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脱獄―脱出不可監獄カテラジアン―

 ガチャリと硬質な音とともに、牢屋の扉が開かれた。

 石造りの薄暗い密室、小さな鉄格子の外には青空が広がっている。

 新しく入ることになったロッシが後ろ手に手枷を嵌められたまま、必死に体をよじった。


「ふざけるな、俺はやってない! おい、離せ!」

「フン、やった奴はみんなそう言うんだよ」


 獄卒たちの力は強くビクリともしない。

 ロッシがどれほど力を込めても、拘束が抜け出せることはなかった。

 押さえつけられ、ロッシが跪いた状態になると、手枷が外された。

 拘束が解かれ自由の身になると、ロッシは慌てて身を反転させ、男たちに訴えた。

 鬼気迫る表情だった。


「ハメられたんだ! 犯人は別にいる。本当だ、信じてくれ!」

「状況がすべてお前が犯人だと物語ってる。もう少しマシな嘘をつくんだな」

「本当なんだっ!! ぐっ!」


 獄卒の襟を掴み無実を訴えるも、ロッシは突き飛ばされて壁に体を打ちつける。

 鋭い痛みにロッシが呻いている間に、無情にも扉が閉じられた。

 ガシャン! と響き渡る錠の音はなんと大きなことだろう。

 ロッシは宙に手を伸ばしたまま、すばやくその場を後にする獄卒たちを呆然と見つめていた。


 我に返ると、ロッシは鉄格子に手をかけた。

 扉は固く閉じられ、どれだけ力を込めて押し引きしようと、微動だにしない。

 ガンガンと金属音を響かせるだけだ。


 なぜだ。

 どうして、こんなことになった……。

 本当に俺は何もしていないっていうのに、なぜ誰も信じてくれないんだ。

 吹き荒れる胸中に歯噛みするロッシに、牢の隣から声がかかった。


「よお新入り、ゴキゲンそうだな。名前は? 俺ぁクランってんだ」

「……ロッシだ」

「お前は何の犯罪を犯したんだ?」

「俺は何もやってねえ。冤罪だよ」


 声の調子から年は四〇代か。

 軽薄そうな声の男だった。

 ロッシは憮然とした声で壁伝いに会話を試みる。


「そうかい。まあここに来る奴が大抵言うことだ。じゃあ質問を変えようか、容疑は?」

「……殺人だよ」

「ヒュウッ! 殺しか。それじゃあ娑婆には出られないな」

「真犯人がのうのうと世間で暮らすだって? そんなことが許せるものか」

「諦めろ。再捜査なんてこの国の官僚(おかみ)がしてくれるもんか」


 状況は極めて悪い。

 ロッシは被害者のグレアと大喧嘩をしていた。

 その翌日に殺人が起こり、目撃者はいなかった上、凶器はなぜかロッシの自宅に放り込まれていた。

 ハメられたのだ。

 気づいたときには警邏が家を取り囲んでいた。

 逃げ出すことすらできなかった。


 だが誰に?

 それが分からない。

 恨みを買うような覚えはなかった。これでも真面目に職務を果たしてきたつもりだ。


 犯人が自分ではないことは確かなのだ。

 なんとかして犯人を見つけ、捕まえてやりたい。

 俺をこんな目に合わせやがってと怒りをぶつけ、懲らしめてやりたい。


 だが、どれほど強く思おうと、ロッシは牢屋に閉じ込められた。

 官僚はロッシの犯行だと信じ切っているし、申し開きを聞いてもらえるようには思えない。


 ……脱獄してやる。

 このままだと何年獄に繋がれるか分かったものじゃない。

 最悪処刑される恐れもある。

 そんな人生を甘んじて受ける謂れはない。

 決意を固めるロッシに、クランが鋭く注意した。


「おい、急に黙り込んだが、悪いことは考えるなよ」

「なんだと?」

「ここの新入りが考えることなんてだいたい決まってる。すべてを受け入れて大人しくする奴、この獄中でのし上がって外よりも悠々自適に過ごす奴。現状を認められずに脱獄を企てる奴だ。ロッシ、お前はどれだろうな」

「さあな。呆然としてるよ」

「諦めてるようには感じないけどな」


 素直に聞き入れる道理はない。

 自分が本当に罪を犯したというのならば、罰を受け入れるのも言い聞かせることはできるだろう。

 だが、やってもいない罪のために人生を棒に振るなど、一体誰が認められるだろうか。


「何も知らないようだから教えてやるよ。ここは脱獄不可監獄『カテラジアン』って呼ばれてる。脱獄しようとしたら殺されるぞ」

「詳しいんだな」

「まあな、俺はここでもう一〇年になる。それまでに脱獄を企てた奴は数多く見てきたが、成功したやつは一人もいない」

「なぜ失敗したんだ? どうせ理由も知ってるんだろう」


 ロッシの質問にクランは喜んで答えた。

 どうやら質問してくることを求めていたのだろう。

 嬉々とした声が牢屋に響き渡った。


「ああ、もちろんさ。これまで脱獄に最も近かったTOP3を教えてやろう。まずはNo.3、こいつは清掃業務のために牢屋の鍵が空いた瞬間に飛び出した。この牢からは出れたが、廊下で別の獄卒に見つかって警棒でしばき上げられた。自由になった時間は一分ってところかな」

「あまりに杜撰すぎないか?」

「ここの監獄は異様に警備が多いんだ。単純なやりかたじゃ絶対に成功できないことはわかっただろう?」

「よく分かったよ。次は?」

「No.2、こいつは最初、支給されるスプーンでベッドの下をコツコツと穴を彫り続けた。就寝途中にもくすねた道具を使って少しずつ、少しずつ。掘った土は中庭に捨ててな。そしてその穴が横穴に変わり、さらに彫り続けた。この間で一〇年もの歳月がかかっていた」

「いい具合じゃないか。それでどうなった?」

「崩落した。崩落音が牢屋中に響いて、牢屋が調べられた。穴はすぐ見つかったよ。男は窒息して死んでたがね。肝心の穴は埋められて終わりだ」


 なんてことだ。思わずロッシが頭を手で押さえた。

 その脱獄囚の無念と言ったらどれほどのものだっただろうか。

 いや、あるいは自分の失敗を深く受け止める間もなく死んで、かえって幸せだったのかもしれない。

 どちらにしろ、この手段はダメだ。使えはするが時間がかかる。

 ロッシはできれば早く出たい。

 おまけに掘る道具だけじゃなく補強具もいるらしい。


「今のはかなり見込みがありそうだったな。TOPはどんな方法だったんだ?」

「No.1、俺達は昼間に強制労働に駆り出される。その間も監視はついているが、監視の目をかいくぐって、一瞬の隙を突いて逃げ出した男がいる。男は足が早かった。どんどんと俺たちの視界では捉えられない場所へと走っていった」

「おお、大成功じゃないか。一体何故捕まった」

「壁だ。この監獄をぐるりと囲む壁の高さは四メルトルもある。その上手がかけれるような突起はまったくない。男はそれでも軽業師のように壁を登ろうとしたが、最後の壁が超えられなかった……最後は刺し殺されたよ」

「…………そうか」


 ロッシは言葉を失った。

 ある意味ではこれも正攻法だ。

 だが、その結果が殺されたんじゃ浮かばれない。


 脱獄はしたいが、成功させるのはかなり難しい。

 突発的な行動では成功しないということだろう。

 道具を揃えたり、脱出口を事前に作るような周到な準備と、実行に移す瞬発的な判断がいる。


 自分にできるだろうか?

 そう考えて、ふとロッシはバカバカしくなって笑った。


「どうした、何がおかしい?」

「いや、失敗することを考えても仕方がない。俺はこの獄中で死ぬつもりは一切ないし、絶対に娑婆に戻るつもりだ」

「おいおい、俺の話を聞いていたのか?」

「ああ、ようく聞いていたさ。その気になれば抜け出せる可能性がないわけじゃないって思ったぞ、俺は」

「本物のバカだな。どうなっても知らんぞ」

「結構。俺が何があろうと、どうなろうと絶対にここから生きて出る。そして俺をハメた奴を見つけ出して、後悔させる。その気持ちには一切揺らぎがない」


 ロッシは言い切った。

 失敗の公算が高いなら、それに備えればいい。

 まずはこの情報通らしいクランを抱え込むのが一番だ。


「クラン、お前はここから出たくないのか?」

「そりゃ出たいさ。生きて出れるならな」

「俺に協力しろ。お前も一緒に出させてやる」

「……本気で言ってるのか?」


 訝しげな声。

 これまでの軽薄なトーンとは違う。

 こちらを信じて良いのかどうか、不安と期待の入り混じった小枝。


「本気も本気だ。ここから抜け出るのに単独では無理がある。だが協力すればどうだ、道具を調達して、分担して脱出路を作る」

「今日知り合ったばかりだぞ。どうやって相手を信頼できる?」

「付き合いが長ければそれだけで人を信頼できるか? 違うだろう。たとえ短くても、信頼できる相手は信頼できる。俺は本気で言ってるぞ。その言葉が見抜けないなら、筋違いだったな」


 あえてロッシは突き放した。

 しばらくの沈黙。

 牢屋の中に静寂が満ちる。

 そして、答えが返った。


「待て……。分かった。お前が俺を裏切らない限り、俺も手伝おう」

「先に言っておくが、俺がリーダーだ」

「ああ。お前さんがそれに相応しい。俺はその行動力に引き込まれちまったからな」


 壁越しに二人、脱獄計画を練り始めた。

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