終末荒野の賞金稼ぎ
「あー、ダリィ」
「言うんじゃないわよ、こっちまでダルくなるでしょ」
ガタガタと揺れる車の中。
テンガロンハットの男の座る運転席を、着物姿の女がゲシゲシと蹴る。
「まあまあ、落ち着いてください。そうカリカリしても良い事はありませんよ」
「うっさいわよ、騎士気取り。大体今回のネタ拾ってきたのはアンタだったわよね?」
そんな事を言う女に「まあ、そうですが」ともう1人の男が苦笑する。
「大体、その鎧も暑っ苦しいのよ!」
「これはナイトの誇りです!」
「ほー!? じゃあその鎧の値段がナイトの誇りの値段!?」
「それを言うなら貴女のサムライソウルだって一振り5万イエンだったでしょうが!」
「お、言ったわね!? それ言ったらハラキリだって分かってんでしょうね!」
どたばたと後部座席で発生する掴み合いに、テンガロンハットの男がくだらねえ、と溜息をつく。
しかしその瞬間、二人はピタリと喧嘩をやめて身を乗り出す。
「おいおいカウボーイ気取り。他人事かあ?」
「そうですよ。ちょっと良い武器持ってるからって調子に乗らないでくださいね?」
「絡むんじゃねえよ。めんどくせえな……」
車の揺れは乗員のせいもあるが、それだけでもない。
何しろ、この辺りは荒れ地の広がる荒野だ。
世界のおよそ4割以上がそうであるのだから、この辺りが特別というわけでもないのだが。
そんな場所を厳つくも巨大なトレーラーに乗って進むのは、3人の男女だ。
1人は、運転席のテンガロンハットの男。
ちなみにテンガロンハットの下にはくすんだ金髪が隠れていたりする。
生やした無精髭は、男のこだわりだ。
かつて存在したと言われる「カウボーイ」に倣ってテンガロンハットを被り、ジャケットを着こなしポンチョを纏っている。
よく見れば腰のベルトにリボルバー銃と思わしき金色の銃があるのも見える。
1人は、黒髪黒目のポニーテールの女。
東の島国に居たと言われるサムライに倣って着物を着た彼女が抱えているのは、怪しげな店で購入したカタナと呼ばれる特殊な形状の剣だ。
斬る事に特化したという割には切れ味がイマイチなのだが、そもそも銃の存在するこの時代にカタナを使うというのは如何にも趣味的ではある。
1人は、銀髪碧眼の美形の男。
しかしその美形が台無しになるくらいに、こちらも趣味的な装いだ。
まず、纏っているのは重そうな金属製の全身鎧。
更には、如何なる冗談か大きな盾を抱えてもいる。
カウボーイ気取りの男は、デニス。
サムライ気取りの女は、アイカ。
ナイト気取りの男は、ルーク。
3人でチームを組んでいる、賞金稼ぎである。
「大体さあ、トトロッガファミリーのクソ共がこんな荒野にヤサ構えてるかしら? 連中、酒と女を一日でも切らしたら死ぬ類のゴミでしょ?」
「まー、そりゃ言えてるけどな。けど町にゃ保安官がいる。連中、寝てる所を起こされたら発狂しちまうような輩だ。他人の目覚ましが聞こえねえ荒野に居るってのはまあ、有り得ない話じゃないぜ」
「そうかしら? いや、そうかもね?」
「ああ、そうさ……ま、ガセだったんだがな」
タイミングを合わせたかのように同時に笑い出すデニスとアイカに、ルークが一人むっつりとする。
「ガセを掴んだのは私じゃなくて情報屋ですよ。知ってるでしょう? 情報屋のトゥトゥ」
「ドブネズミの野郎かよ。へえ、アイツもガセ掴まされる事があるんだな」
楽しそうに笑うデニスに、アイカも追随するように笑う。
「帰ったらアイツの奢りね」
「だな。当然の権利だ」
「貴方達は……」
呆れたように言うルークに、デニスは「お?」と声をあげる。
「なんだよルーク。じゃあお前1人だけ自腹か?」
「そんなわけないでしょう。今回の情報に支払ったのは私なのですから」
爆笑するデニスとアイカ。まあ、結局のところ3人は似た者同士なのだ。
「……ところでよう、ルーク」
「なんですか?」
「その情報買ったのって、ドブネズミの野郎本人からか?」
「いいえ? 彼の所のバヌから届けられましたが」
「なるほどなあ」
車を止めたデニスに疑問符を浮かべたアイカとルークだったが、デニスの視線の先を見て納得したような顔になる。
「前方に大型車が3、トンガリ頭の髑髏マーク。間違いねえな、トトロッガの連中だ」
そう、彼等の進む先に居たのは、3台のバスタイプの大型車。
後から装甲を溶接して増設した改造車だが、防御力はそれなりにある。
今彼等がしているように、道を塞ぐにはもってこいだろう。
「町への退路を塞いで待ち伏せってわけ? こりゃ、本格的に掴まされたわね」
「ああ、実にラッキーだ。ドブネズミの野郎の金庫を開ける口実が出来たってもんだ」
「で、どうします? アレを出しますか?」
「いらねえだろ」
ルークの提案をデニスは一蹴し、運転席付近のマイクを掴みスイッチを入れる。
そうすると、トレーラーの上部に据え付けられたスピーカーから不快なザリザリという雑音が流れ始める。
―あー、あー、マイクテスト、マイテス! そこの道塞いでるトトロッガ印のフンコロガシ共! 今すぐ全財産出してドゲザしたら許してやるぜ!―
そんなデニス流の優しい提案に返ってきたのは、実に不愉快な返答だった。
―なめんなよ、トライスターのコスプレ野郎共! お頭は手前等の首をご所望だとよ!―
「……だそうだ。ちなみにルークとしちゃ、今のはナイトの名乗り合いの範疇に入るかい?」
「いいんじゃないでしょうか。デニスとしては、決闘の作法がいるのでは?」
「どうかな。今回はサムライの作法でもいいと思うけどよ。なんだっけか、一度敵味方が決まったら皆殺しだっけ?」
「そんな作法ないわよ。つーか、フンコロガシ相手に作法とか必要?」
「違ぇねえ」
「ですね」
デニスとルークは肩を竦めると、トレーラーから降りる。
「で、ファーストショットは俺が貰っていいのかい」
「お好きなように」
黄金のリボルバーをホルスターから抜くデニスが見えたのか、トトロッガファミリーの手下達から嘲笑の声が響く。
―ハハハ、馬鹿が! そんなもんで届くかよ! お前等、笑え!―
聞こえてくる下品な笑い声に、しかしデニスは動じない。
手でリボルバーを回転させながら、ニヤリと笑う。
「……まあ、お前等みたいなのは知らねえだろうがな。カウボーイってのは「カウ」を追いかけまわしてた奴のことなんだってよ。あの「カウ」をだぜ?」
カウ。全長5メートル以上にも及ぶ巨大生物。
生半可な攻撃を弾く毛皮を持った化物だが……「カウボーイ」は、そんな「カウ」を追いかけ、なんと狩り集めていたというのだ!
「となるとよ、当然……このくらいの装備は必要になるよなあ?」
回転していた黄金のリボルバー。
それはいつの間にか黄金のガトリングカノンへと変化しており、ガチャリとデニスが構える音が響く。
―な、なんだそりゃ! そんなもん聞いてねぇ……!―
「おお、そうかい。そんじゃあ……死にな!」
撒き散らされる光弾の群れに蹂躙され男達が倒れ、穴だらけになったバスが爆発炎上する。
轟く悲鳴の全てが消えるまで破壊音は続き、やがて動くものが何もなくなった辺りでようやくガトリングの回転が停止する。
「……あー、ダリィ。トランスウェポンは脳に負荷が直で来るからなあ」
「その分便利でしょうに。しかも貴方のソレは……」
「羨ましいか?」
「まあ、少しは」
「そうだろう、そうだろう。やらねーぞ」
言いながらデニスはリボルバーに戻した銃をホルスターへと仕舞う。
アーティファクトと呼ばれる、古代文明の遺物の1つ……トランスウェポン。
魔力と精神力をもってして武器を変化させるという超高度な武器は、今となっては再現不可能なものだ。
原因となったマジカルハザードも今は遠く、世界には荒野が広がるのみ。
「……で、そっちはどーよ?」
振り返ってデニスが問えば、そこにはカタナについた血を掃っているアイカの姿がある。
「見ての通りよ。荒野用の迷彩シートで隠れて奇襲。私達の車を奪うつもりだったのかしらね」
転がっている死体は、その「奇襲した連中」の成れの果て。
一刀の元に切り伏せられたそれらは、アイカの技量を充分に示していた。
「出来るわけもねえのにな」
「おかげで私の出番が全くありませんでしたよ」
「いいじゃねえか、楽でよ」
不満そうなルークにそう言うと、デニスは運転席に戻るべく歩き出す。
「こっちはお前等が……特にお前がそんな恰好なせいで、運転を一手に請け負ってんだ。疲れんだぜ、結構よ」
「ええ、感謝していますよ」
「鎧を脱いで運転しろって言ってんだよクソがあ」
「それは無理というものです」
そんないつも通りの会話を交わしながら、3人は車へと戻っていく。
そうして走り出した車は、ゴミの山と化したトトロッガファミリーの手下達を無視して進んでいく。
そこには何の感傷も興味も持ちはしない。
何故なら、この終末世界において人の命は豆一粒よりも軽くて。
けれど、たまに賞金首として山のように積まれた小麦よりも高い値が付く。
トトロッガファミリーの手下みたいな、10イエンの賞金すらもつかないモノには用はない。
それが、終末荒野を生きる賞金稼ぎ達の常識なのだ。




