表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/32

たゆたう星のパスファインダー


量産型小型機(ゴブリン)が3! クラス……近距離機(ファイター)中遠距離機(アーチャー)……。もう1機は識別不能(アンノウン)!』


 偵察機(シーフ)からの通信。ノイズが混じっていないことから妨害機(マジシャン)ではないらしい。

 送られてきた短めの映像を確認する。曇天の空、白い荒野を歩く、緑の迷彩を施した人型の機械兵器たち。

 ()しくも私たちと同じような哨戒(しょうかい)部隊だろうか。

 こちらと違って、戦闘重視の編成に思えるけれど、機体性能はこちらの方が上のはず。一応、こちらは改修型小型機(ホブゴブリン)だ。


 不明機は画質の悪い映像を見る限り、移動時の上下のぶれが異なる。となると、四脚の騎兵(ライダー)かな。もっと性能のいい偵察カメラが欲しい。


 映像を閉じて、状況確認。


 私の眼前に広がるのは機体カメラとリンクしたモニター。

 旧式の小型レーダーの情報はサブ画面に提示。その表示範囲は狭く、地形情報すら更新できないポンコツだけれど無いよりはマシって言ったところ。


 それに浮かぶ青い光点3つが私たちのチーム。突出して先行しているのは偵察してくれたシーフ。

 残り2つは隊長機(コマンダー)である私と、その後方で追従する格闘機(グラップラー)


 警告音(アラート)が鳴る。どうやらアーチャーの誘導弾(ミサイル)捕捉(ロック)されたようだ。


 「どうする、指揮官殿?」


 私の機体に乗っているひげ面のおっさんが楽しそうに聞いてくる。

 ちくしょう、なんでそんなに気軽なんだよ。あんたらの命がかかってるんだよ。


『ゲームみたいに簡単にお金稼げたらよかったんだけど』


 お金があれば、躊躇(ためら)いなく迎撃装置を購入してミサイルを撃ち落としていただろう。

 むしろ、偵察のために貴重な開拓者(パスファインダー)を使うこともなく、使い捨ての索敵機か、高性能レーダーで超長距離から敵を察知していた。


「金はないぞ」


 私のぼやきにおっさんが応える。


『知ってる! というか回避行動くらい取ってくれませんかね?』


 その機体にミサイル刺さったら、大破もあり得るんだよ?

 これが中型機(オーク)とか大型機(オーガ)だったら耐えるけどさ。


「いや、指揮官殿に任せるのが一番だ。それを俺らは知ってるからな」


『ああ、もう! シーフは見つかっても構わないから私たちと合流! 不明機(アンノウン)の動きにだけ注意して。私の予測では騎兵(ライダー)。アーチャーはこっちを捕捉してるから気にしなくていいわ。ゴブリン級はだいたい単発ミサイルか小型無誘導弾頭(ロケット)くらいしか積めないから』


 私はおっさんの呑気さに呆れながら、指示を飛ばす。

 状況は動き出したんだから対応するしかない。


 何事もない哨戒任務であってほしかった。


『コマンダーは正面からシーフと入れ替わるように前へ。接敵次第、戦闘開始。シーフはコマンダーと交差後、右回りでアーチャーの気を引いて、牽制重視。グラップラーは左前方の岩石群から回りこんで強襲、好きにして。それと、ミサイルの迎撃は私』


了解(ラジャ)

『OK』

「わかった」


 それぞれの返事を確認しながら、私のパスファインダーの噴進機(ブースター)がうねりを上げる。

 腰と脚部回りから火を噴く、雄々しい姿がゲームと違って見られないのがちょっと寂しい。


 パスファインダー。開拓者と名付けられた戦闘兵器(ロボット)

 遥か昔、惑星探査のために製造されたソレは平均5メートルほどの人型に近い形状をしているものがほとんどだ。用途に応じて脚部や腕部のカスタマイズが可能だ。

 今では惑星に残る資源や過去の遺産を巡る戦争、人の制御を離れ暴走する機械兵器との戦いに利用されている。

 未来を切り拓くはずの開拓者が、今ではただの奪い合いの道具だ。


 そう思うと、何だか切ない。


「権限回すぞ」


『はいはい』


 私の感傷を無視しておっさんから声がかかる。


 <<|火器管制システムをヴァルキリーに一時委任します>>


 無機質な機械音声の読み上げ。

 おっさんは気にもせずに、機体操作に集中している。

 いつもながら私のこと信頼し過ぎじゃない?


 警告音(アラート)が大きくなる。ミサイルが射出された、と思う。

 この辺りの判別があやしいのも貧乏機体(ポンコツ)によくあることだ。勘と経験で補うしかない。


 白と灰色カラーの、ずんぐりむっくりとしたパスファインダーが私の機体を追い抜いていく。グラップラーだ。

 仕事に合わせて塗装を毎回変えるのはコストがかかるけれど、こうやって見ると迷彩効果が多少はあるように感じる。

 少なくとも相手方の緑色よりは明らかに目立たない。


 私は彼らを死なせたくないから。


 <<ミサイル警告(アラート)>>


 警告、遅すぎるっての。


 私は右腕に装備されている中古のレーザーライフルを構える。

 収束率(コンバージェンス)最大化(マキシマイズ)

 単発射撃(シングルショット)最適化(オプティマイズ)


「来たぞ」


『知ってる』


 白い大地を舞う砂塵を切り裂く影。


 亜音速で飛んでくる強大な矢(ミサイル)


 私は灰色の空の一点に狙いを定める。

 画面の向こう側。

 私には手の届かない場所。


 引き金代わりのコンソールに指を置く。ゲームの中では幾度となく繰り返してきた一瞬。

 模擬戦闘では1の成功と99の失敗を繰り返してきた。


 集中。


 一瞬が、私の中で引き伸ばされる。


 思考だけが加速して、1/60秒(1フレーム)も見逃さない。


 失敗すれば、おっさんが被害を受ける。

 運が悪ければ死ぬ。

 でもどうして、この人たちは私に命を預けて平然としていられるのか。


 彼らが死んでも私は安全な場所で生きていられる(コンテニュー)

 ミッション失敗(ゲームオーバー)は死ではない。


 だけど彼らはコンテニューできない、だって戦場(ここ)にいるのだから。

 私はコンテニュー可能だ。戦場(ここ)にいないのだから。


 彼が出撃前に言っていた言葉を思い出す。


「俺たちをヴァルハラに連れて行ってくれよ、ヴァルキリー」


『私は戦乙女(ヴァルキリー)なんかじゃない』


 そう呟いて、私はコンソールを指で叩く。

 誰があの世(ヴァルハラ)に連れて行ってやるものか。


 蒼い光の奔流(ほんりゅう)がライフルから放たれて――。




「はぁぁぁぁ」


 彼らの任務を無事にサポートし終えて、私は長い溜息をつく。

 今日も無事に終わったことに安堵する。


 あの後は、グラップラーが側面から切り込んでファイターと交戦。正面から来たコマンダーと挟撃する形に。

 シーフがアーチャーを抑えている間に、グラップラーのパイルバンカーでファイターを手早く撃破。

 ライダーは素早く離脱を始めていたので、コマンダーのライフルで手傷を負わせて追い払う。

 残ったアーチャーは玉砕。3対1は私でも厳しい。


 被害はグラップラーとシーフの装甲と、パイルバンカーが修理になった程度。

 できる範囲ではベストと言っていいだろう。


 なんだかんだでおっさんどもは優秀なのだ。


 彼らの帰投を確認した後、依頼人(クライアント)用に報告書を作成。

 ミサイルを撃ち落としましたって書いていいんだろうか、と悩んでいると。


「飲むぞー!」


 聞き慣れた男の声に振り向く。

 そこにはひげ面の中年男性(コマンダー)、彼よりは少しだけ若い眼鏡の男(シーフ)、そしてマッスルな男(グラップラー)がいた。


「……おかえりなさい」


「よぉ、おつかれさん」

「お疲れ様でした」

「おつかれー」


 ガラスで隔てられた向こう側に用意されたテーブルと椅子におっさんども3人が座る。

 こちらへ来るときに買ってきたのであろう、ビールとフライドチキン。体に悪そう。


「お嬢ちゃんもどうだ?」


 コマンダーの一言に、私は黙って睨み返す。私が食べられないと知ってるくせに。


「修理の見積もりは指揮官宛にも送信してます。後ほど確認を」


 シーフのこういう真面目なところが偵察に向いてると思う。


「今日もヴァルハラには行けなかったが、うまい酒が飲めるってことで。かんぱーい!」


 グラップラーはさっそく飲んでいる。


 そんな彼らだけど、こうやって仕事の後に来てくれるのは正直嬉しい。無事に帰ってきてくれたことを実感できるから。


「ヴァルハラには行かせないからね」


 そう言って、私は彼らから顔を背ける。

 この人たちはどうにも死にたがるふしがある。

 命令無視して無謀な行動をするわけではないけれど。


「別に俺らの代わりはいくらでもいるからな」

「そうそう。所詮、俺らははみ出しもの」

「あなたを戦場で使うための端末みたいなもんです」


 端末。私の代わりに戦場に出る3人。


 多額の借金、同僚殺し、裏切り者。

 彼らはそういった理由で所属を失った、使い捨ての傭兵たちだ。

 だから彼らは未来を望まないし、死に急ぐ。


 本来の名前も失った彼らは死せる戦士(エインヘリヤル)と呼ばれる、私のための駒。


 だけど、私は彼らを殺したくない。ゲームの中での僚機は使い潰していたけれど。


「ああ、嬢ちゃん。次の仕事来ていたぞ」


 私が押し黙ったのを見てか、おっさんが話題を振る


「『多重連結大型兵器群(キマイラドラゴン)への強行偵察』だそうです」


 無茶言わないで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ