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藤崎さん家の!  作者: アン・パン
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父はこんらんしている!



「夕方、か。そろそろ夜だ。起きなくてはなあ……」


広く豪奢な室内に寛のその小さな声が響く。

つい漏れた独り言が聞こえたのか、部屋の外でどこか慌ただしい空気が流れた。


「参ったな、聞こえてたか」


悪い事したなあ、と、口の中でもごもごと呟く。

寛としては自分が起きた事を知らせるつもりはなく、出来れば放っておいてほしかった。

癖で頭を掻くとポロポロと茶色い欠片が落ちてくる。白いシーツに落ちたそれを苦々しく眺めていると、やがてそれは空気に溶けるかのように消えていった。



つい三ヶ月ほど前まで、彼は地球という名の青い星の日本国が神奈川県に住んでいた。

地球での藤崎寛は、いわゆるサラリーマンであり、丸顔で垂れた目は優しげで太ってはいないのに似ている動物は狸と言われるほど。

会社の後輩達が酔って、寛を狸と言ってしまっても酒の席だからと許し、笑う。唯一咎めるのは無理な飲み方と嫌がる女子社員への過度な接触だけ。

そんな絵に描いたような温厚で思いやり溢れる、言い方を変えればナメられやすい上司。


愛する妻と一男二女の子供達と愛犬。これが寛の宝だであり、総てだ。

辛い事はたくさんあった。

家庭でも良く喋る妻の言葉の散弾を受け止め、反抗期を迎えた子供達に途方に暮れる。

長男が引き籠り、長女が派手に遊び歩き、二女は常に何かに怒っている。妻は不安をまぎらわすために喋って喋って喋りまくる。

どうにかしようと個別に話を聞くも「お父さんに言っても仕方無いから」ととりつく暇もない。困り顔の寛の相手をしてくれるのは愛犬だけだった。

それでも愛している。どうにかしたかった。自分だけの家族。どうしようもなく。愛おしいのだ。



あの日、寛は家族旅行の途中だった。

コツコツと貯めた小遣いを使い、ペットも連れていける少しお高い宿の予約をとった。

急すぎるとの家族の声を「貰ったチケットが勿体ない」と聞こえないふりをしてご機嫌な様を演じた。

妻だけは何かを感じたようで、後日財布に小遣いが補充されていた。この人と結婚できて自分は幸福者だと改めて実感した。


途中までは順調だった。


長男は無言ながらも口許に笑みを浮かべ愛犬を撫で回し、長女はスマホを手放しガイドブックを捲る。

二女は年相応にはしゃぎカメラを回したり家族の写真を撮って、妻は助手席でラジオで流れるメロディに聞き入っていた。


運転しながら「何かが変わるかもしれない」そう思った。いや祈った。


突然、愛犬タローがワンッと大きく鳴いた。

無駄吠えなどしたことのない賢い犬が何故?

頭に浮かんだ疑問が形になる前に思考が凍りついた。

道路には巨大な口があった。

歯並びが悪く黄色い歯に荒れた唇。

先程までは無かったし、こんなふざけた物はあってはならない。

しかしいままさ口は寛達が乗った車を呑み込もうとしていたのだ。


車内はパニックだった。

寛は何故か効かなくなったブレーキを力一杯踏みしめ。

妻、恵子は言葉無く寛にすがり。

長男、穂は愛犬を抱き締め。

長女、桜はありえないと呟き。

二女、楓は口に向かって罵倒の声をあげる。


そこから先を寛は覚えていない。

気が付けば地下のような空間で、何やら緻密な模様が描いてある床にハンドルだけを握ってへたりこんでいた。

家族は何処だと慌てふためく寛に引きつった笑顔の若者が口を開いた。


「ようこそお出でくださいました。贄は気に入って貰えましたでしょうか?」


傷一つ無い長い指が差すその先には裸の少女が立っていた。

これはいけない!色々いけない!

考えるより先に体が動いた。来ていた上着を脱いで少女に被せてやる。

少女は呆然と寛を見ていた。

寛も呆然と少女を見ていた。


「気に入って貰えたようで何よりです」


心の底から安堵した様子の若者が震える声で呟いた。

寛は状況が解らなさすぎて、真っ白になった頭で「桜が好きそうな外見だなぁ」とぼんやり若者を眺めるのだった。


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