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だから素直に、スキと言えない。

 教室の窓から差し込む日差しが、目の前の少し白い肌をオレンジに染める。

 視界の端に見える、風にそよぐ木々は、ゆっくり静かに時が流れていることを教えてくれていた。


「……わかったか? 志鶴(しずる)


 問いかける声に返事はなく、その代わりとも言うべきか、窓の外を見ている彼の前髪が(なび)く。

 夕日を浴びているからだろうか。少し茶色の髪は、反射するように赤い光を返してくれた。

 けれど、相変わらず聞いていないなと嘆息しながら、それがこの男だろうと――その光景を見ながら俺……香川雄馬(かがわゆうま)は思った。


「ん? なに?」


 そんな思いが通じたのか、風に遊ばれた髪を直しながら八雲志鶴(やくもしずる)は教室へと目線を戻し、俺へ言葉を投げる。

 しかしその顔は、今何をしていたのかすら忘れているような顔ではあったが。


「志鶴……。説明、聞いてなかったのか?」

「え? あ、あぁごめん……その、グラウンドに落ちる雲の形が面白くて……」


 その言葉に、また小さく溜息を吐きながら、俺は机の上に広げられたノートを指で叩いた。


「雲よりも、こっちを見てくれないか? まだ半分も進んでないぞ?」

「ご、ごめん。でも雄馬、もう時間も時間だし……残りは家でやらない? 僕、その方が集中できると思うんだよね」

「……そんなこと言って、昨日も一昨日も、リビングでドラマを見始めたのは誰だ?」

「あ、あれはその……いつも家で見てるやつだったから……」

「……はぁ。まぁ時間が遅くなってきたのは確かだし、一旦家に帰るか」

「うんうん。その方が良いよ。うん!」


 志鶴は調子よく笑顔で頷き、机の上の物を仕舞う。

 その様子に、俺は三度目となる溜息を吐きつつ、随分と慣れてきた共同生活の事を思った。


 そもそも事の発端は、お互いの両親が共に海外出張になったこと。

 元々家が近く、同じ会社の先輩後輩であった俺らの両親は、俺らが生まれるよりも前から仲が良かったらしい。そんな二組が、ほぼ同時期に妊娠、そして出産となれば、幼馴染として育つのももはや確定していたという他ない。

 そんな俺たちは、やはりと言うべきか……両親の出張に合わせて、一緒に住んでいた方がお互いに心配が減って良い、と半ば強制的に同居の形を取ることになってしまっていた。


 それが約二週間前。住んでいる家が我が家なこともあってか、それから今日に至るまで、料理や洗濯は基本的に俺がやることになっていた。

 ……いや役割分担がしたいというわけではない。掃除や洗濯物を畳んだりなんかは志鶴が優先的にやってくれてる分、分担は出来ていると思っている。

 ただ――


「雄馬のご飯は美味しいなぁー! 僕の作ったご飯とは雲泥の差だよーっ」

「あ、あぁ。ありがとう……」

「この魚もしっかり火が通ってるのに、柔らかくて美味しい……! すごい!」

「その、志鶴……」


 そう、志鶴は……なにかにつけて、俺を褒めてくるんだ……。

 やれ、ご飯が美味しいだの、洗濯ありがとうだの、この間なんて……朝起こしてくれてありがとうと、面と向かって言われたときは、さすがに驚いた。

 今まで毎日、こんなに誰かに感謝されて褒められたことは、一度もない。

 だからだろうか、不思議と家事をするのが苦になってないのは……。


「……それに、なぜか志鶴に言われると、妙に照れるってのを除けばな」

「ん? 雄馬、どうかした?」

「いーや、なんでもない。ほら、そろそろ勉強の続きやるぞ」


 「えー」と、不満を口に出す志鶴へ、優しく笑顔見せる。そんな俺の表情に、今日は逃げられないと悟ったのか、志鶴は渋々といった動きで、荷物を取りに自室へと向かった。

 嫌そうに動く彼の後ろ姿に溜息を吐きつつ、俺は机の上を片付け、使った食器をシンクの中へと移動させる。少し水を出して、食器をつけ込んでおくと、後が多少楽になるんだ。


「雄馬ー。取ってきたよー」

「あぁ、わかった」


 キッチンカウンターを挟んだ向こう側から、志鶴の声が届く。

 その声に反応を返しながら、俺はタオルで手を拭いて、キッチンを出た。



「志鶴はホント、俺がいないと危なっかしくて仕方ないわ」

「いつもごめんね。雄馬のおかげで助かってます」

「うむ。一杯感謝しろよ」

「してるしてる」


 わざとらしく胸を張る俺に、志鶴も大げさに頭を下げる。

 その様子がおかしくて、ひとしきり二人で笑い、息切れして床に寝っ転がった。


 不思議なことに、志鶴が真面目に勉強をしたからか、予定していた時間よりも早く勉強を終了した俺たちは、気付けば昔の思い出の話で盛り上がっていた。

 その内容のほとんどが、志鶴の大ボケに付き合わされる話ばかりなのは、なんとも言えない気持ちになるが。


「あっ、そういえば雄馬聞いてよー」


 お互いの息が整ったタイミングを見計らったかのように、志鶴が天井を見たまま、口を開いた。


「んー?」

「なんと僕。今日、告白されちゃった!」

「……は?」


 どうだ見たか! と言わんばかりに胸を張り、志鶴は寝転んだままの俺を見下ろす。

 しかし当の俺は、志鶴が放った言葉を、上手く受け止めきれていなかった。


「志鶴、もう一回言ってくれるか? なんだって?」

「もー、ちゃんと聞いてよ! 僕、告白されたんだよ!」

「……誰に?」

「一年生の女の子。入学式の時から気になってたんだってー。一目惚れってやつなのかな」


 一年生ということは、俺らの一つ下の学年か。

 そういえば志鶴は確か、今年の入学式の時……会場設営やらのボランティアに参加してたか。

 その時ってことは、今から約半年ほど、ずっと志鶴を想ってたんだな……。


「……それで? それをどうしたんだ?」

「……どうしよう」

「いや、それはお前が決めることだろ?」

「それは、そうなんだけど……知らない子だし……。雄馬ならどうする?」


 理由は特にないけれど、困っている……みたいな顔で、志鶴は俺の横に腰掛ける。

 多分、受ける理由も、断る理由も、どちらも無いから余計に困ってるってことなんだろう。


「ふむ……。俺が決めることじゃないからなぁ……。志鶴次第だろ?」

「そうなんだけど……」

「でも、悩むくらいなら受けてみれば良いんじゃないか? その子だって、折角勇気を出した訳だしさ」


 なんとなく、で断るのもその子が可哀想だろ? と、そんな軽い気持ちで言った言葉。

 しかし、その言葉を聞いた志鶴は、少し驚いたような顔を見せて――


「そう、だよね……。うん、頑張ってみる」


 と、少しだけ笑った。


「……」

「……」

「その……何にしても、良かったな。上手くいくの応援してる」

「うん。ありがとう、雄馬」


 一瞬、お互いなぜか何も言えない空気が訪れる。

 それがどうにも居心地悪くて、絞り出すように発した俺の言葉に、志鶴が少しだけ笑ってくれる。

 その笑顔に、俺も嬉しく……思うはずなのに……


「――ごめん。俺明日用事あったんだった。先に寝るわ」


 なんて言葉が、不思議と口から出てきてしまっていた。


「えっ!? あ、雄……」

「おやすみ……!」


 逃げるようにリビングを出て、自室のある二階へと進む。

 自分でも不自然なのは分かっている。けれど、なぜか……志鶴の顔を見ているのが、耐えられなかった。

 なんでだよ……。あいつに……志鶴に彼女が出来る。それって祝福して、当たり前のことだろ……?


「なのに、なんでこんなに心がザワつくんだよ……ッ」


 意味が分からない……こんなの寝て忘れてしまおうと、ベットに潜り込む。

 しかし……結局俺は一睡もできないまま、カーテンの隙間から注ぐ朝日を浴びることとなってしまった。

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