人型ロボットをつくってはいけない未来
頭の中に見つけたアイデアを逃さない。
しっかり眺めて、どれだけ困難でも、きっと現実に生んでみせる。
未来を変えていくんだよ!
♢
高校の一室、三十名の生徒が授業を聞く。
科目は「近代史」
──平成44年、人間とロボットがぶつかる大戦争があった。
ロボットを傍若無人に働かせすぎたため、怒りに燃えたロボットたちが人間に反逆し、虐殺の限りを尽くしたのだ。
そのための知能など、すべて人間が与えた。
生み出したくせに大切にしなかった、無責任が爆発を招いたのである。
──大戦争では、人間が勝ち、あらたな法律が生まれた。
「人型ロボットを作ることは禁止」
「血の色は禁止」
繰り返される二節。
念入りに、一度、二度、三度……電子文章を音読させられる。
……はー、退屈。
俺はタブレットの電源を切った。
動かない黒い頭たちを眺める、みんなよくこんな授業受けてられるな。
うわべだけなぞって暗記なんてさ、勉強じゃないだろ?
ロボットが心を持たないように人型禁止、じゃなくてさ、心があるものを大切にしよう、だろ。
それが教育だし、反省だ。
俺は、前の席のやつの肩をつついた。
げえっ、とあきらかに嫌そうな顔をされる。
「目が光り輝いてやがる。……一えええ! 今度はなにを思いついたっていうんだ!?」
「内緒。でもすげーいいこと」
「いいことであった試しがないんだけど? 資料室の本棚を倒し、理科室爆破、屋上へ侵入……とか、これまで計1000個」
「カウント正確だな。ゾロ目、めでたい」
「…………」
じとっと半眼になって、黒髪黒目のいかにも真面目そうな男子、一二三が、俺を眺めて四秒停止。
はあーー、とため息が俺の顔にかかった。
その距離のまま、声をひそめる。
「協力してやるからジュース一本、明日頂戴」
「約束!」
俺たちは指切りをした。
「せんせー。ハジメくんが『人型ロボット作ってみたい』とか言ってましたー」
「何!? 廊下で立っていなさい!」
はいよろこんで。
俺はしょんぼりばつが悪そうなフリをして、ヒフミをこれみよがしに睨んでから、廊下に立った。
サンキュー悪友!
図書館に向かう。
広い廊下はアーチの天井、壁も床もくすみのない白色、においはまったくない、ひんやりと空調が効いている。
帝都高等学校キャンバス。
大きな観音開きの扉に手のひら認証、電子ペンシルでちょちょい。
──開いた。やったね!
他の生徒を避けて、目当ての本を探す。
電子工学、部品製造、回線接続教本、心理学……電子書籍ではなくわざわざ紙の本を探しているのは、データ管理システムに俺の動きを記録されないためだ。
紙の本は劣化するのが難点か。
ほら、この本棚の端の一冊なんて、いかにも古い紙でむりやり一冊にまとめたような紐閉じ…………みつけた。
これで知識の材料が揃ったな。
頭の中がチカチカしてて、星を詰め込んでるみたいだ。
はるか昔から彦星と織姫を見守ってきた天の川が、俺の脳みそに流れこんで、足を動かしてしまうイメージ。
ステップを踏んで帰ろうとしたところで、
「ハジメくん」
「んわっ!?」
本棚からひょっこり顔を覗かせたのは、黒髪の女子生徒だ。肩下十センチの黒髪を二つ縛り、セーラー服をきちんと着ている。
俺は飛びはねた心を落ちつける。
「百。……えーと、俺、早退しようと思ってさ」
「そうなの? おなか痛いの? 大丈夫……?」
モモは心配そうに俺のお腹にそっと手を当ててくれた。
それともこっち? とおでこに触れてくる。
あっ、頭がおかしいような動きしてた?
ですよね?……やば、恥ずかしくなってきた……。
「熱はないね。お大事に」
ふわりとモモの笑顔。
本はもう本棚に返したから、俺は手ぶらだ。
中身は全部、頭にインプットしてある。
問題児なんて呼ばれているけど、俺の地頭は、他の生徒と同じく優秀だからさ。
デザイナーズベイビー。
現代の人間は、母体ではなく、機械のゆりかごから生まれる。
そのため頭脳優秀、運動神経抜群、性格温厚、と整えられている。
ミスデザインが稀に生まれるけどね。俺のことだ。
モモやヒフミの髪は黒#0000、漆黒という表現が似合う。
俺の髪は、白#FFFF。
社会全体がよく似た顔立ちで揃っており、歯車がなめらかにかみ合う、それは仲の良い家族のような縁を思わせて、滞りないペースで一日が終わる。
だけどさ……。
生まれながらに歯車以外の何物にもなれなくて、俺じゃなくても代わりがあればいい、って決められてるみたいだ。
「ただひとつ」に俺はなりたい!
「ハジメくん?……あ。目がキラキラしてる。もー、何考えてるの? ボクが聞いてあげる」
モモは優しく関心をよせてくれる。
でも、困ったな。
「きっとびっくりする、とだけ」
「むうー。暴走はほどほどに。ルールに従い働く人たちがいるからこそ、ボクらの生活が成り立っていることを、ゆめゆめ忘れないこと」
「…………おお、耳がイタイ」
「その痛さは覚えておくこと」
俺は深々と謝罪のごとく頷いてみせた。
そこまでしなくてもいいって、とモモはあわてる。
手を振って、立ち去った。
言われた通り帰宅するつもり。
校門を出ると、ロボットキットを買い集めていく。
両手いっぱいに袋を下げて、十三箱、あとは家にあるぶんを使えば、足りるだろう。
人体ひとつ分。
帰ると、地下室にこもる。
研究所を兼ねているため、豊かな設備が揃っている。
壁沿いにズラリと積み上げてある箱を選んでいく。
植物ロボットキット、犬ロボットキット、骨格詰め合わせキット…………
これらは今時小学生でも組み立てることができる。
すべての箱に注意書きがされていて「十分な休息を与えること」「改造は自己責任」……うん。
俺たちはロボット改造について学び、次世代技術開発を期待されている。
社会の枠組みから外れない範囲でイイモノを作れと。
ふーん、ってかんじ。
この家のロボットが、掃除機までも侵入者撃退機能を備えているのは、俺のオリジナル。
望まれた機能ではないから、政府に申請はしていない。
紙に、鉛筆で、新理論の手順を書いていく。
このアナログな感じが、なんだか好きだ。
「できた」
完璧!
あとは……「心」が生まれるといいんだけどな。
そう願いながら、パーツをちまちま組み立てて、ロボット製造機械にはめ込んでいく。
スイッチオン。
──製造機械がとまった。蓋が開く。
生成されているそれを、俺は、息を呑んで見つめた。
なめらかな白い肌に、丸みのある輪郭、ちんまりした鼻と唇。
ロボット製造機に広がる長い髪は黒、現代社会においても違和感のないカラーを選んだ。
ドキドキと心拍数を上げながら、俺は、そうっと首の裏と太ももに手を差し入れた。
持ち上げる。
ずっしり重みがある。
命の重み……か?
そうであってほしいんだ、と強く願った。
機械にひたひたに入っていた潤滑液により、彼女は、全身濡れそぼっている。
タオルで拭いてあげると、肌はマットな質感になった。
二の腕に触れてみると、ふんわりやわらかい。
……まじ、やばい。
……俺、天才だな。
人型ロボットを創った!
あぐらをかいている俺の足の間に、彼女の白い裸体が収められている。
創りたてゆえ、全裸。
……ワルイコトをしてしまってる気になって、タオルを三枚、女体にかけて隠した。俺のヘタレ……。
起動方法は名前を呼びかけること。
「唯」
ゆっくりと瞼が上がる。
黒#0000の瞳が、俺の顔を映している。
白がよく映えて、はっきりと、感動のため泣きそうになっている思春期男子を露わにした。
まじか。
俺、感情豊かとはよく言われるけども。
ユイも、そっくりの表情を浮かべる。
ユイには、俺の記憶をすべてプログラミングしてある。
だから……心が生まれてくれたらいいな。
「一」
俺の名前を教える。
これが心の起動方法となり、ユイは、自分で考えて動けるようになるはずだ。
俺に縛りつけるためのものではなく、俺から解放するため。
その対価に、一つ、ユイから与えてほしいものがある。
「君の心のメッセージが聞きたい」
心をもつ人型ロボットがなにを語るのか、それを、知りたかった。
記憶を共有しているから、俺が敵対しないことは分かるはず。
じゃあ、仲良くなれる?
ドキドキドキドキ。
ユイは……俺をじいっと見つめる。
この世界で一番美人に創ったから……見惚れてしまう。
ユイが腕を伸ばしてきて、ぐいっと引き寄せられた。
女子の胸元、やわらかい感触。
「心のメッセージってその、心音じゃなくて、あ、トクトクと心臓部分が動いてる音が聞こえる…………やわらかい」
煩悩!!
ユイが俺の唇のはしをペロッと舐めた。
思考停止。
「……………………待って!?」
どうにも様子がおかしい!
ミスがないか、大急ぎで入力データを見直していく。
ミスはない。
ただ、心は育っていくものだ、ということを俺は失念していたんだ。
「知識は博士、知能は犬レベル」
犬ロボットキットも使ったしな、うん……。
ユイはまだ成長前ということだ。
「……責任、とらなくっちゃね……」
乾いた声で、俺はユイに約束した。
犬系美少女ロボットとの共同生活、どうなるんだろう?




