第十一話 三つの陣営
「二人とも、スト―――ップ」
科学準備室の入り口から聞こえた声に、俺と福地二人の拳が止まる。
目と鼻の先に福地の拳がある。一方、俺の拳はまだ二人の間と言ったところ。
神代の身体能力は、俺の想像よりも低かったようだ。
もしこのまま勝負を続けていたら、福地が味方である神代の身体を気付つけることを気にして手加減をしたと仮定しても負けていた公算が高い。
その事実に気付いて、俺の額から汗が流れた。
これだから、人の身体を操るのはリスクが高い。
俺が負けて神代の身体の支配を返すようなことになっていれば、今度こそFF団は終わりだっただろう。
だから、
「及第点の働きだぜ、南波」
俺は、依然拳を引かない福地から目を離さないまま、科学準備室の入り口に立つ仲間に声をかけた。
「それが、そうとも言えないんだな」
しかし、当の本人はどこか気まずそうな声を返す。
どうしてだ?
二対一になった今、満身創痍の福地に俺たちが負けることなんてないだろ?
そう思った矢先、南波の後ろにもう一つの人影があることに気が付いた。
福地も俺と同じタイミングでそのことに気が付いたのだろう、さっきよりも驚いたように目を見開き、南波が現れても納めることのなかった右手を下ろした。
「藤林校長?」
呆気にとられた福地がつぶやく。
「ご苦労様、福地君。
だが、こうなってしまっては元々の目的を果たすのは困難だ」
南波の横を通り藤林校長が前に出る。
「今回の戦闘の経緯は見させてもらったよ。
FF団……と名乗っている君たちの力は、どうやら私たちが想像していたよりもはるかに上のレベルにあるということが分かった。
そこで、提案なのだが君たちも私の陣営に加わらないか?」
校長が両手を広げ抱擁する直前のような恰好をとった。
その校長に福地が詰め寄る。
「それは、本気ですか校長。
このようないい加減かつ不安定な力を持つ奴らを仲間に引き入れては、我々の目標が」
「今は同じ目的を持つ者同士でつぶし合う時ではない。
文化祭まであと二カ月しかないのですよ」
それまで温厚だった校長の気配が急に怒気を孕む。
それに気圧されたのか、福地は黙り込む。
一方俺は、校長の気配の変化よりもその前の一言に引っかかっていた。
「同じ目的?」
たった今まで、俺たちFF団をつぶそうとしていた福地達と俺たちFF団が同じ目的だって?
そんなわけがあるはずが……。
「それがあるんだよ」
俺の心を読んだようなタイミングでそう言ったのは教祖様、ではなく南波だった。
「このタイミングなら、僕だってマリオが何を考えてるかくらいわかるよ。
とりあえず、その右手と手に付けてるもの外して。話はそれからだよ」
南波に言われてしまっては仕方がない。メリケンサックを指から外す。
「それにしても」
呆れたような表情で科学準備室を見渡した南波がつぶやく。
「散々だね」
科学準備室に転がった人間の数は合計で五人。
右渡、教祖、物部、唐栗、そして俺。
立っているのは、福地と俺が操っている神代の身体だけ。
その光景だけを見れば、FF団が完敗しているように見える。
実際、勝負は拮抗していたのだが、立った二人(しかも片方は女の子)相手にいいようにやられてしまったのは事実。
南波の嘆きに、返す言葉もない。
「マリオ、僕たちのやろうとしていることは、僕たちが思っている以上に大きなことなのかもしれない」
南波が真剣な目で俺を見る。
『僕、夢を見たんだ。
クラスメイトの深見叶が、文化祭の日に死んでしまう夢を……。
これがもし予知夢なら、僕は深見さんを助けたい』
南波が俺たちにその話をしたときのことは今でも覚えている。
その南波が深見叶を救うために、不利になる行動をとるとは思えない。
「分かった。とりあえずこの場は南波の言うとおりにするよ」
俺の返答を聞いて、藤林校長の顔がほころぶ。
「それでは、君たちの仲間を起こしなさい。
詳しい話は、校長室で行います」
藤林校長はそう言って科学準備室を後にした。
何か文句がありそうな福地も、ぶすっとした表情のままその後に従う。
すると、科学準備室を一歩出た藤林校長が何かを思い出したように手を打って振り返った。
「そうそう、右渡先生だけは拘束をお願いします。彼の陣営の目的は、まだ判明していませんからね」
確かに、右渡は福地に「政府の犬」と呼ばれていたっけ。
うちの中学校は公立だからそこに勤める教員は公務員だ。広い意味で取れば政府犬と言えなくもないのだろうが、きっと福地はそう言う意味では言っていない。
つまり、藤林校長や福地の陣営は政府と敵対している可能性がある、という訳だ。
俺は軽いめまいを感じた。
クラスメイトの女の子を一人助けるはずが、どうしてこうなった。
考えても仕方がない。
とりあえず、藤林校長の話を聞かなければ何も始まらない。
久しぶりのFF団全員集合だというのに、何とも締まらないことになってしまった。
俺はとりあえず、床に座り込んだ。
まずは神代の身体を持ち主に帰し、俺は自分の身体へと戻った。
神代は、さっきまで自分の身体が俺に奪われていたことを気が付いているのかいないのか判断がつかない顔で静かに座っていた。
俺と南波は眠っていたFF団を起こし、事情を説明し校長室へ向かった。
右渡は眠らせたまま物部と唐栗が運んでいる。
その後ろを、静かに神代が付いてくる。
最終下校時刻が迫り夕日がさす赤色の校舎を、奇妙なメンバーが校長室めがけて進んでいた。




