第十話 神代
「やはり記憶をかいざんする力を持つ者がいたんだね……。ふう、一本取られたよ……」
やれやれ、とため息を吐いて降参する福地君から──
「「──ッ!?」」
微かに放たれた鋭い眼光を見逃さなかった。
「なんて……」
俺と教祖が右渡を引っ張り、後ろに退がって戦闘態勢に入ったと同時。
福地君は呟いた……
「──言うと思ったかい?」
口角を吊り上げて────。
教祖に引っ張られた右渡は態勢を立て直す事なく、そのまま崩れ落ちてしまった。
「おい……眠りのマリオネットよ」
「ああ、ちょっとやべぇな……」
俺の背中に冷や汗が垂れる。教祖も多分同じ状況だろう。顔を見ずとも分かる。
考える事もままならない程の睡魔が突如襲い、思わず片膝をつく。
原因は分かる。だが分からない。
──何故背後から声が聞こえた?
「眠りのマリオネット……何とかしろ」
「考えるのはお前の方が得意だろうが……切り抜ける案は……ないのかよハッシー」
「ハッシー……ではない……」
教祖にいつもの威勢はない。それ程まで強く襲いかかる睡魔。
「クソが……」
両手両膝をついて這いつくばる。教祖も必死に頭を押さえて耐えているが……
「無駄だよ。君達の負けだよ」
目の前にいる筈の福地の声が、またしても背後から聞こえる。
「くっ……」
ついには肩から崩れ落ち、顔面が地面に吸付けられる。感覚的に分かる。もう持たない。
「サヨナラFF団……君達は僕の支配下だ」
クソ……クソがぁ…………
福地の不敵な笑みを見たのを最後に俺の意識は途絶えた。
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「ふぅ……大丈夫かい神代君?」
福地君はため息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。
科学準備室の入り口付近、目の前にはFF団4人と数学教師が倒れている。
そんな状況を眺めていると、福地君が手を差し伸べて。
「お手柄だよ神代君。君の力──【幻術】のお陰でFF団を戦闘不能にできたよ」
そんなセリフにコクリと頷き、福地君の手を取る。
「橋爪君と南波君が最初から居なかったり、謎の小人の力だったり、予想外の展開もあったが、」
「…………」
「僕が一度に力をかけれる人数は4人。だが、君が居ればその弱点だった補える。発動条件が割れたりしたが全く問題なかったようだ」
福地君はより強く手を握り見つめて、
「やはり僕と君の力は相性が良いようだ」
そう情熱的に語りかける。
確かに。
同感だ。
全く以って同感だ。
「俺とお前は相性が良いかもな」
「……──ぐはッ!!?」
福地君は唾液を吐き、身体をくの字に傾ける。
無警戒のボディーに右フックをぶちかましたから。
「な……」
「やっぱ女の身体じゃ力入らないのな」
俺は動揺して固まる福地君の溝内にダメ押しの左ストレートを叩き込む。
「ガハッ──!」
とうとう福地君は跪く。
「な、なぜ……神代、君が……」
「答え。俺は神代さんじゃないから」
「──ッ!?」
「これはお前を実行委員にさせた時の力だよ」
「……身体を乗っ取る力……か」
「ご名答」
発動条件は全て整っていた。数学の時間、赤点と引き換えに得た睡眠ストック約1時間。
あとは寝るだけだった。これが意外と難しい。だがどうだ。俺の夢の為だけに存在する様な福地君の夢。これを相性が良いと言わずなんと言う。
「と言うことは君は……」
「さあ、誰だろうな?」
俺の予想だと教祖の夢は既に福地君に割れている。そしてさっきの会話でリライトも割れている。南波はグレーゾーンと言ったところだな。
ミラの小人は能力は割れても誰かまでは分かってない筈だ。つまり福地君の中で……
「君は……どっちなんだい?」
だろうな。やはり二択にまで絞られてる。
「言う訳ないだろ」
「くっ……ごほっ、ごほッ!」
「しかし、神代さんの夢が幻術だったとはな」
つまり、ミラの小人が発動した時には既に神代さんの幻術にかかってたと言うわけか。本物は背後に潜伏して……それで声が後ろから聞こえたという事か。
そして、威圧して背後に退がったつもりが近づいていたと……。それで福地君の夢が発動したと。
正直危なかった。意識を失う寸前、教祖に「寝ろ」と口パクで伝えられなければ敗北していた。
俺の夢は睡眠ストックがあっても寝る前に発動する意志がないと発動しない。
普段は悪ふざけにしか夢を使わない。だからこの状況で発動させるという発想は無かった。そもそもストックしてた事も忘れてたしな。それなのに教祖の野郎……。さすがリーダーと言ったところだな。及第点をやらなくもない。
そしてもう一つ分かったこと。それはお昼に南波が放った不可解なセリフも今なら分かる。
数学のテストの時、南波は神代の夢にかかっていた。起きた俺を見さされていた。
福地君の眠らせる夢は一度に4人が限度。つまり誰でも良かったのだ。5人居るFF団を4人をする為だけに俺を赤点にさせて追試に追いやった。
やってくれるじゃねぇかよクソ野郎……
とか考えてると──
「……橋爪くんは心を読む力」
福地君はボソリと呟く。
「それもロックを平然と超えるほどの。そして南波君は未来を知り得るような力……そして唐栗くんはリライト、記憶を書き換える力。そして発動は自身が寝ないといけない。だが今僕の記憶が書き換えられてない点から対象の意識があってはならないのだろう…………」
腹を押さえながらボソボソと呟く。
「そして誰かの体を乗っ取る力……さらに先ほどの小人の力。これで全員の力は割れた」
こ、こいつ……
「さて、君はどっちかな……?」
ゆっくりと立ち上がり俺を睨みつける
「……厄介だな。あまりにも厄介だなお前。FF団の名において今ここで倒しておかないといけないわ」
こんな厄介な奴を敵に回したくない。
文化祭──深見が死ぬ日。
そんな時にこんな奴と対峙してる暇など欠片も無いだろう。
ここで、今ここで潰しておかないといけない気がする。
「お前が悪いんだからな。俺だってこれは使いたくなかったが……」
そうやって、俺は寝ている教祖の胸ポケットの中からメリケンサックを取り出す。
「なっ、何故そんなものが……」
「こいつを誰だと思ってるんだよ。FF団のリーダーだぞ? メリケンサックくらい当たり前だろ」
さぞ当然のように喋り、挑発する。
まあ嘘。
クソ中二病が1週間前にネットで買って、ウキウキしながら毎日胸ポケに入れているだけ。
教祖の胸ポケにメリケンサックが入ってるのはそれだけの理由。
「さて」
両手につけてカンカンならす。
「覚悟しとけよ。メタメタにしてリライトの夢でお前の頭の中を書き換えてやるよ」
「ふ、来るかい?」
「気取ってんなよ? さっきの二発がモロ決まったのは感覚で分かってんだよ」
「それでも僕が負けるという確信はないだろ?」
福地君は、最早自分の夢が通用しないと悟ったのか、重心を下げて拳を構える。
と言うわけで俺の夢も通用しない。
ここからは専らのステゴロ。まあ俺はメリケンサックあるけどな。
「抜かせ、奥歯ガタガタ言わせちゃるわ」
「神代君の体でそんな汚い言葉はやめてほしいね」
「うっせぇ、かかって来いや」
「ふふっ……」
「ふはっ!」
お互いが薄気味悪く笑い──
お互いが同時に一歩踏み込みだ────。




