俺の幼馴染みはいたずら好きなポンコツ娘
「あびゃ!? 粉が目に入った!?」
登校すると、幼馴染みが扉から落ちてきた黒板消しに引っかかって騒いでいた。
先ほど自分で仕掛けていた黒板消しに引っかかって、だ。
「ま、前が……いた──ぎゃうっ!?」
そいつは目をこすりながら歩いて机にぶつかり、しゃがみ込もうとして頭もぶつけた。まるで小さな子供のように、見るも無様に泣きわめいている。
はあ……助けてやるか。
俺は落ちた黒板消しを拾いつつ、そいつのもとへ向かう。
「朝っぱらから何やってんだ」
「その声……かいと? えびはらかいと……?」
フルネームで呼ばんでも。
「はいはい、海老原快斗ですよ、浜口美希さん」
「がいどぉ……」
「もう泣くな。ほら、早く目洗え」
「うん……」
水道まで連れて行き、目を洗わせる。
やがて痛みが消えたのか、美希は勢いよく顔を上げた。
「それにしても、他の人に見られなくて良かったよ! 早めに登校して正解だったね!」
「だからって昨日の内から母さんにアポ取ってんじゃねえ! そのせいで俺まで早くから登校するハメになったんだぞ!」
「でも快斗のお母さん、『むしろ快斗のことお願いね!』って」
「子供の頃から母さんは美希に甘いだろ……」
美希は、えへへ、と照れるように頭をかいた。
はあ、とため息を漏らしつつ、改めて美希の格好を見てみる。
さわり心地の良さそうな黒髪のボブに、てっぺんからは短めのアホ毛がぴょこぴょこ跳ねている。少し垂れた目に整った鼻筋、小ぶりの唇からはどことなく愛らしさが漂っている。
うん、可愛い。外見だけは間違いなく可愛い。のだが……いかんせん中身がな。
なんて考えていると、扉が開き二人の女子生徒が入ってきた。
「おはよー」
「なになに? お二人さん、朝っぱらからイチャイチャでもしてたのー?」
「「それはない(よ)」」
「そんな息ぴったりな反応しといてよく言うよね……」
「ほんと、なんで君たち付き合ってないの?」
二人はわけ分からない、と頭を振る。俺からしたらその反応の方が分からないけどな?
「それで、二人は何してたの?」
「ああ、美希が自分で仕掛けた黒板消しに引っかかって──」
「わー! わー!」
「み、美希ちゃん?」
「か、顔洗ってただけ! まだ寝ぼけてたみたいで! あ、あははー!」
こいつ勢いで誤魔化しやがった。まあ、手遅れだと思うけど。
俺は、机に向かう彼女達を横目で追ってみる。
だって──
『美希ちゃん、自分で仕掛けた黒板消しに引っかかったんだって!』
『いつも自分で引っかかるのによくやるよね~。しかも、快斗君がその後始末してたみたいよ?』
『萌えるー!』
黒板消しのことバレてるし。てか、俺までとばっちり受けたんだが。
彼女達の言ったようにクラスの生徒は、みんな美希のいたずらについて知っている。
美希は高校に入学してからの二ヶ月間、週に1日は必ずいたずらしまくって。クラスメイト達も最初は嫌そうだったのだが、見ているうちに愛着でも湧いたのか、今では温かい目で見守るようになっている。
「ふう、危なかった……。快斗、勝手にバラそうとしないでよ! 私の野望を潰す気!?」
いや、そんな睨み付けるなよ……。てか野望ってなんだよ。くだらないことだろうし聞かないけど。
「くくく、次はペンに水筒……。ゴム鉄砲なんかもいいなあ……」
『美希ちゃんのいたずらの日、今日みたいだよ!』
『今日はきゅん死者続出な一日になりそうね』
きゅん死者て。
やはり、美希の独り言はモロバレらしい。
「らくがきテープにおもちゃの虫……」
「美希、それ聞こえて──」
「あ、ローラースケートなんか最高かも……」
ダメだ、考え込んでて戻ってきそうにない。まあ、本人は楽しんでるしいいか。
帰りのHR。
「それじゃあ始めますよー」
教卓で担任の女教師が号令をかける中、隣の席を見てみると、
「くくく、先生の頭めがけて……」
美希が悪い顔で輪ゴムを引っ張っていた。しかも結構伸びてる。
また変なことしてやがる……。今度は輪ゴムで先生を射撃するつもりか?
でも、止めなくていいか。いつもならここら辺で──バチンッ!
「あびゃ!? め、目が!?」
こんな具合に自爆するからな。
何が起こったのかというと、軸にしていた手から輪ゴムが外れ、自分の目に当たったのだ。
しかも、担任は美希を叱るどころか、生徒に混じって笑いをこらえている。
「ぐぬぬ。失敗……っ!」
この幼馴染みは大丈夫なんだろうか。見てるこっちが不安になってくる。
すると、唐突に美希が声を小さくして、
「快斗、放課後ひまだよね?」
「なんでだ?」
「いいから」
「まあ、暇っちゃ暇だが……」
「じゃあこの時間が終わったら付いてきて」
帰りながらじゃダメなんだろうか? そこまでの用事じゃなさそうだし、いいけど。
なら、荷物をまとめておくか。
「以上です。では、皆さんさようならー」
「快斗、行くよ」
「へいへい」
美希も荷物をまとめていたのか、HRが終わるとすぐさま声がかかった。そのまま後に続き、教室を出る。
階段を上り、着いたのは屋上。美希が扉を開けると、もわっとした暑さが押し寄せてきた。六月なのにこんなに暑いのか。
「ほら入るよ」
おう、と返事をして屋上へ。
俺が扉を閉めると、美希はこちらを向き、真剣な表情で口を開いた。
「快斗! 君に、私の野望を助太刀する権利を授けてあげよう!」
……は?
ドヤ顔で言われても、状況がわからないんだか……?
「私は今まで、ある悪役に憧れていたずらをやってきたの」
悪役、ねえ。美希らしいな。
「でも今のままじゃ全然近づけない。だからいっそ、先輩やクラスメイト、先生すらも巻き込んだ一世一代の大勝負に打って出ようと思ったのだよ!」
「へ、へえ……」
期待されてもそんな反応しかできないぞ……。てかなんで俺が手伝わなきゃ──
「ダメ……?」
「う……」
そんな破壊力抜群な上目遣いはやめろ……!
くそ、暑いのも相まってまともに頭がはたらかない。しかし、だからといって惑わされるほど俺は甘くない。
「他を当たってくれ」
「なんで!?」
「面倒だし」
幼なじみでそこそこ仲がいいとはいえ、厄介ごとに自分から首をツッコむ理由なんてないからな。
「どうしてもダメなの?」
ああ、と軽く頷く。
美希はそう、と肩を落として項垂れた。
少し申し訳ないが、仕方ないことなのだ。
「用件はこれだけか? なら俺は帰るぞ」
ここ妙に暑いし。
未だに顔を上げない美希を背に、俺は扉へと向かう──が。
「待って」
呼び止められた。
諦めないつもりか? だが、俺には手伝ってやる義理なんかない。
扉に手をかける。
「『きゃぴっ☆ 密着メイド、24時』」
「なっ!?」
そ、それは俺の秘蔵DVDのタイトル!
「これの隠し場所、快斗のお母さんに教えてもいいの?」
「なに……?」
この野郎、脅すってか!?
いや、そもそもなんでこいつがそれのありかを知っている……!? 定番のベッド下は避けて、新聞紙で包装して本棚の奥に隠していたはず。
「くくく、快斗の部屋でいたずらしようとして本棚をひっくり返したのが功を奏した……!」
こいつ、俺のがいないときにそんなことしてやがったのか!
「快斗って意外と変態さんだったんだね~?」
ニヤニヤと笑いやがって!
しかし、ここでどうするべきかは考えなくとも明らかで……。
はあ……仕方ない。
「手伝えばいいんだろ……。それで、お前の野望って何なんだ?」
「それはね、この学校に私の名前をとろろかせること!」
轟かせる、な。
「そのために大きないたずらを仕掛けてやろうと思ってるの! その助手として快斗に、助太刀する権利を──」
「ふーん。で、具体的な作戦は?」
「へ?」
「どんないたずらをするのかは知らんが、あるんだろ? いい作戦が」
「それは……考えてなかったや」
美希はそう言って破顔した。
まさかこいつ、何も考えてないのか?
「美希、俺に何をさせるか考えてあったんじゃないのか……?」
「ううん、快斗に頼めば大丈夫だと思ってたから。快斗、考えて?」
こ、この野郎いい笑顔しやがって……!
「それくらいは自分で考えろよ。俺だってそこまで暇なわけじゃ──」
「もし成功したら、メイド服着てあげるよ!」
なんだと……!?
いやしかし、そんな誘惑に惑わされる訳には──
「分かった、考えておこう」
「にしし、よく言った! じゃあ快斗、あとはよろしくね!」
美希は言い残し、スキップで屋上を出て行った。
……これはご褒美に屈したわけじゃない。断じて違うのだ。
とりあえず帰るか。ついでに、少し作戦を考えておこう。別に早くメイド服を拝みたいとかじゃないぞ?
なんて言い訳をしつつ、俺は屋上を出て下駄箱へ向かう。
と、廊下を歩いている途中、先に出たはずの美希を見つけた。どうやら、美希は担任の後をつけているようだ。
「くくく、先生にひざかっくんを……」
美希、少しはお前も作戦を考えろよ……。
思いっきり引っぱたいてやりたいが、今は作戦を考える方が先だ。とりあえずスルーで──あ。
「ぷぎゅっ!?」
あいつ足下見てなかったのか、小さな段差でずっこけやがった!
その光景を見て、俺は頭を抱えた。
あんなやつのいたずらを成功させるなんて、俺にできるのだろうか……。