第二話 中二病と夢みたいな能力
目が覚めると、既に教室が夕焼けの光に満たされる時間になっていた。
「おはよう、マリオ
今回は随分と長い眠りだったね」
隣の席で本を読んでいた南波があきれたように笑った。
「今何時だ」
「もう最終下校時刻直前だよ」
六限が終わるのが四時半、この季節の最終下校時刻は六時のはずなので計算すると四時間近く寝ていたことになる。
やはり徹夜はやりすぎだったかもしれない。
「それで、実行委員は誰になった?」
「マリオの策略通り無事、福地君と深見叶に決まったよ」
「そうか、それで福地君の様子はどうだった?」
「教祖様が言うには、そこまで怪しんでなかったみたいだよ。
クラスメートにもてはやされて、気をよくして帰って行ったよ」
南波の報告を聞いて、俺はひとまず胸をなでおろした。
この先、どんな未来が待っているかわからないが、南波が見た予知夢が本当に起こるなら、文化祭当日に自由に動くことが出来ない実行委員になることはどうしても避けなければならなかった。
まずは第一関門突破といったところか。
「そういえば、橋づ……教祖様は」
「ついさっきまで、マリオが起きるのを待っていたんだけどね、待ちきれなくなって今日の結果を二人に伝えにいったよ」
「あいつはLINEを知らないのか?」
「LINEは傍受されているから使えないんだってさ」
「中二病患者め……」
今後のプランについて話したいことがあったのに。
だが、俺がなかなか起きなかったのがそもそもの原因なので強く怒れない。
「僕たちもそろそろ帰ろうか」
最終下校時刻十分前のチャイムが鳴ったタイミングで、南波がそう言い、俺たちは二人並んで学校を後にした。
「僕たちがやっていることって、本当に意味があるのかな?」
帰り道、唐突に南波がそんな言葉を口にした。
「僕の“夢”は教祖様やマリオみたいに制御できていないけど、それでもこれまで一度だって外れたことがないんだ。
僕が夢に見たことは、これまで必ず実現してきた。今回だってきっと……」
「何弱気になってるんだ。未来を変えるために俺たちFF団は頑張ってるんだろ?
それを、やる前から諦めモードだなんて甘すぎるぜ」
そう言って、南波の背中を叩いた俺も、内心では不安の方が勝っていた。
二人の間の無言が、その証拠だ。
「僕たちの力の正体は、一体何なんだろう」
南波の問いかけに答える言葉を、俺は持ち合わせていなかった。
結局、俺たちはそのまま別れた。
夕日はとっくの昔に山の向こうに消え、空はラメ入りのジェルネイルを無造作にぶちまけたような、綺麗なのに心を不安定にする色で輝いていた。
俺たちに、超能力とも魔法ともいうべき力が備わったのは、高校に入学してしばらく経った頃のことだった。
本当はもっと前だったかもしれない。
俺たちがその力に気付いた時、と言った方が正確だろうか。
もっと細かく言えば、俺たちがこの力に気付いたタイミングはそれぞれ違う。
そもそもこの力(俺たちの間では“夢”と呼んでいる)は、「およそ常人には備わっていないような異形な能力」という点においては共通しているが、その性質や発動条件、効果などに共通する点はほとんどない。
唯一、その能力が睡眠に関係しているという点が、俺たちが同系統の能力を有していることを教えてくれている。
例えば、俺の能力。
俺の能力は、一定時間睡眠をとった後、任意の他者の全神経を支配することが出来るというものだ。
わかりやすく、今日の出来事を例に挙げて説明しよう。
前日徹夜してきた俺は、六時間目に行われる文化祭の実行委員決めの前の時間。つまり、英語の授業が行われていた五限の時間に睡眠をとった。
授業中に寝むる不届き物、というお怒りの言葉は今はスルーさせてもらう。それは話の本筋ではないからだ。
さて、五時間目にたっぷりと睡眠をとったのち、一度目を覚ました俺は、担任の右渡が教室に来る前に二度目の睡眠に入った。
そして、クラス委員である福地君の体の制御を奪った。
あとは皆さんご存知の通り。
俺が操る福地君が文化祭の実行委員決めを仕切り、そして僕が挙げた手で、男子の実行委員が福地君に決まったのだ。
副作用として他人の体を操った後猛烈な疲れとその期間の記憶の混濁が生じるので、俺は放課後の時間も眠り続け、目が覚めた時実行委員が誰に決まったのか覚えていなかった。
突拍子のない話だと思うだろう?俺もそう思う。
だが事実、俺にはそんな突拍子のない能力が備わっている。
これが【眠りのマリオネット】と呼ばれる僕の能力である。
この能力なら眠りの操り人形ではなく、眠りの傀儡師の方が、的を得たネーミングなのだが、「マリオネットの方がかっこいいじゃん」という橋づ……教祖様の一言によりマリオネットに決定した。ま、そこに関しては俺も異論がないのだけれど。
ちなみに、俺たちの能力“夢”がドイツ語読みなのも、教祖様の中二病的ネーミングセンスによるものだ。
続いて、その教祖様の能力についてなのだが……、実は俺も詳しくは知らない。
人の心を読み取ることができる。ということは分かっているが、その発動条件や、能力の効果の範囲など、詳しいことを奴は話したがらない。
「秘密を抱いてこそ、男は輝くのさ」
そんなことを言ってはぐらかす癖に、俺たちのことは自分の能力を使って丸裸にしてくるので、不公平なことこの上ない。
まあ、しかし、人には言えない能力を持った五人を集めることが出来たのも教祖様の力あってのことなので、その点に関しては、その点に関してだけは、感謝しないこともない。
三人目、今隣りを歩いている南波。
南波の“夢”は、さっき自分で言っていたように少し特殊だ。
俺と教祖様の“夢”が、制御下にあるのに対して、南波の“夢”は、制御不能。いつ発動するのか本人ですらわからないのだ。
南波の“夢”を簡単に言うとするなら『予知夢』というのが一番的を得ているだろう。
南波は、未来に起こる出来事を夢に見る。そして、その夢は必ず実現するのだ。
彼のコードネーム【ジョンタイ】これの元ネタは、ある日突然インターネット掲示板に現れ、未来の出来事を記述した人物からきている。
言わずもがな、名付け親は橋づ……教祖様だ。
確か元ネタは未来人だったはずだが、という俺のツッコミは華麗に無視された。
家に帰り、夕食とシャワーを簡単に済ませた俺はベットに体を投げ出し、少し黄ばんだ天井を見上げた。
「夢を見たんだ。
文化祭の日、クラスメイトの深見叶が死ぬ……」
青ざめた南波の顔は今でもすぐに思い出せる。
文化祭本番までは、あと二か月。
俺たちに残された時間は、長いようで実はとても短い。
だが、考えたところで何かが変わるわけではない。
今日は“夢”を使ったせいでとても疲れていた。
俺は、ゆっくりと目を閉じ、今度は“夢”と関係ない、普通の眠りに落ちた。
執筆担当 双葉 了
執筆者コメント
頑張って書きました!感想いただけると嬉しいです。
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