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第五話 その一票は誰の意思

「ははは、それは眠りのマリオネットにふさわしい愚行だな」


 購買で買ってきたメロンパンを頬張りながら、橋爪が大きな口を開けて笑う。

 パンのカスが盛大に飛んでくるのでできればやめていただきたい。


 俺たちはいつものように三人で席を寄せて昼飯を食べていた。

 俺と南波の席が隣りなので、そこに橋爪が椅子だけ持って集まるのがいつものスタイルだ。


「橋爪ではない教s……」


「はいはい分かったよ教祖様。

 でも、今はもっと聞きたいことがあるんだが」


 教祖様とのお決まりのやり取りを遮り、俺は南波へと批難の視線を向けた。


「何で起こしてくれなかったんだよ」


 南波の席は俺の右隣り。

 そのおかげで、これまで“ターム”を使う時、俺が怪しまれないように周りの監視をお願いしていた。

 今日だって、授業の途中で小テストが始まったのなら、その時に起こすことはできたはずだ。


 返答次第では、南波のお弁当のメインディッシュ、ハンバーグを奪ってやろうと箸を構えて待っていると、予想外の返事が返ってきた。


「何言ってるんだよ。僕はちゃんと起こしてマリオもテスト受けていたはずだけど?」


「何?じゃあ俺はきっちりテストを受けて、その上名前も回答も何一つ書かずに提出したってわけか?」


「ま、状況から判断するにそうなんじゃないの」


「このやろ、嘘つくならもっとマシな嘘つけよな」


 どうやら南波は、俺を起こさなかった非を認めないようだ。

 だが、こんな妙な言い訳をするのはいつもの南波らしくない。


「眠りのマリオネットはとうとう自らの名前すらも忘却してしまったというのか」


 教祖がいつも通り、大げさな素振りで天を仰ぎ嘆く。



 俺は、これ以上突っ込む気にもなれずおとなしく自分の弁当に視線を戻した。今日は、いつもよりも長く学校に居なければならない。

 エネルギーの補給は死活問題だ。


「って、おい誰だ俺のエビフライ取ったの!」


 聞くまでもなかった。


 天を仰ぐ教祖の口から海老の尻尾が生えていた。

 なんだかどっと疲れた俺は、残りの弁当を誰にもとられないように急いでかき込んだ。






「三人とも、ちょっといいかな?」


 昼休みももうそろそろ終わりというタイミングで、声をかけてきたやつがいた。

 振り向くとそこにはA4用紙を片手に持った福地君が立っていた。


「文化祭の出し物についてみんなからアンケートっているんだけど、なにかやりたいこととか無いかな?」


 もうすでに、かなりの人数に聞き込みをしてきたのだろう、福地君のA4用紙には少なくない書き込みがされている。


「あれ、確か文化祭の出し物決めは今日の6限じゃなかったっけ?」


 寝ている間に時間割まで変わってしまったのか、と疑って尋ねたが、幸いそんなことはなかった。


「そうだけど、六限が始まっていきなりみんなに案を聞いても、きっとみんなは手を挙げて提案とかしてくれないだろ?

 だから深見さんと分担して今のうちにみんなの要望をまとめてるんだ」


「流石、クラス委員と生徒会に所属してるだけはあるな。仕事が早いぜ」


 几帳面な字でまとめられた用紙を見て教祖が称賛の声を上げた。

 そうか、福地君は生徒会にも入っているのか。全然知らなかった。

 教祖は、この手の情報についてはめっぽう強い。


「そ、だから三人も協力してくれ」


 さわやかな笑顔でそう言われて俺は少し困ってしまった。

 俺たちにとっての文化祭は、深見叶の死を防ぐことが最大の目的だ。

 だから、文化祭でクラスの出し物を何にするか、ということにまで頭が回っていなかった


 しかし、よく考えてみればこれは大事なことだ。

 南波が見た深見叶が死ぬという予知夢は、文化祭当日の物だ。

 つまり、これから決まるクラスの出し物と深見叶の死は、関連している可能性が高い。

 ここは、慎重に考えないt……


「創作劇以外なら何でもいい」


 そう答えたのは南波だった。

 俺と教祖は驚いて南波の顔を見た。

 こういう時、一番に発言するのは南波らしくない。


「創作劇以外?随分偏った意見だね。

 まあ、でも、今のところ創作劇なんて案は出てないから安心していいよ」


 福地君がそう言いながら何かをA4用紙に書き込んだところでチャイムが鳴った。

 俺と教祖が慌てて、南波と同じでいい、と言うと福地君は礼を言って自分の席に戻って行った。





「僕が見た夢で、僕たちのクラスは劇をやっていたんだ」


 教室中が、次の授業のために慌ただしく動く中、南波がぽつりとつぶやいた。


「なるほど、それでさっきあんなことを言ったのか」


 クラスの出し物が劇以外になれば、それはすなわち南波の予知夢が外れたということになる。


「これは案外、簡単にけりが付くんじゃないか?」


 福地君は、今の段階で劇の案は出ていないといった。

 俺たちのところへ回ってきたのが昼休み終了間際だったので、これ以降大勢に大きな変化が生まれることはないだろう。

 つまり、文化祭当日を待たずに俺たちの目的が達成される可能性がかなり高い。

 



 俺はこの時、事態を楽観視していた。


 6限が、始まるまでは—―———









「それでは、多数決の結果我がクラスの文化祭での出し物は『創作劇』に決定しました」


 高らかにそう宣言した福地君が、申し訳なさそうな視線を俺たち三人に向ける。

 俺は、その視線に苦笑いを返すのが精一杯だった。

 きっと、あとの二人も同じようは表情をしていることだろう。



 福地君は言っていた。

 深見叶と分担してみんなの意見を聞いている、と。

 俺たちは聞かなかった。

 福地君が手に持っているA4用紙に書かれた意見は福地君一人が集めたものなのか、それとも深見叶が集めたものを集計したものなのか、を。


 結論から言うと、正解は前者だった。


 つまり、福地君が男子の意見を、深見叶が女子の意見を集めていたのだ。





 そして、忘れてはならないのが、学校行事における女子の団結力である。


「男子に決められるくらいなら、私たちで話し合って過半数の票を固めようよ」


 どうやら、そのような話し合いがもたれたらしい。

 その結果、クラスの女子全員の票が創作劇に集中することになった。

 一方の男子陣営と言えば、各々が純粋にやりたいことを提案して回った為、女子を上回る票数を獲得した案は現われなかった。





 俺は、この投票結果を目の当たりにしたとき、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


 どうやら、時計の針は確実に南波が見た未来へと進んでいるようだ。


 この後右渡の追試を受けなければならないこともあり、俺の心は重たく沈み込んでいた。




執筆担当 双葉

コメント

今日は、個人の連載の【万引き少女は三度嘘つ】も更新しました!


こちらもぜひ読んで下さい!(ダイレクトマーケティング)

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