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少女蹴球騎士団の団長に着任しました

 綺麗に刈り込まれた芝生のピッチで、蹴球騎士(プレイヤー)――選手たちが試合前のウォーミングアップを行っていた。


 俺は、タッチライン沿いから、団長(カントク)としてそれを見守っている。


 魔法により身体強化された少女たち。一歩走るごとにスパイクが芝に食い込み、鋭い振りから放たれたフィードで白いボールが青い空に軌跡を描いた。

 赤い髪の小さな女の子が全身をバネにして飛び上がり、そのボールを胸でトラップする。


 海のように青いユニフォームが、ピッチの上で踊った。


「ヴィルマさん、夕ご飯のおかずはいただきです!」


 ボールがピッチに落ちる寸前、右足が青い魔力の光に包まれる。位置は、ゴールから斜め左45度のゴールライン上。

 イタリアの名手アレッサンドロ・デル・ピエロが得意とした、いわゆるデル・ピエロゾーンだ。


 ポンコツと化した俺の足が、ゴールの気配にぴくりと動く。


 続けて、女子では。いや、男子のプロでもあり得ないほど鋭いシュートが放たれた。ボールが彗星のように魔力光を引き、美しい弧を描いてゴールに吸い込まれる――寸前。


「甘いぜ、アイリス!」


 茶色の髪をウルフカットにした少女が、大柄な体を一杯に伸ばして横っ飛び。魔力光を帯びたパンチングで、枠内シュートを弾き出した。


 サイズがあるのに、俊敏。ゴールキーパーとして、ひとつの理想型。

 まあ、判断力は、ちょっとあれなんだが……成長の余地があるとしよう。


「ふにゃっ」

「その程度で、オレのゴールを割れるもんかよ」


 ボールは緑のピッチを横断し、そのままタッチラインを越えていく。

 ゴールキーパーのヴィルマは膝立ちのまま、惜しいシュートを放ったアイリスに指を突きつけた。


「はっ。晩飯を腹一杯食べたけりゃ、試合で二得点(ドッペルバック)決めてみせろよ」

「えー。一点じゃダメなんですかっ?」

「ダメだね」

「私、中盤なのに!?」


 二人のやりとりに、ピッチ上の選手たちが笑顔を見せる。


 一人を除いて。


「試合の後は、栄養価が高く脂肪の少ない食事を摂るよう団長(カントク)から厳命されているでしょう? 食事は疲労回復に大切なのですよ。それなのに、トトカルチョの対象にするとはなにごとですか!」


 アイリスとヴィルマへつかつかと近づき、いきなりお説教を始めた美少女は騎士団(チーム)の絶対的なエース。


 長い金髪に優雅なヘッドドレスを身につけたシルヴィアが、垂れがちな目を見開いて不真面目な同僚(チームメイト)を詰問した。


「おっ、冗談の分からないキャプテン様が来たぞ。逃げろ、アイリス」

「ああっ、シルヴィアお嬢様になんてことをっ。というか、ヴィルマさん! キーパーが逃げちゃ駄目ですよぅ!」


 赤い髪のアイリスが、ゴールキーパーのヴィルマを追って走る。無尽蔵な体力と魔力により、追いつくのは時間の問題だろう。


 練習ももうすぐ終わりだし、この程度は許されるはず。緊張していないのは、歓迎すべきこと。


 二人を見守る他の選手たちも、いつも通りだ。


 いつもと違うのは、試合前の練習をしているこの場所。


 楕円形をした、最大六万人収容のスタジアム。

 ナイターの設備がないことを除けば、地球のそれと遜色ない。観客たちは応援歌(チャント)を歌いながら、本番前の練習を見守っていた。


 いや、六万人どころではない。この試合は、比喩ではなく全世界に伝導中継されるのだ。


 この世界において、サッカーは神に捧げる神事であり、最大の娯楽であり。


 そして、種族の繁栄を賭けた真剣勝負。分かりやすく言えば戦争でもあった。


 ピッチの中でのみの敵対関係。

 今日の敵は、黄色い鮮やかな羽で彩られた、ハーピーの少女たち。


 羽の生えた鳥人間に最初は驚いたけど、今はもうだいぶ慣れた。サッカーが上手ければ、その辺は、個性の範疇だろう


 そのハーピーたちが、反対サイドで陽気にウォーミングアップを行っている。


 ぽんぽんぽんとリズミカルにボールが動き、永遠にボールがつながるのではないかと錯覚させられたところで、一人の選手が腕と一体化した両翼を羽ばたかす。


 同時に、瞬間的な加速。ボールをかっさらい、猛禽のようにゴールを奪った。


 全身で喜びを表現しながらも、どこかそれを当然と感じている自信に満ちた選手たち。


 その華麗なテクニックは、ため息が出るほど美しい。


 ルール上、飛ぶことは認められていないが、走行の補助はなんの問題もない。

 さらに、ハーピー種ながら地上に適応した彼女たちのスピードは、魔力による身体強化をも遥かに凌駕する。


 種族代表戦の初戦。俺たち人間種代表の『ナイツ・ブルー』の対戦相手――敵であるハーピー種代表。


 世界ランキング一位。通称、『カナリア軍団』だ。


団長(カントク)!」


 そっちの練習に気を取られて、自分の選手たちが集まっているのに気づかなかった。


 元気いっぱい飛び跳ねる赤い髪の小さな女の子。

 中盤のダイナモであるアイリスに、俺は意識を現実へ引き戻される。


 地球からこっちに呼ばれた俺が現実っていうのも、ちょっとおかしな話だが。


「アップ、終わりました!」


 下働きからレギュラーに上り詰めた、シンデレラガール。

 まあ、可愛いことは否定できない。

 俺のお気に入りだと邪推されているそうだが、プレースタイルだけで言えば、まったくもってその通り。


 いつも先頭にいるアイリスから、視線を他の十人へ動かす。


「お疲れ様。緊張は……していないみたいだな」

「この二ヶ月のトレーニングのお陰で(・・・)、緊張を感じる余裕なんてありませんわ」


 キャプテンとして、シルヴィアが代表して言った。


 初戦から、世界ランキング一位。最強の対戦相手を迎える騎士団(チーム)の面々は、じっと俺のことを見つて言葉を待っている。


 そこには、緊張ではなく信頼があった。


 俺とは違って。


 俺には信頼すべきものが、ほとんどない。

 あるのは、ほんのわずかなプロ経験と、それでもサッカーにしがみつこうとして会社員しながら指導者ライセンスの勉強を続けてきた時間だけ。


 魔法は基本的に身体能力の強化に使われるだけで、非常識な必殺シュートは存在しないというのも、あまり慰めにはならない。


 それなのに、負けたら神の加護が弱くなり種族全体が沈む(・・)という重責を背負わされている。


 団長(カントク)は、割に合わない職業だ。


 しかし、俺は笑っていた。辞める気なんて、さらさらない。

 理由はシンプル。その楽しさに、ほんの二ヶ月で魅了されてしまったから。まったく、監督業は因果な商売だ。


 ところで、優秀な監督の資質は、いくつかある。


 勝つための方策、戦術を持っていること。

 その戦術に合った選手を見極め、浸透させられること。

 戦術に固執せず、手持ちの戦力で現実的なサッカーができること。


 どれも重要だが、今が試合開始直前。その段階は、とっくに過ぎ去った。


「大丈夫だ。今までの練習で、勝つ算段はちゃんと整えている」


 恐れずひるまず、俺はピッチに送り込むと決めた11人に伝えた。


「サッカーは、一人でやるもんじゃない」


 今の俺は戦術家でも、セレクターでもない。


 モチベーターだ。そうあらねばならない。


「確かに、ハーピー種代表は強い。最強の名は伊達じゃない」


 その特徴はまず、選手の頭文字を取ってトリプルRと呼ばれる、華麗にして破壊力のある超強力スリートップ。

 まったく、『カナリア軍団』のトリプルRとはできすぎだ。


 ディフェンダーとは名ばかりの、超攻撃的サイドバック。

 フリーキックでフォワードよりも破壊力のあるシュートが飛んでくるとか、ちょっと間違っている。


 その攻撃的な前線を支える、堅牢無比なディフェンス陣。目立たないが、実力は推して知るべしだ。


「改めてそう言われると、まったく勝てる気がしねえんだけど?」

「安心しろ」


 口をとがらせて言うキーパーのヴィルマに、俺は微笑みかけながら口を開く。


「そういうチームを倒すために、戦術はあるんだ」


 この世界には、魔法がある。

 種族固有の特性もある。


 たいていのことは、ごり押しでなんとかなってしまう。


 ゆえに戦術は未発達で、だからこそ団長(カントク)として俺がこの世界に呼ばれた。


「前線は強力だけど、守備をしない。高さもない。その前線を支えるため、センターバックとボランチは負担を強いられている」


 なにより、ボールがなければ(・・・・・・・・)ゴールはできない(・・・・・・・)


 サッカーは、相対的なスポーツなのだ。


「弱点のないチームはない。『カナリア軍団』は、それにすら気づいていない。レッスンだ。お前たちが教えてやれ。徹底的にな」

「はい」

「勝つぞ。そして、お前たちを見下してきた連中を驚かせてやれ!」

「はい!」


 果たして、地球で発展したサッカー戦術は異世界でも通用するのか。


 シャンパンの泡が弾けるようにパスを回すエルフ種サッカーに手も足も出ず、ドイツのように力強いウェアウルフ種に敗北し、ドワーフ種にはゴールに鍵をかけられ、巨人族のハイボール戦術に屈し、最下位を独走していた『ナイツ・ブルー』。


 その実力差を、戦術で覆せるのか。


 できる。


 証明するのだ、これから。


「ナイツ・ブルーは強い。今から、それを見せつけてやれ!」

「はいッ!!」


 俺と、少女蹴球騎士たちの冒険が、始まろうとしていた。

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