世界よ、これが真の悪戯だ。
「おい待て! いきなり何すんだよ!」
俺は突然蹴りを入れてきた親友を睨み付け、学校の廊下を走る。
絶対仕返してやる! と考えながら、親友が教室に――俺たちのクラスである二年三組の札があるところへ入っていった。
あいつはご丁寧にもドアを閉めたが……俺が手間取っているうちに隠れるつもりなのだろう。
俺も続き――ドアを開く。
「はん! 引っかかるかよ!」
瞬間、テープが目の前に現れた。顔面の高さにテープを張り、走ってそのまま入っていくと顔面にテープが張り付く。そして勢いがなくなり、その場でこけるというやつだ。
でも、これを見るのは何度目かわからない。
悪戯をしたりされたり――その中でもこれは、クラスを巻き込んだ悪戯でもある有名な技!
しゃがんで簡単に避ける――はずだった。
「ぎゃっ!?」
いってぇ!
しゃがんだところにもテープだと!?
卑怯だ! と声を大にして言いたい。
「ざまぁ!」
にやにやとそんなことを言ってくる。親友こと高崎 信也。
「ふざけんな、信也! 二重とか卑怯だぞ!」
「ふざけてねぇし~。だいたい、二重に仕掛けてないんだけどな」
笑いながら、種明かしするように、信也は空中で何かを操作した。
あいつの中にしか見えていない、ARの編集をしているのだ。
「よく見とけよ、琢」
そう言って、上にあるテープを指差す。
釣られてそれを睨み付けるように見ていると、突然ホログラムに変わり、消えていく。
……そういうことか!
「ありかよ、それ……」
要は、しゃがんだところにあったテープをAR上でコピーして、それを目線の高さにペーストしたのだ。
それを学内ローカルネットにアップすれば、信也だけでなく、俺や、クラスメートに限らず、学内ネットに繋げている教職員と生徒全員に見せることができる。
本物と違わない見た目。
テープは透明に近いから透けて向こう側が見えはすれど、テープの質感もすべて再現されている。
けど、実体はない。
信也は下にあるテープだけを避け、ジャンプして教室に入ったのだ。くそっ!
「ふふん。まだまだだな、琢は」
信也、絶対許さん。
「覚えとけよ……」
こいつにもっとひどい悪戯を、報復してやる!
ARとVRが発達した時代、西暦二〇六三年の今。
中学校で行われる悪戯は常に進化し続けていた。俺はその、時代の変革をこの目で、この体で体験しているのだ。
より高度な悪戯を。
そのために、俺は一生懸命、プログラムの授業を聞いている。……今は歴史だが。
「――で、あるからして、ARとVRがあまり発達していなかった時代では、我々のようにチップを埋め込まれているわけでもなく、目に直接ARを映す機能があったわけでもない。
今はこうしてAR上で教科書を開き、机に直接ペンを当てているのだが……かつては紙に書き、紙を読んでいた」
信也にやられてばかりいるわけにもいかない。
早速、仕返しの手段を考えよう。
まず、ほかの奴を巻き込むのは論外だ。
怪我をするようなやつもダメだ。
椅子をバッと引く古典的な悪戯か……膝かっくんをするか……。
物を隠すのは悪戯の範疇じゃないしなぁ。
「大垣 琢、聞いているのか」
「――え? あ、はい」
突然教師に呼ばれ、顔を上げる。
もしかして、ずっと呼ばれていたのだろうか。
どこか当てられた?
俺が最後に見たページから、今開かれているページまでを流し見した。結果、特に問題を出すようなところはないように思う。
「はぁ。教科書を見ればだいたいわかるからと言って、授業を聞かなくていい理由にはならんぞ」
ただの注意だったようだ。
ホッと胸を撫で下ろし、すみません、と謝ってから、また考えを巡らせる。
だけど、妙案が浮かばない。どうすればいいのか……。
悩んでいると、後ろから信也に肩を軽く叩かれる。これはもしや、ほっぺたに指をつつく系のアレか!
「おい琢。次の授業、飛倉先生だぞ」
警戒しながら振り向かずに耳を傾けると、そんなことを言ってきた。
そうか。次は飛倉先生か!
「やろうぜ、信也」
「琢ならそう言ってくれるって信じてた! 準備は任せとけ。今日、日直だからよ」
それは都合がいい。
俺と信也はくつくつと意地の悪い笑みを仲良く浮かべた。
「大垣、高崎。授業中に内緒話するほど好きなんだな。大丈夫だ。俺は偏見なんて持っていない。堂々といちゃついてくれてかまわんぞ」
いつも俺たちの悪戯を見破る、ふさふさの髪を持つイケメンな歴史の先生が挑戦的に嗤う。
「くそ、あいつ、俺たちのことバカにしてるぞ!」
「飛倉先生よりあいつをハメたい!」
俺たちの意志の足並みは揃った。
それに、別に同性愛者とかではない。俺は女の子が好きだ。隣の席のやつ。安城 桜っていうんだけど。
チラっと横目でみると、クスクス笑っていた。
俺がバカなことをすると、いつも笑ってくれるのだ。もっと笑わせたい。ちなみに、信也も安城のことが好きらしい。似た者同士ということだろうか。
「作戦会議するぞ、琢」
「そうだな、信也」
授業中とか関係ない。俺は目の前のディスプレイに表示されている、信也との共通ノートを見る。
早速そこに書き込まれていた。
俺も自分で考えた、この先生用の悪戯を書いていく。いいところは丸をつけ、ダメそうなやつはバツをつけていく。自分のだけじゃなく、信也が考えて書き込んだのも含めて。
夢中になって作戦会議を続けていると、突然知らないIDが入ってきた。
ここ、俺と信也しか入れないようにロックかけてるんだけど……。しかも学内ローカルネットじゃなくて、プライベートネットだぞ。
普通にハッキングされてるのって、やばいんじゃないか……?
「お、おい、琢」
「……うん」
信也も、この事態がどれだけダメなのか、気付いたらしい。
と、思っていたら、共通ノートに文字が書かれていく。
「ちゃんと授業受けなさい、二人の母より……!?」
母さんか! それなら納得できる! でも授業サボっているのがばれたのは痛すぎる……!
帰ったらどんな罰が待っているのだろうか……。もしかして、アカウントの停止だったりしたら。
そんなことになったら、俺はもう立ち直れない。
今日は信也のお母さんと出かけるとか、そういえば言っていたような気がする。
なんで今日に限って共通ノートを授業中に開いちゃったんだ!
「琢、こうなりゃやけだ。やるぞ」
信也が立ち上がり、椅子がバンっと音を立て、注目を集めた。
当然、いきなり立ち上がった信也に先生の目も向けられた。
厳しいその視線に怯みながらも、信也は言った。
「――あっ!」
窓の向こうを指差して、大声で叫ぶ。
クラスメートの全員がそちらを向き――その間に俺は学内ローカルネットに接続し、新しいAR映像を入力した。もともと完成していたものだ。
本当はもうすぐ始まる夏休みの前にある終業式で行われる、校長の言葉の時にやる予定だったものだ。
クラスメートの全員が向きはしたけど、先生は騙せず、やっぱり俺たちのほうを見ている。ずっと、見ているのだ。まるで監視されているようで、少しむずむずする。
とはいえ、目的は達した!
振り返って信也を見つつ、軽く頷く。
信也が本当に成功しているのか、と先生を見た。
「ぶふっ」
堪らず吹き出した信也は、口を抑えて座った。そのまま、机に突っ伏す。
クラスメートたちも、いつもの悪戯か、と前に向き直った。
「「「「ぶふっ」」」」
ほとんどの奴らが吹き出した。なんとか堪えている奴らもいる。そんな中、先生だけが状況を理解できていない。
当たり前だ。俺がしたのは、先生の外見に関する悪戯なのだ。
俺もちらちらと頭部を見ては笑いそうになるのを堪えている。
「やべぇ」
カースト上位ともいうべき奴が、そんな呟きとともに笑い声を上げた。それにむっとして、先生が注意する。
――のだが、また別の奴が笑いながらネタバレをした。
「先生ー、いつハゲになったんですかー?」
そう、俺がしたのは、ハゲ頭をARで再現し、先生の外見イメージに上書きすることだ。
先生は動くから、360度きっちり調整した。ふさふさの髪の毛が見えないように、ちゃんと削除してある。ハゲになった分、髪の毛で隠れていた耳とかその他もろもろは、AIによる自動調整が勝手にやってくれている。
犯人である俺たちに、先生はさっきまでよりもさらに厳しい目付きを向けた。
……ちょっとやりすぎた?
「放課後、職員室に来るように」
空中で何事かを操作した先生は、元通りの頭になった。
この先生でこれだけみんな笑うのだ。終業式の予行演習としては上出来だろう。そんな、どうでもいいことが脳内を過る。
校長は、ハゲかけていることを気にしている。これはもう全校生徒と全教師が認識しているのだ。そんな校長が、終業式の途中、突然ハゲ頭になる。
楽しそうだ。終業式を妄想してにやにや笑う。
「大垣、お前はみっちり、こってり、絞ってやるからな……」
まるで、父さんを怒る母さんみたいな迫力があった。いや、母さんよりは怖くないかもしれない。今日帰ってからのことを思えば、先生に怒られることなんて大したことがない。
この時、本気で俺はそう思っていた。
まさか、悪戯にプロがあるなんて思うだろうか?




