第一話 実行委員を決めたいと思います
朝7時──。
俺は誰もいない静寂な校門をくぐる。
そしてスリッパに履きかえ昇降口を通過すると、意識の高い金管楽器の音が校舎から響き渡る。
夢見心地な校庭を尻目に俺は階段を上っていく。
喧騒からはかけ離れたこの雰囲気に浸っていると──
「やあ《眠りのマリオネット》。清々しい日差しと鳴り響くファンファーレが特別な雰囲気にさせるな」
ぽん、と後ろから俺の肩を叩いて残念な挨拶をする男が一人。
「なんだ橋爪か」
「ハッシーって呼ぶな」
「呼んでねーわ」
長い前髪で両目が隠れて、右腕に包帯をグルグル巻きにしているこの男──
「とにかく、学校ではその名前は禁止だ。《教祖》様と呼びたまえ」
「はいはい教祖様」
この少し痛い男は橋爪。ちなみに《眠りのマリオネット》や《教祖》というのはコードネームだ。全て橋爪が命名したものである。
さらに、眠りのマリオネットとは俺のことを指している。
学校内ではコードネームで呼び合いたいらしい。そしてあわよくばハッシーと呼んでもらいたいらしい。
「誰が痛い奴だ」
「おい、勝手に心を読むな」
「すまない、つい」
この教祖様はたまに心を勝手に呼んでくるから注意が必要だ。
スタスタと歩きながら会話を続ける。
「そしてすまない。急に招集をかけてしまって」
「別に気にしてねーよ」
そう。昨日教祖が「話したいことがある」との事で招集をかけたのだ。……朝7時に。
「たださ、もう少し時間遅くできなかったのかよ」
「この時間の方が特別感があるだろう? 特別な存在である我々FF団にピッタリの時間だとは思わないか?」
両腕をクロスさせ決めポーズを取りながらドヤ顔で答える教祖。
説明しよう。教祖は中二病だ。
「クソ分かる!」
説明しよう。俺も軽度の中二病だ。
眠りのマリオネットというコードネームも意外と気に入っている。つまりそうゆう事だ。
「さて、着いたか」
クラス棟から離れた校舎の三階の端っこの科学準備室と書かれたこの教室。目立たない場所にあり、授業で使う事はない為、他の学生が入ることはない。
ガラガラ、と引き戸を開けると闇に誘われる。清々しい日差しをシャットアウトするように黒のカーテンが窓全てに張られている。
「遅いぞ教祖、マリオ」
そして既に先客が1人。
「南波、もう来てたのか」
「おい眠りのマリオネット、彼奴の名は《ジョンタイ》だ」
「ごめんハッシー」
「ハッシーではない!」
ハッし──教祖は食い気味に睨みつける。教祖はどうしてもコードネームで呼び合いたいらしい。
そして《ジョンタイ》こと南波は俺の親友である。小学校からの腐れ縁だ。
「どうでもいいけど南波のマリオは教祖的にはセーフなんだな……」
「うむ、及第点だがな」
「訳分からん」
まあ、俺だけコードネーム長いから妥当な所だろうな。
決して文字が多くて書くのが面倒くさいとか、そうゆう訳ではない……。
──は?
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──科学準備室
「それで残りは?」
俺は南波と教祖と目を見合わせ、あと二人が来ないことに気付く。
「聞いてないのかマリオ、二人は今日の招集休むって言ってたぜ」
「そうなん?」
「まあそうゆう事だ。今日は我々三人でFF団緊急集会を始める。二人とも席に着いてくれないか」
教祖に言われるがまま、俺と南波は席に着く。
「今、我がFF団が窮地に陥っているのだ」
組んだ腕に顎を乗せ、深刻そうに話しかける教祖。
……話を進める前に、まずFF団について説明しよう。
科学部とは表の顔。クラスのならず者達がとある信念を持って集まった五人組集団だ。
そして創設者が教祖ことハッシーである。
「おいハッシーやめろ」
「おい……やめろ」
人の心を勝手に読むのも大概にしてほしい。
ちなみにFF団の名付け親は俺と南波だ。まあ、そんなFF団が絶賛窮地に立たされているらしいのだ。
「それで、FF団の窮地って?」
「そうだなジョンタイ。君は今日の6限の授業を覚えているかい?」
「6限……?」
教祖の含みのある言い方に、南波は小首を傾げている。
6限……か。
「文化祭の実行委員決め──だろ?」
「ほほう眠りのマリオネット。君は察しがいいね」
やはりか。
「招集がかかって時点で何となく予想はしてたさ」
「なるほどその話か」
南波は、ぽんと手を叩いてようやく納得する。
「なるほどね……」
「そうなんだよ……」
「そうだな……」
今この三人の思考は確実に合致する。なんなら今日欠席の二人とも合致するだろう。
「「「絶対したくねぇ!!!!」」」
──と。
文化祭に限った話ではないが、そういった大役を決める授業はクラス全員の挙動が止まる。微動だにしない。まるで動かない。
動けば目立つのだ。目立てば自分が選ばれるリスクがあるからだ。
だから目も合わせない。合わせると「やってみる?」とか正気でもない事を司会が言ってくるからだ。
今日残り二人が欠席したのも実行委員になりたくないからだろう。だがそれは悪手も悪手。将棋でそんな一手を指したら鼻で笑われてしまうのなんて目に見えてる。
あのフィールドで病欠なんて通じない。むしろ欠席をいいことに無断で推薦されるのがオチだ。
そしてそれは南波と教祖も把握している。だから何かしらの対策を打たないといけない。それが今回の議題だろう。
教祖と南波は頭を抱えて悩んでいる。
確かに、一口に対策と言っても少しの時間で浮かぶものではないから仕方がない。
だが甘い。甘い甘い甘い。この甘ちゃんめ!
「教祖……俺に案がある」
「「──ッ!」」
俺の自信満々な一喝に、教祖と南波が目を見開く。
「流石マリオだ」
「まあな!」
「しかし、大丈夫なのかい?」
「任せな教祖。昨日は徹夜してきたんだよ」
「「おお!」」
そうだろうと思って昨日のうちに対策はしてきたのだ。失敗するはずがない。
「何か手伝うことはあるか?」
「ジョンタイはバレないように見張っていてくれ」
南波はクラスの席が隣なので色々と助かるし、本当に心強い。
「失敗するでないぞ?」
教祖は心配性な所がある。
ったく、俺を誰だと思ってやがる……
「──俺は眠りのマリオネットだぞ」
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──六限目・総合
「あー、これから総合の授業を始める」
クラス担任である右渡のこの一言で教室の雰囲気が一変する。
ここから先、少しでも動けばそれ即ち死を意味する。こんな恐ろしいダルマさんがころんだは見たことがない。
だがFF団には必勝法がある。なんせ五限が終了した時から既に勝負に出ていたのだからな。
ダルマさんがころんだは、動かなければ負けることは無い。しかしそれでは勝てない。
負けない為に止まった奴らと勝つ為に動いたFF団ではハナから勝負になんてならないのだ。
「じゃあクラス委員長の福地に後は任せる」
右渡は委員長に全てを一任し、どかっと椅子に座り教師の業務に戻る。
何とも無責任のように見えるが、右渡はこうゆう教師なのだ。季節は九月半ば。生徒も右渡の性格を把握しているので一々何も言わないのだ。
それに右渡がこうゆう教師なので、俺もことを進めやすい。
「はい先生」
だから俺は自信を持って返事をし、動けば即死の戦場を悠々と進み、教壇に登る。
俺は息を吸い──
「それでは文化祭の実行委員を決めようぜ。男女1人ずつなんだけど、誰かやりたい人はいる?」
蛇足と分かりながらも、とりあえずはやりたい人が居るかを聞いてみる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
案の定無言。
そして生徒の動きが完全に止まる。瞬きは甘えだ、と言わんばかりに静止する。
さらには誰も俺と目を合わせようとはしない。──教祖と南波以外。
「なるほど……」
南波は俺の作戦を理解したのか、口を隠しながらほくそ笑む。
多分南波は委員長である俺がFF団以外の奴を推薦して実行委員を回避……とか考えているんだろうな。
だが甘い。甘い甘い甘い。この甘ちゃんめ!
俺たちはFF団だぞ?
こうするに決まってんだろ──!
「男は俺が実行委員します!」
教壇の上で、高々と右手を挙げて宣言した。
目を合わせようとしない連中全員に伝わるようにピッシリと手を挙げて──
「「「「「────ッ!!!」」」」」
クラスの全員は驚愕して俺と目を合わせる。男子連中は特に。当然だろう、無条件でこのしち面倒臭いゲームを回避したのだから。
「男で他の立候補がなさそうだし、俺が実行委員をするわ! いい文化祭にしようぜ」
俺はダメ押しで男の実行委員を確定させる。
目を見開いて驚愕していた男連中は次第に賞賛する。
「さすが福地!」
「福地かっけー!」
「お前ならできる!」
「福地イケメンかよ!」
と。
そんな賞賛の眼差しの中に、異なる眼差しが二つ──。
「さすがは眠りのマリオネットだ……それでこそFF団の一員よ」
教祖は腕を組み、俺を見直していた。
「あいつ……鬼畜生だな……」
南波はゴミを見るような目で俺を見て幻滅していた。
「やれやれ……」
汚れ役も大変だな。だがこれで男は決まった。
後は女の実行委員決めだが……
深見 叶を────
実行委員であった深見が死ぬ未来を変えないといけないんだろ……
そうだろ……──南波。
執筆担当 ロキロキ
執筆者コメント
あざーーす。
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