不幸転生 ~幸福を奪われましたが気にせず幸せになります~
幸福か不幸か、それは誰が決めることだ?
不幸が神の与えた試練だとして、それを認識したとして──人はそれでも笑って、自分は幸運だと言えるだろうか?
ただ一つ言えるのは……その少年は最期の瞬間、自分は幸せだと思っていたことだ。
◆ □ ◆ □ ◆
今まで、少年の人生は不幸に塗れていた。
生まれたばかりで捨てられ、拾われた先は子供を働かせる非合法な孤児院。
必死に苦難から生き延び、ついに自由の身になれた。
そう思えた途端──
「……死んだというわけですか」
『ええ、貴方の不幸は相当な物です。それこそ、右手に異能殺しの力が封印されているのでは? と神の中で議論になったほどです』
「神殺し? すみません。いちおう常識を学ぶために本は読みましたが、その中に神殺しに関する知識はありませんでした」
『い、いえ、気にしないでください。これは貴方たちの世界の娯楽の情報ですので、死んでしまった貴方には、知ってもあまり意味のない知識です』
少年には、ラノベを読む暇すら存在していなかった。
故に、右腕のせいで不幸だと嘆く空想上の不幸な少年を知ることはない。
比べる必要もない、少年は自分を不幸だと感じたことがないからだ。
『貴方は地球でとても不幸に生きてました。貴方にその自覚はなくとも、それはもう、他の神々から涙を貰うほどです。とある神話の悪戯神ですら、その不幸さに幸せをあげられないかと抗議したぐらいですよ』
「……そんなに、僕って不幸でしたか?」
『ええ。貴方の不幸さを数値にするならば、そうですね~。……大体53万と言ったところでしょうか?』
「53万……そんなに高くありませんね。数時間もあれば、用意できる額です」
少年は孤児院での生活費を払えと言われ、一年以内に八百万稼いだことがある。
運が差し込む余地のない、それこそ非人道的な方法を使って。
『……たしかにその様子も見ていましたからそれは分かりますけど、アレも一歩間違えれば死ぬところだったんですよ? というか、金額は関係ありませんよね?』
「いえ、それ以外に方法もありませんでしたし、アレ以降はやってませんよ。数字は万を超えれば全てお金に関することですから」
『ハァ……。もう良いです、今の貴方は自分の価値観でしか動けません』
「そうですね。僕も、死んでやっとそれに気づけましたよ。あ、それじゃあ意味がなかったのか――それで僕はどうなるんですか? 神の国に召す、ということであってます?」
少年の住んでいた孤児院には、宗教関連の本がいくつか存在していた……偽装用だが。
死後に神の国に呼ばれるという考え方は、キリスト教の聖書を読んで知った知識だ。
『いえ、ここは転生の間。地球とは別の世界へと魂を送るための部屋です』
「たしかに……こんなすっきりとした部屋が神の国とは思えませんしね」
彼らがいる場所は、何も存在しない真っ白な空間だ。
空も、大地も、文字通り何も存在せず、ただただ白と思われるナニカが、果てしなく広がっている……そんな所だ。
そんな場所に彼らは居る。
立っているか浮いているかも分からず、ただなんとなく相手がいると思えるだけで、少年はその神と呼ばれる存在と会話していた。
「それで、僕は別の世界へ送られて……何をされるのですか?」
『貴方には、別の世界で幸せになってもらいたいの。前世で不幸な目に合い続けた貴方への、せめてもの償い。貴方には何を言っているかさっぱりだと思うけど、神々は満場一致で貴方に幸せだと思ってもらいたい……そう考えているのよ』
「……本当に不幸だったんですね」
少年もさすがにそこまで言われれば、自分が不幸であったと認識する。
人々の世界に干渉するはずのない神が、わざわざ自分にこうしてやり直しの機会をくれるのだ。
本当に不幸だったんだろうな……と思う、完全に他人事だった。
「それで、僕は生まれ変わってどうなるんですか?」
『貴方はそこで、何不自由ない生活を送れるの。望むことはほぼすべてできる。権力も、知力も、武力も……ええ、この世界に居るすべての神々が貴方の転生に協力するわ。貴方が次の世界で幸せになることは、ほぼ確定事項だと思ってくれても問題ないわ』
「ハァ……そうなんですか」
『ごめんなさい。普通の人だったらこんなことを言われた場合喜べるんだけど……貴方の場合、その幸せを知らないからね。そうなったのもすべて、こちらの不手際よ』
「いえ、気にしないでください。たぶん、僕も心のどこかで喜んでいますよ」
そう自分に言い聞かせるように、神に答える少年。
次の世界で、しっかりと幸せというものを感じられるように。
そうした思考すら読む神は、思わず涙ぐみながらも話を戻す。
『……グスン。では、貴方には異世界の……公爵家の息子に転生してもらいます。王家だと柵が多いけど、公爵家……それも、子沢山で過保護な家庭生まれる予定だから、行動に自由はあるわよ。望めば何でもできるから、その世界で楽しんでね』
「なんだか凄そうですね。あの、そういうとき、悪いことをしても良いんですか? 必要になるかもしれません」
『……貴方の場合、そのイメージも危険性があるものじゃないし、問題ないわ』
少年には俺Tueeeに関する知識も、R18な知識も存在しない。
善悪のイメージは地球での人生でひどく歪になってしまったが、それでも少年は他者を傷付けるようなイメージをしていなかった。
神々はただ、純粋に彼の幸せをサポートしたいのだ。
『――はい、これで準備完了。いつでも転生が可能よ。何か言い残したいことはある?』
「こういうときって、たしか名前を訊くのが大切なんですよね? 僕は────ごめんなさい。名前は持ってませんでした。自分が言えないのに相手に尋ねるのはできませんし、もう転生を始めてください」
『転生した先では、貴方にピッタリな名前を貰えるようにしてあるわ。これからは、その名前を名乗ればいいのよ。そして、私の名前はフォルトゥーナ。とある神話で運命を司っている女神よ』
「ありがとうございました、女神様」
こうして、少年は旅立った。
もっとも幸運な人生を歩むために。
『貴方の運命に幸があらんことを。神様が保証するわ、貴方の未来が幸せであるとね』
──となれば、少年が生まれ変わった世界で幸せを知る、ハッピーエンドストーリーの始まりだったのだろう……が、少年が今まで居た場所は転生の間。
地球と別世界を繋ぐ空間。
少年の不幸っぷりは、その場所でも働いていたのだ。
『さて、他の様子を……ん? どうかしたのかしら? ああ、あの事件の転生者?』
少年が転生をするのと同時期、とある場所で大規模な事故が起きた。
そこへ巻き込まれた者は、少年と同世界へ運良く転生するチャンスを得た。
『それで、あの小僧がどうした……え!? エラーで加護が──入れ替わってる!?』
そしてその中に一人、地球での人生でとても運良く生きていた少年がいた。
少年は大財閥の孫に生まれ、容姿も才能も完全無比な人生を歩んできた。
転生が行われるような事故が起きたのも、少年がそれが起きるのを望んだ故である。
──神々はそんな少年に怒り、次の世界で不幸な人生を歩ませようとした。
不幸な少年と同じ道……は、少年への無礼と感じたため、転生先は悪事を働き没落寸前の男爵家。
能力は人並み、特に特質するような才能も無い平凡な少年への転生をさせようとした。
『あの小僧……よりにもよって、あの子への加護を!』
運の良い少年は願った。
己こそが、転生先でもっとも選ばれた人間として生きることを。
罰ゲームで彼の転生を担当した神はそれを却下し、本来ならば平凡なる者への転生は完了する……はずだった。
幸運にも、同時期に転生が行われたもう一人の転生者に与えられる特典を、余すことなくすべて手に入れることができたのだ。
『せめてあの子への才能の付与を! ……もうできないの!?』
それを知った不幸な少年担当の神は、とっさに幸せになるための能力を転生先に贈ろうとした……が、彼の不幸はまだ続いており、不幸にもそれが不可能な段階まで、転生作業は進んでいた。
『なら、他の方法を──』
神は考えた、今からでもできる方法を。
そして、それが実際に行われたのは──少年が転生してから、しばらく経ってからのことである。




