何を叫んでいる?
ホラー作品です。苦手な方はご注意ください。
大学生になったばかりの僕は、都内の古いアパートに引っ越した。自宅から持ってきたテレビの他には、段ボール箱が並んでいるだけの汚い畳の部屋だった。それに、部屋のところどころには黒いしみが跳んでいて、それが何なのか、分からないだけに気持ちが悪かった。
おまけに、持ってきたテレビは壊れていて、音が出なかった。
引っ越してからまだ一週間しか経っていない夜のことだった。僕は、布団にくるまって寝ていたが、テレビの画面がひとりでについたことに気づいて、ふと目を覚ました。僕が、起き上がって、そのテレビの画面を見ると、黒髪の若い女性が闇の中に立ったまま、こちらをじっと見つめている。とても青白い顔をした、痩せ細った女性だった。そして、目を大きく見開いて、こちらを見ているその表情は恐怖に歪んでいて、気味が悪かった。僕は、ぞっとして叫んだ。慌てて、リモコンのボタンを押し、テレビを消した。それから、僕は、あくまでもテレビの映像に過ぎないと思い直した。
ところが、その翌日の夜も同じことが起こった。またテレビが突然、ついたのだ。そして、今度も、昨日と同じ女性が驚いた表情でこちらを見つめているのだった。僕は、本当に気味が悪くなった。
女性は、何事か叫んでいるようだった。しかし、何を言っているのかは聞こえなかった。女性は、拳を振り上げて、どんどんと画面を叩いているように見えた。僕は慌てて、リモコンを操作してテレビを消して、電源のコードもコンセントから引っこ抜いた。
日が昇ってから、僕は大家さんにこのことを問いただした。すると、大家さんははじめ驚いた顔をして、しばらく、黙っていたが、ついに観念したようにあることを話し出した。
「実は……あなたが住んでいる部屋には昔、明子さんっていう若い女性が住んでいたのよ。ところが、ある日、彼女は事件に巻き込まれて、殺されてしまったんだよ……。あれは、残虐な嗜好をもつ人物による強盗殺人だったね。犯人はとっくに捕まって、死刑になっているから、もう、この世にはいないけどね。おそらく、今でもその明子さんの幽霊が部屋に残っていて、テレビの画面に映るんだろう」
僕は、大家さんの話を聞いて、その明子さんという女性が可哀想だと思った。
「彼女は、僕に助けを求めているんでしょうか……」
「そうかもしれないね。何しろ、殺されてしまった人だから。でも、見て見ぬ振りをすることだよ。あなたまで、あっちの世界に連れていかれないようにね……」
大家さんはそう言っていたけれど、僕はその明子さんという若い女性が成仏できずに、僕に助けを求めていることが気になった。
抜いていた電源のコードをつなぐと、その夜も、テレビの画面がひとりでについて、画面の中では、黒髪の若い女性が恐怖に歪んだ顔で、画面を叩きながら、何かを叫んでいた。僕はたまらなくなって叫んだ。
「あなたは明子さんなんですか。あなたは、一体、何を喋っているんですか。どうしたら、あなたを助けられますか……」
しかし、若い女性は首を横に振って、今にも泣きそうな顔で叫び続けているのだった。
彼女が、何を喋っているのかさえ分かれば、何か力になれるかもしれない。僕はそう思って、次の日、修理業者に来てもらい、音声が出るようにテレビを直してもらった。
そして、その夜、僕はテレビの画面がぱっとついたので、待ってましたとばかりに、テレビの画面の前へと走り込んだ。
今日も、若い女性が恐怖に歪んだ顔でこちらを見ている。二つの拳が、ドンドンと大きな音を立てていた。良かった、音が出ている、と思ったその時、女性がこんなことを叫んだ。
「後ろ! 後ろ! 後ろを見て……! アアアアア……後ろにいる! 後ろにいる……! あなたも殺されてしまうわ! 気付いて。お願いだから、後ろを振り返って……!」