ガッソはソーンの父親のレネメイの弟弟子だ。父と年は離れているが同じ師に師事してソーンより4つ上だ。ソーンは父とガッソの師の名前を忘れてしまったがとてもユニークな人だったらしい。残念なことに単独で探索をしているうちに行方不明になったらしい。
山歩きのベテランの探索士と言えど単独調査はやはり危険なのだ。
心の内側に浮かぶ山の形は山頂が少し平らでありながら斜面は起伏が少ない。但し、北側は他の山並みに続くために凸凹と起伏している。雨水が流れ出る水路が自然に出来ているとところは獣道と交差しているのが分かる。魔獣だけで無く普通の獣たちが水を求めて降りてくるからだろう。
『地図作成』のスキルを持つが故にソーンにはこの仕事が天職だと思っている。山の複雑な地形を心に止めて置けばサブスキルに依って紙の上に概略図や外観図を描き起こせるのだ。
無論このスキルのことは父母を言うに及ばず近親者であれば誰でも知っている。それから神父様を初めとした聖職者達だ。注目されては居ないだろうが領主様のところにも報告は届いて居るだろう。
同じ探索士であるガッソも同じようなスキルを持っている。『地形把握』である。地形把握は発動すれば50M四方程度の起伏を詳細に感じ取る事が出来る。大岩などに隠されて見えない向こう側などが分かるから最適なルートを選択する事が可能だ。ただ、地図作成のスキルのように心に記録する事が出来ない。言わば地図作成の下位互換のようなものだ。
だから、特殊なスキルを持つものは領主様からの呼び出しで仕事を任される。成果を上げれば覚え宜しく領主様から手厚い保護を受けることになる。
悪用したりすれば国からの監査役からの指導だけで無く罰則を受けることになるらしい。
噂でしか聞いたことが無かったからソーンはどんな人が監査役なのか詳しくは知らなかった。
ソーンのスキルは他にもあったが大抵の者が持つスキルと変わらないと本人は思っていた。レアスキル(RS)、ウルトラレアスキル(URS)、スーパーウルトラレアスキル(SURS)などと百に一つ、千に一つ、万に一つのスキルでは無い。
そんなチートとは無縁だった。
しかし、ソーンが就いた「初級地図労務士」の仕事には有用であることは間違いなかった。実績を積み評価を上げ、成果を出せればいつか父レネメイに追い付けるのでは無いかとソーンは希望を持っていた。
その石は上から草むらに隠されて見えにくかった。
ソーンがその石に気付いたのは何かかが光ったような気がしたからだった。
足を止めてそちらを見詰める。
どうしようかとソーンは迷った。計測を続ける方が良いのか?興味本位で見に行った方が良いのか?計測を中断するのは良くない。
しかし、結局興味が勝った。まだ、ソーンは理性で仕事を優先出来るほど大人では無いのだった。また、ソーンは10才を越えたばかりだから仕方ないと言えよう。
近くの細い木に掴まり下を覗き込む。傾斜的にはさほどでは無いし、光を反射した何かは崖と言うほども無いぼうぼうに茂ったシャラリの草の向こう側だ。
シャラリの草は1M未満程に成長する細い蔓のような草だ。シャラリの草原では子供たちが大きなフキの葉に乗って滑って遊んだりすることが出来る。
ぐぅと伸びをして覗き込む。あとまちょっとだ。
くそっ!
ちょっと舌打ちをしてソーンはつま先立ちになった。後で考えれば何であんな処から覗こうとしたのだろうと思う。
ぐらり、ずるりと足元が滑ったと思った時にはソーンの躰はシャラリの草の中に足から落ち込んでいた。足が滑った拍子に躰の重みで手を離してしまった為に落ちたのだった。
うわぁ!
ソーンが叫ぶ。
ソーンがあっと思った時には既に暗闇の中だった。
只の斜面だったら何やら光った石か木立にぶつかって瘤を造るだけで済んだだろう。だが、ソーンが落ちたのは何やら光った石の手前にあった穴だった!
状況も判らずにソーンは穴の中を落ちてゆく。
男 山岳探索者ゾーン に訪れた 災難
女は?