反逆者たちの劣等冠 ーレットウカンー
「やったぞ! 遂に勇者召喚に成功したぞ‼︎」
「多くの犠牲を払ったが、これでようやく我らの苦労も報われる……!」
「今夜は宴だ! 勇者様の召喚を祝しての大宴会だ‼︎」
そこは、ローブに身を包んだ男達が俺を取り囲む密室だった。
歓喜の声と涙を流しながら肩を抱き合う者、何度も頷きながら拍手する者や、周囲の人間と語り合う者と様々だ。
その人集りの中に、思わず目を惹く可憐な少女が居た。
淡いピンク色のドレスがサラサラとした金髪によく似合う、澄んだ空のような色をした瞳を持つその少女は、花が綻ぶような笑顔を浮かべて俺を見上げる。
「わたくし達の世界へようこそ、勇者様。わたくしはこのプレジール王国の第一王女、ローナと申します」
ローナと名乗ったその少女が語り始めた途端、周囲の男達は一斉に口を閉じた。
石造りの部屋に、ローナ王女の鈴の鳴るような声が広がる。
「あなた様はこの世界を救う七人目の優越王として召喚された、わたくしと共に闘う勇者様……。つまりは、わたくしの婚約者となるお方なのです」
俺、黒石ユナカは普通の大学生だ。
それなのに、気が付いたらどこかの国の王女を名乗る少女と、奇妙な男達に大歓迎される異常事態に巻き込まれてしまった。
聞き慣れない国名に、勇者の召喚という不穏な話題。
これではまるで、俺が勇者として異世界に喚び出されてしまったようではないか。
……いや、まるでというよりは、それがありのままの事実なのかもしれないが。
「ちょっと待って下さい。ローナ王女……でしたか?」
「はい、あなた様のローナです!」
「ええと、勇者とかいうのは……まあ、よくある展開なので分からない事もないんですが……。そのプラスキング? というのは、一体何の事なんでしょうか? それに、婚約者って……」
あなた様のローナです、と即答されたのには正直戸惑うしかない。
出会って間も無い女の子にそんな言葉を平然と返されるなんて、どう考えても非日常的だ。
それに俺は、異世界転移願望なんて持ち合わせていない。異世界での暮らしなんてロクな事にならないだろうし、勇者なんてもってのほかだ。
ただの一般人である俺が、魔王やら何やらと命を懸けて戦うなんて、どう考えても現実的じゃない。
内心でそんな後ろ向きな事を考えている俺を前に、少女は笑顔を浮かべたまま、すらすらと説明を続けていく。
「優越王とは、正義を司る神によって特別な力を授けられた能力所有者──優越冠の中でも最上位の力を誇る者を指す称号です。優越王は計七名。わたくしもその一員として、最後の一人であるあなた様を召喚する使命を果たしたのです」
『プラスキング』に『プラスクラウン』。
全く聞き慣れないワードに、俺は眉をひそめた。
まだ情報量は少ないが、どうやらこの世界というのは、王道RPGのように剣の勇者が魔王を倒してハッピーエンド──なんて単純な筋書きではないらしい。
ローナ王女の言う「特別な力」とは、多分何らかの強力なスキルを言うのだろう。一点モノの特殊能力……といったところか。
「わたくしの父である国王陛下は、七人の優越王の中でも最も優れた力を持つと言い伝えられている、異界の勇者様……。あなた様を、わたくしの伴侶とすると定められました。あなた様にふさわしい女性であるとは言えないかもしれませんが、このローナ、精一杯お役目を果たさせていただきますね!」
それから、ローナ王女から簡単な説明を受けた。
一つ。この世界は、やはり俺が知る日本が存在しない。それどころか他の国々すらも無い、俺にとって完全に未知の世界である事。
二つ。俺は、その世界に七人目の能力者──最上級の力を持った勇者として召喚された事。
三つ。ローナ王女は、俺の婚約者となる事。
四つ。俺は七人目の能力者として、この世界に降り掛かる脅威と闘わなければならない事。
そして、一番重要なのが、最後の五つ目だ。
「最後に、あなた様が元居た世界へ帰還するには、条件があります。あなた様が勇者としてのお役目をまっとうし、この世界にその名を刻む事によって、正義の神はあなた様を元居た世界へお返しして下さります」
五つ。俺が勇者として世界を救い、その名を残す事。
能力者としての適正があった為、無理矢理呼び出されてしまった訳だが、ローナ王女を含めた六人が俺をサポートしてくれるらしい。
彼女達と協力すれば、無事に元の世界へ返してもらえる。そして、形だけでも彼女と婚約を果たせば、王国からの援助も約束されるという。
元の生活に大きな未練がある訳でもないが、召喚魔法やら何やらが存在する異世界なら、死の危険は常に隣り合わせのはず。なるべく早く、一人暮らしの我が家へ帰りたいところだ。
そうして、勇者としてこのプレジール王国に召喚された俺は、これから開かれる歓迎の宴に参加する事になった。
着ていたパーカーとジーパンは脱がされ、代わりにとても仕立ての良さそうな白い礼服に着替えさせられる。
これは優越王だけが身に付ける事が許された礼服だそうで、会場となる城の大広間には、俺と同じ衣装に身を包んだ青年達が居た。
同じく会場に集められたローナ王女や他の少女達も、揃いの特徴的な白のドレスに着替えている。
俺を含めて、男女七人。このメンバーが、いわゆる『勇者とその仲間達』になるのだろう。
宴が始まると、城に呼び寄せられた楽団や、歌手による華やかな音楽でもてなされた。
清楚な水色のドレスを着た歌姫のような銀髪の少女が、壮大な音楽に引けを取らない歌唱力を披露する。
その隣にはもう一人の少女が居て、二人は互いの呼吸を合わせながら美しいデュエットで、周囲を魅了していく。
立食形式で出された料理も、どれもが彩り良く盛り付けられており、祝いの席をより豊かなものにしていた。
しばらくして、兵士や貴族達が見守る中、いよいよ宴のメインイベントが始まった。
「これより異界より召喚されし勇者の歓迎と、七名の優越王披露の宴を開始する。まずは我が娘。第一の優越王、ローナ・オスピタリタ・プレジール! 前へ!」
「はい!」
国王がローナ王女の名を呼ぶ。
次々に名前を呼ばれる彼女達は、王の前にずらりと並んでいく。
一人、また一人。
そうして遂に、俺の名が呼ばれる番が来た。
「第七の優越王、ユナカ・クロイシ!」
「はい」
他の優越王達、六人の中央に進み出た俺に、国王は高らかに告げる。
「最後に、最優たる王冠能力者であるユナカの能力を測定する。これによって、勇者ユナカが正式な優越王である事の承認となる」
国王に長方形の石版を差し出され、それを受け取った。
事前に説明を受けていたので、俺はその石版の表面を優しく撫でる。するとそこに文字が刻み込まれていった。
だが、それを見た国王の顔色が真っ青になっていく。
国王は、声を震わせながら叫んだ。
「は、反逆者……反逆者だ! この者は優越王などではない! 世界に仇なす劣等王である‼︎」
「マイナス……キング……?」
またもや飛び出した、新たなキーワード。
しかし、先程まで勇者としてもてはやされていた俺は、あっという間に白の兵士によって包囲されていた。兵士達は皆、腰の剣を俺に向けて抜き放っている。
王の口から告げられた、反逆者という言葉。
どうやら俺は、彼らにとって大きな脅威となる存在であったらしい。
その証拠に、あれだけ俺に好意的だったローナ王女は、あれだけ朗らかだった笑顔をすっかり失ってしまっている。
まるで化け物でも見るような──そんな目をして、彼女は震える小さな手で、口元を押さえていた。
「反逆者ユナカを地下牢に捕らえよ! 今すぐにだ‼︎」
俺は兵士の一人に腕を掴まれ、背中に回された両手を縄で拘束された。
そのまま兵士によって連行される俺に、大広間に集められた人々からの視線が突き刺さる。
恐怖、憎悪、困惑、侮蔑……。様々な感情を想起させる、俺に向けられた何十もの眼。
その中で一人だけ、何故か希望を見出したように瞳を輝かせる、銀髪の少女が居た。
あの少女は確か、歓迎の歌を歌っていた子だったはずだ。ローナ王女に負けず劣らず華のある女の子だったから、印象に残っている。
銀の歌姫は、その透き通るような薄緑の目を向けながら、唇を動かした。
『たすけにいく』
俺には、彼女がそう言っているように見えた。
「立ち止まるな! さっさと歩かんか!」
「くっ……!」
彼女に気を取られていると、兵士に強く背中を押されてしまった。
危うく転びかけたものの体勢を取り戻し、大人しく兵士の指示に従う事を選んだ。
あの少女には、何か考えがある。
彼女の作戦をスムーズに進めさせるなら、ここで抵抗するのは躊躇われたからだ。
こうして、世界を救う勇者として召喚されたはずの俺は、反逆者として地下牢に捕らわれる事になるのだった。