大井智也は主人公(のはずがない)
Q:あなたにとって大井智也とは?
霧島誠司の場合
「すっげえいいやつだよ。たまに問題のある言動するけど友達想いだし、俺は好きだよ。あ、友達的な意味でな! 幼稚園から一緒だから智也のことはよく知ってるよ。昔とはだいぶ変わったけど、変わってないのはいいやつってところだな!」
中村千歳の場合
「春からしか付き合いはないけど、たぶん色んな人に好かれてると思います。深雪ちゃんとも仲良くしてくれてるみたいですし。ただ、たまに……その……ちょっとえっちな発言は少し控えてほしいかなあとか……あ、ごめんなさい!」
ガランとした教室の中、私の席は占領されている。男子生徒――大井智也に。
ドサリとカバンを机の上に置くと、雑誌に向いていた視線がこちらに向けられた。
「よう、深雪ちゃん」
「色々言いたいことはあるけど、とりあえずそこは私の席だからどいてくれない? あと、ちゃん付けでアンタに呼ばれると、鳥肌立ちそうだからやめて」
私は半目で睨み、低めのトーンで言う。
大井はやれやれとため息をつき、目も伏せ、あたかも呆れているかのようにイスを立った。
いや、呆れるべきなのは私の方だから。むしろなぜお前が呆れるんだってレベルだからな!
やっと空いた自分の席に座ると、……なんか若干温かい。温かいのがむしろ寒気を。
我慢しながら、カバンを横のフックに掛け直す。
「……それで、ここにいるってことは何か用があるんでしょう?」
さっきまで私がいた場所、机の正面に立った大井に私は尋ねる。
「よくぞ聞いてくれた。今日は深雪と一緒におっぱいのよさについて語ら――」
「一遍死んでこい、こんのド変態ッ!」
ゴン、ガタン。吹き飛んだ大井によって周りの机に影響を及ぼしてしまった。
バサリと音を立てて私の机に何か――ヤツの雑誌だろう。それが開いた状態で。
嫌でも見えてしまう。布面積の小さい水着、乱れはだけた浴衣。――それも、全て胸の大きい。
高校生……それも数ヶ月前まで中学生だったというのに、何を持ってきているのやら。
「いっててて、殴ることないだろ。……それでさ、おっぱいっていいよなー」
「そう、だな。たわわは素晴しいな。確かに私もそう思うよ。……ケンカ売っとんのかテメエッ! もう一遍ぶん殴ってやろうかあああ!」
ガタン、と机に左手を付いて立ち上がり、右腕を振りかぶる。
……また周りの机たちに被害が出てしまう。あとで謝っておくことにしておこう。
「スッ、ストップ! ……えっとな、別にぺたんこだろうとおっぱいはおっぱいなんだし、むしろぺたんこの方が好きって人もいるし。まあ、ともかく俺は深雪のことが好きだぞ」
「知るかっ! てかぺたんこぺたんこ連呼してんじゃねえよマジでテメエ一回死にやがれえええ!」
イスを蹴り、机を飛び越え、ヤツの顔に右ストレートを見舞う。
先程殴った際に周りの机が乱れ、スペースができていた。大井は多少イスに当たり、床に倒れる。
その大井に追撃をかますため、あと着地のための緩衝材にするため、馬乗りになる。
「がっ、ごほっ、やめろよ痛いじゃないか……って、いや待て、早まるな!」
「ん? どうした?」
殴る準備は整っていたが、引きつった顔の大井が何か言いたそうなので聞いてやる。仕方なく。
「奥階段、四五だ」
ボソリと聞こえたその言葉。
気づけば時間はそれなりに経っていて、人もかなり。
「なるほど、遺言はそれだけだな」
「ちょっ、マジで手加減し――」
「問答無用だバカヤロウ!」
聞き届けた。のでとりあえずボコボコにすることにした。
途中、そっと尻を触ってきたので、一切容赦しなかった。
本来、私は大井のようなクズと関わる人間ではなかった。関わっているのには理由がある。
「今日の作戦は?」
朝、最後にボソリと聞こえた言葉。つまり、廊下の一番奥にある階段に、四時間目と五時間目の間。昼休みに来い、とのことだ。
「もうすぐテストだろ? 誠司さ、ああ見えてバカでさ」
「あんたより?」
「……痛いこと言ってくれるな。まあ、とにかく俺と誠司が図書室で勉強しとくから」
「そこに私と千歳が参加する。で、頃合いを見て私達は抜ける……」
「そのとおり!」
そう、この内容こそが私がド変態と関わっている理由。場所と時間を変えたのは、他の人に聞かれるとマズイから。
そのために朝早くに来てるというのに、セクハラで場所を変えるハメになる。
事の発端は千歳の初恋。小、中学校と彼女と一緒にいたが、色沙汰など微塵もなかった。それが一目惚れした。
ただ、私も恋愛とは縁がなく、その上私たち二人には相手の霧島くんとの接点がない。そんなとき。
『提案がある。俺は誠司のことをよく知ってるし。協力できることは多いと思う。俺だって親友の初恋は叶えてやりたい』
『そこで、私とアンタが協力して、二人の恋を成功させる。ってわけ?』
霧島くんも千歳に一目惚れだという話を聞かされた。大井から。
千歳のことで途方に暮れ、ボヤいていたのを聞かれたらしかった。これが初めての会話だった。
目的は同一。かつ協力することで利益がある。これは、いい話だろうと。
好条件に飛びつき協力を承諾した私を、ぶん殴ってやりたい。
第一印象はまともだった。しかし協力関係が成立したのをキッカケにして態度が豹変。セクハラ三昧のド変態。デリカシーなどありゃしない。
それでも協力関係を終わらせないのは、二つの理由がある。
一つ目は、作戦自体は真面目で二人をくっつけたいと言うのには嘘がなさそうだから。
二つ目が、作戦が終われば私達二人の関係も終わりになるから。
『協力関係は、作戦の成功、あるいは完全失敗……これは起きてほしくないけど、このどっちかで終了、以後互いに関わらないものとする』
よく考えてみれば意外だが、今では執拗なまでに絡んでくる大井から提案されたことだった。
それでも日々のセクハラには色々迷惑してる。控えてほしい。いや、控えろ。
「……き、おーい、深雪?」
「うわっ、びっくりした」
「あ、やっと気がついたか。どうした? ボーッとして。もしかして俺に見惚れてた?」
「なわけあるかこのドクズが」
「とりあえず作戦通り、頼むぞ」
「わかってる、そっちこそね」
作戦は成功した。図書室の中では千歳と霧島くんが二人で勉強している。顔が急接近しては、バッと顔を別々の方向に向けたり、非常に微笑ましい。
『あっ、ちょっと喉乾いちゃったから飲み物買ってくるー』
棒読みめいた大井の声をキッカケにして、私も『あ、私もー』と言い、二人してその場から抜け出した。
霧島くんがついてきそうになったが、置いてくることに成功した。
なお、現在地はちょうど図書室の自習スペースを覗くことができる窓。わざわざリサーチしてくれていたようだ。
変態的言動さえなければ、悪いやつじゃないんだけどな……。割と気が利くやつだし。
「いい感じだな」
「そうね」
このまま順調に進めば二人がくっつくのも、そう遠くはないかもしれない。
そうなれば私もこんなクズ男と関わらなくて済む。万事解決だ。
うん、ほんとにいい感じだ。まるで、恋愛小説の主人公たちのよう。
対して私たちは、その恋を応援し裏でサポートする。いわゆる主人公の、友人。
まあ、少なくとも大井にしたって……悔しいが私にしたって、主人公やらには程遠いような性格だとかをしている。
この二人の恋を応援し始めてから、ずっと思ってることだ。
私は、主人公になれない。大井も、主人公になれない。
主人公、のはずがない。
「戻るか、あまり長いと怪しまれる」
「……そうね」
立ち上がり、戻ろうとしたとき。
「あ、そういえば、誠司は中村のこと好きじゃん」
「今更すぎること言ってどうしたの? ついに頭沸いた? それとも腐った?」
「沸いてねーし腐ってねえよ!」
「……それで、霧島くんが千歳のことが好きなのがどうかした?」
「ああ、誠司が中村に想ってるのと同じくらい、俺も深雪のこと好きなんだぞって言っておきたくて」
「…………はあ!?」
いや待て、唐突すぎ、脈絡もクソもないじゃん! てか冗談だよな、冗談だろ、冗談以外認めないぞ!?
「あれ、気づいてなかった? 割と言ってるつもりだったけど」
そんなの言われて、言われ……。
『まあ、ともかく俺は深雪のことが好きだぞ』
言ってたあああ! むしろ朝にも言われてたあああ!
「さて、自販機でも寄ってから戻るか」
口笛を吹きながら飄々と歩き出しやがった。こちとら顔が火照ってそれどころじゃないのに。
「あっ、一人で行くなっ! 一緒に出たんだから一緒に戻らないと怪しまれるじゃん!」
図書室に戻ると、「遅い」と千歳のふくれっ面を見るハメになった。
どう考えてもいらないこと言い出した大井のせいだ。
Q:あなたにとって大井智也とは?
遠藤深雪の場合
「最ッ底のドクズでド変態のクソ野郎。尻とか胸とか触ってくるし、エロ本見せてくるし……。協力関係がなかったらこんなヤツと関わりもしなかった。今でも協力関係のこと後悔してる」
大井智也自身の場合
「圧倒的主人公ッ!」
質問へのご協力、ありがとうございました。
では、大井智也は主人公であるのか。その真偽を見てみることにしましょう。




