転生した暁にはチートでハーレムウッハウハの方向でオナシャスっ!!
「退屈だ……」
いつもの通学路。いつもの一言。そんな俺をくすくすと笑うのはいつもの少女。
「またそれ?"テシマコ"はホントにしょうがないんだからぁ」
「その呼び方、やめてくれんか。最近ヒメコまで呼び出したんだ。どうしてくれる」
「妹ちゃんが?いいじゃん、微笑ましくて!」
「いい訳あるか」
勅使河原マコト。
曰く、俺のその仰々しい名前を少しでも親しみ易くするための彼女なりの配慮らしいが、ただ名前を縮めただけじゃないか。安直が過ぎる。
「マコトでいいんだよマコトで」
「はいはい。マコトね……それで?退屈退屈って、一体いつも何が不満だって言うの?」
俺の幼馴染、如月ハヅキは興味なさそうにそう尋ねた。その態度には少しムッとするが……まあ、答えてやろう。
「不満らしい不満すら無いことが退屈の種だ!進路の悩み?受験勉強?ふざけるな!!俺の今後の人生には、そんな凡百が必ず直面する不満や悩みが待ち受けるのみだ!!これを退屈と言わないで何とする!!」
「浅いな……文字数に対して内容が浅い」
ハヅキは心底呆れ返るように、溜息なぞ漏らしやがった。嫌なヤツめ。
「大体マコトみたいな変人に、こんな美少女の友達がいるってだけで十分世界はイレギュラーよ。100万円ちょうだい」
「言わせておけば……」
チクショウ!!今日という今日はガツンと言ってやるんだ!!いいか、言うぞ!?俺は言ってやるぞ!!
「今に見てろよ!?いいか!近い内、俺は誰もが羨む存在になってみせる!!この勅使河原マコト様を馬鹿にしたことを後悔する日が必ず来るからな!!」
結局口をついて出たのは、フワッとした負け犬の遠吠えだった。これが俺の人生熟練度の限界か……。
「あはは!はいはい。何を成し遂げるつもりかは知らないけど、期待しないで待ってるからね~」
そんな俺をハヅキは子どもと接するかのように笑い飛ばした。
「あーあ!何の才能もない哀れなマコトくんが、英雄になれる国でもあればいいのにねぇ!」
「いやいや!お前はふざけてるのかもしれんがな。馬鹿にできた話じゃないぞ?なにせ……」
言いかけて、俺は一点を見つめた。その様子にハヅキは怪訝な表情を浮かべる。
「マコト?急に黙って一体……」
ハヅキは俺の見つめる方に視線をやり、そこにいるものに気づいたようだ。
「猫……?」
そう。俺たちの視線の先にあったのはただの一匹の白猫だ。が、横腹の辺りに黒い渦巻きのような模様が出来ているのがどこか目を引く。
「なんか可愛い模様だね。マコトって、そんなに猫好き――」
ハヅキの言葉が終わらぬ内に、俺は駆け出していた。文字通りの全力疾走で。
数秒前まで微かに耳に届いていたエンジン音がすぐそこまで迫っている。そして程なく視界にその巨体を――トラックの姿を捉えることになった。
本来車がすれ違うのだって一苦労といったほどの道に大型トラックが侵入している違和感に目を瞑るとしてもだ。その車体が時折石塀に触れては粉塵を起こしていては異常と言わざるを得ない。
「えっ、暴走……!?」
「そこにいろッ!!」
異変に気付いたであろうハヅキを制止するための咄嗟の一声。しかし瞬間、意識を逸らしてしまったのがまずかった。俺はもつれた足に姿勢を立て直し切れず、情けなく猫の前に大転倒してしまった。
ハヅキが悲鳴を上げ、猫が飛び跳ねる。そして俺の視界が暗闇の中に落ちた時。
――全てが静止したような感覚があった。
黒に染まった世界で、俺は自分の身に起きたことを振り返る。
ああ、そうか。俺はトラックに轢かれて……死ぬのか。でも、なんでことになったんだっけ?
意識が混濁していていまいち記憶がハッキリしない。でもまあ、関係ないか。何せ俺はこれから死ぬ。それだけは確信しているんだから……。
自分でも驚くほど諦念的だが、無理もないだろ?
あれほどまで焦がれ、欲し、望み、結局邂逅することはなかった非日常。
その数々がこの先の世界に待ち受けていることなんて、俺には知る由もなかったんだから――――。
◇◇◇
「突然押しかけちゃってごめんなさい」
先導する彼女に続き、かつて駆け回ったフローリングの床を歩いている。何もかもが逆転しているな。私は何の気なしにそう思った。
「いいんです。きっとお兄ちゃん喜びますから。是非会ってあげてください」
「……昔は私たちの後ろをくっついて回ってたのに、見ない内にしっかりした子になったね。ヒメコちゃん」
その言葉に、返事はなかった。楽しかった頃を思い出させるような発言は軽率だったか。
和室に通されると、その一角のスペースにヒメコちゃんはゆっくりと腰を下ろした。
「ここです。どうぞ座って……。お兄ちゃん、ハヅキさんが来てくれたよ?」
ヒメコちゃんは愛おしそうに、写真の中の男に声を掛けた。
「……マコト」
マコトの遺影はぎこちなく笑っていた。撮影者によって引き出された、不本意な笑みというのが如何にも彼らしい。
「いい写真だよ」
私はお線香に火を灯し、鈴を控えめに鳴らした。合掌し、瞼を閉じ、そしてマコトの冥福を祈る。彼のためだけに捧げる時間が、死の実感を呼び起こす。
鈴の音が止むのと同じくらいで顔を上げると、ヒメコちゃんと向き合う。
「今日は無理を言ってごめんね」
「いえ、そんなことは……。それに」
そう言ってヒメコちゃんは物言いたげに口をぱくぱくとしていたが、やがて「なんでもないです」と視線を逸らした。
「……ちょっと、お手洗い借りてもいい?」
気まずい空気を紛らわすようにして、私は言った。
「あ、はい。えっと場所は……」
「大丈夫。多分覚えてる」
私は腰を上げると、ゆっくりと和室を後にした。
――去り際に覚えた視線が刺さるような感覚は、きっと思い過ごしなどではないのだろう。
「ま、そりゃそうか……」
私はただ、自嘲気味に笑うしかなかった。
◇
お兄ちゃんの葬儀から一週間が経つ。
私はと言えば、日常のペースを戻していく決意をようやく固め、溢れ返りそうな辛さをなんとか封じ込めようとしている最中だった。
そんなところへ、ハヅキさんの突然の訪問だ。生前、お兄ちゃんとは深い交友を持っていて、私自身昔からよく可愛がってもらっていたお姉さん。これには否が応でも押し留めていた感情を滲み出させる他ない。
が、それとは別に、彼女に対して特殊な感情が沸き上がる理由がある。そしてそれは、彼女に出会ってしまったからには追及しなくてはならないことだ。今日はそれをしないままあの人を帰らせる訳にはいかない。
「……遅いな。ハヅキさん」
気が付けば、彼女がお手洗いに立ってから10分は経っている。トイレの場所に迷っているにしても、ちょっと時間が掛かり過ぎだ。私は不意に嫌な予感がして、徐に部屋を飛び出した。
◇
「何やってるんですか!!ハヅキさん!!」
見れば、扉の前でヒメコちゃんが声を荒げていた。一瞥の後、再び視線を手元に落とす。
「懐かしいね、この部屋。昔、三人でよくトランプとかやったっけ」
「ここはお兄ちゃんの部屋です!!今すぐ出てください……ッ!!」
抗議の声に構わず、勉強机にもたれ掛かったまま手元のノートのページを捲る。
「ごめんね、ヒメコちゃん。本当はこんなことするつもりじゃなかったんだ。でも先日伺った時、ご両親に門前払いを食らっちゃってね。だからヒメコちゃんしかいない時を狙うしかなかったの」
「あなた……おかしいですよ!?故人の遺品を荒らすなんて!!この部屋は『最後のまま』にしておこうって、家族で決めたんです!!」
堪らずヒメコちゃんは駆け寄り、ノートをひったくった。
「ハヅキさん!!私、もう我慢できない!!幼馴染かもしれないけど……友人かもですけど!!あなたには聞いておかなきゃいけないことがあります!!」
凄む彼女を、ただ冷ややかに見つめる。
「ハヅキさん、あの日……どうしてすぐに救急車を呼んでくれなかったんですか!?」
「……」
……まあ、そりゃ聞かれるか。
マコトが事故に遭ったあの日、第一発見者でありながら通報を行ったのは、確かに私ではなかった。事故から数十分が経過した後に、たまたま通りかかった人によって通報は行われている。
「あなたが……あなたがもっと早く通報してくれていたら!!もしかしたらお兄ちゃんは……いいえ。絶対にお兄ちゃんは助かっていたんだ!!!それをあなたは……!!!あなたのせいで……」
「私が殺した、って?」
「同じようなことじゃない!!!どうして……どうしてなのっ!?」
しばらく考えた後、なんとなく視線を逸らした。
「マコトは死んでたよ。あの時救急車を呼んだところで、単なる時間の無駄だった」
「え?」
「ねえ、私そういう事情があるから葬儀に顔出せなかったじゃない?だから聞いておきたかったんだけどね?最近のマコトって、何かおかしいところはなかった?あるいはマコトの周りに――」
「でてって……」
見れば、呼吸は酷く乱れ、両拳は潰しかねない程固められている。
「今すぐ出て行け!!!この死神ッ!!!二度と私たち家族に近寄らないでッ!!!」
初めて見る彼女の剣幕に、流石に少々気圧された。これ以上は厄介なことになりそうだが……。
まあ、いいか。目的は達したんだし。
「……お暇するね」
ヒメコちゃんの前を横切りながら思う。
彼女が怒りに我を忘れてくれたのは却って好都合だったかもだ。何せ、私が咄嗟にシャツの袖に忍ばせた物に全く気付く気配がなかったのだから。
そう。『渦巻き模様の刻まれた』、名刺の存在に。




