生徒は無敵のアンドロイド~人嫌い機巧師の感情指南〜
人間というのは、何とも面倒な生き物だ。
二〇数年生きてきてしみじみとそう感じた。
予測不可能な感情、読めない思考。
それが不快で――俺は逃げるようにフリーのアンドロイドエンジニアになった。
そんな俺のもとに彼女は、依頼という形でやってきた。
窓から夕陽が差し込んでくる。そんな中俺は一体のアンドロイドと向かい合って座っていた。透き通るような白髪とワンピース。見た目だけで言えば十歳前後の少女だ。しかし人形のように整いすぎた容姿と首に彫られたシリアルナンバーが彼女は人間ではないと主張してくる。
狭く薄汚い一室に一体の美少女アンドロイド。どうにも場違いでついつい眺めてしまう。一向に変化を見せない表情も、なんだか気味が悪い。
数分前依頼者の代理人、いかにも堅気ではない黒服が彼女を連れてきた時からずっとこの調子だ。
『こいつに感情を与えてほしい』
黒服が言っていたことを思い出す。
聞いた限りこいつは家事などを手伝う家庭支援型だ。多く人と関わるからこそ感情豊かに設定されているはずが、彼女はどういうことか感情の学習記憶が消されている。しかし中途半端に。
「はぁ、めんどくさい」
頬杖を突きながらなんとなく視線を外に向けた。古ぼけた窓から広がる景色は、アンドロイドが急激に普及し始めた時から、大きくは変わらない。
続く沈黙。このまま待っていても状況は動きそうにない。
「お前、名前は」
視線を戻してそう尋ねる。すると彼女はようやく口を開いた。
「ラル。凌也に直してもらえってマスターに言われてる」
「凌也さん、な。っていうかなんで俺の名前知ってるんだ。お前んとこのマスターと面識はないぞ」
「有名、だから」
「有名……?」
「人嫌いペニーピッカー。見境なく仕事を受けるちょろいやつって、マスターが言っていた」
「おい。ペニーピッカーって思いっきり蔑称じゃねえか」
頬が引きつるのを感じた。だが悲しいかな、何も言い返せない。しょうがないだろ。企業に任せたほうが確実だし、資格があるといってもフリーは儲からないんだ。
「……あ、でも、腕前も実績も一応あるって」
「うれしくねー……」
こうも直接的にものを言うのは感情がないからだろうか。ま、正直こっちのほうが分かりやすくはある。
姿勢を正しラルに向き直った。
「さて、これからの話をしようか」
「……わかった」
「俺はお前に感情を植え付けないといけないわけだ」
方法は二つだけ。一つは企業に送り付け、学習記憶をインストロールしなおしてもらうこと。データさえあれば俺にもできるが、提供されていない。
残るはもう一つの方法。
「俺がお前に感情を教えてやる」
時間は馬鹿みたいにかかるがそれしかない。それがわかっているから向こうも、『金と時間はいくらかかっても構わない』なんて言い出したのだろう。
これからを考えると正直気が重い。だいたいなんで俺がこんなことを。俺は心理学者でもないぞ。たしかにアンドロイド絡みだけど、技術とか関係ないだろ。
「……わかった」
「本当にわかったのか?」
あまりにもラルの表情が変わらないものだから、思わずそう尋ねる。彼女は小さくうなずき、かと思えば首をかしげた。
「私、普段何をすればいい……?」
「あー……」
辺りを見回せば壁掛け時計が目に入った。針はもう七時を指そうとしている。夕食にしてもいい時間だ。
せっかくの家庭支援型。これからしばらくは一緒に過ごすことになるし、家事でもやってもらおうか。
「そうだな、料理くらいできるだろ? もういい時間だし頼む」
「ん、わかった」
思ったよりも素直に彼女は了承した。そのまま俺の背後にあるキッチンへと歩いていく。その小さな後ろ姿を眺めながら「へぇ」と零した。
少し意外だ。マスターから俺の指示をなるべく聞くようにとか言われてるのだろうか。
目を離しひと段落。大きく息を吐き出して座っていた椅子にもたれかかる。
それから少しした時だった。
――ズン! ガン! カランカラン、と音が重なって響く。
「は⁉」
知らずのうちに声を上げ立ち上がった。そのまま音のした方――キッチンへと目を向ける。
「あいつなにやらかしたんだ……?」
何かが崩れ落ちたような音だった。なぜかやけにホコリが舞っていて、咳を一つ。
そこにあったのは、きれいに半分になった机と、同じく切断されたまな板、そしておそらくニンジンだったもの。
そして机に届かなかったのか段ボールに乗っかってそれらを無表情で見下ろす、ラル。
「……」
驚きで声すら出ない。
いや、俺は何でもいいから料理を作ってくれっていったよな? ニンジンがあるのはわかる。まな板もだ。なんでこんなことになってるんだ。
理解が追い付かず、何とか落ち着こうと大きく息を吐き出した。気が付けばラルがこちらを見上げている。
「凌也」
「だから凌也さんだと……もうそれはいい。そんなことより言い訳を聞こうか。いや、言い訳じゃないな。何をどうやったらこうなるんだ」
「……野菜を、斬った」
「いや違うよな⁉ 野菜をじゃなくて、『野菜も』だよな⁉ もはや机がメインだろ⁉」
つい声を張ってもラルは表情一つ動かさない。なんだか受け流されているようでいら立ちだけが募る。
「……まさか」
おかしいとは思っていた。家庭支援型のアンドロイドから感情が削除されているのもおかしいし、机をぶった切る異常な腕力があるのも異常だ。そもそも今こいつは、刃物すら持っていない。
「――お前、もしかしてストランブルのアンドロイドか?」
ストレングス・ギャンブル。通称――ストランブル。
アンドロイドを戦わせ勝敗を賭ける、今一番活発なギャンブルだ。地方のチンピラからお偉いさんまで、掛け金も数千円から数億円まで。アンドロイドに殺傷武器を与えたり改造するから、もちろん違法。
こいつがそうだとしたら、感情についても腕力についても納得できる。
「うん、そう」
「ずいぶんとあっさりだな。マスターに口止めされてないのか」
「とくに、そう言った命令は受けてない」
「……まあそれはどっちでもいい。隠している武器を全部出せ」
「……」
ラルは答えない。動こうともしない。つまりマスターから禁じられているということだ。
ああ、めんどくさい。
グイと顔を近づける。
「俺はエンジニアだ。お前の体をいじくるかもしれない。だからお前の体に何かあるなら知っておく必要がある。わかるか?」
それでもラルは動揺する素振りすら見せなかった。
ダメだったか? あきらめかけたその時だった。ガチャン! と重々しい音。彼女の手のひらから何かが飛び出した。
「……刀か」
彼女の肘から先ほどの長さ、黒光りした一振りの刀。机をたたき切ったのもあれで違いないだろう。
まあ、これくらいならストランブルのアンドロイドなら普通だ。むしろ控えめといってもいい。ふうと安堵の息が漏れだした。
「ん、ありがとな。でもできれば最初から言ってくれたほうが――」
ガチャン! と。俺の言葉を遮るように金属音が響く。
それが何の音か自覚するよりも早く、ガチャガチャガチャガチャ! と後を追うように響き渡る。
「……は?」
思わず間抜けな声を漏らす。
それは、幾多の銃だった。体から飛び出したいくつもの銃口。片腕、肘にはガトリング。背中から飛び出した数本のアームの先にはハンドガン。ありとあらゆる銃火器が彼女の体から飛び出している。
「いやいやいやいや……」
なんだこれは。絶対におかしい。こいつは兵器か何かなのか⁉
少女の体から飛び出す、禍々しい金属たち。明らかに異常だ。
「お前……何位だ」
「もういい……?」とラルが口にして、金属たちは時間を巻き戻すように再び収納されていく。元通りになった彼女は首をかしげていた。
先ほどと全く同じ無表情。しかし俺には、少女の形をした恐ろしい何かに思えてしょうがない。
「ストランブルの順位だ……! お前何位だ!」
ストランブルに参加するアンドロイドは約千体にのぼり、戦闘力もピンキリだ。だから彼らはわかりやすいようにランキング化されている。最初のように刀だけなら、およそ六〇〇位。しかしラルほど改造されているのは初めて見る。
睨みつけるような視線にも彼女は動揺しない。ただ淡々と小さな口は、無感情に告げた。
「私は――六位」
「は……?」
何度目かわからない間の抜けた声。
ストランブルランク、一桁。そいつらバケモノ達の試合には、億という金が動くらしい。現実感がなかった。しかしさっきの武装からして嘘とも思えない。そもそもこいつはおそらく嘘がつけない。
「まじ、かぁ……」
頭を抱え、そう零す。
彼女の順位も、ストランブルのアンドロイドというのもこの際どうでもいい。
俺も裏の世界に片足突っ込んだような人間だ。噂くらいなら聞いたことがある。
ストランブルランク六位。
対戦相手を銃弾の雨で木っ端みじんにするアンドロイド。
通称――ガン・ドール。
「……どうしたの」
下からラルが覗き込んでくる。しかしその顔に表情は存在しない。
依頼内容を改めて思い出した。
『こいつに感情を与えてほしい』
この戦闘人形に、感情を植え付けろというのか。
明らかにやばそうな依頼。しかし無視すれば何をされるかわからない。
「ああ、めんどくさい」
俺は床を睨みつけながら、頭を乱暴にかきむしった。




