第6話 キロ<前編>
今日はキロのお話です。
パチッ
目を開けると、続け様にカーテンを開き、まだ日が昇っていない事を確認する。
俺は毛布から起き上がり、庭に出て軽くストレッチを行うと、井戸水で顔を洗う。
暫くすると、水面にオレンジ色の絵の具を垂らしたかのように朝日が暗闇を侵食してゆく。
「今日も悪くない天気だな」
空の雲がゆったりと流れるのを確認しながら、リビングに昨日投げ捨てていた作業着を着る。
そして、依頼内容が記されている紙に目を通しながら今日も工房に向かう。
ふとカレンダーが目に入る。カレンダーには今日の日付に5年目という文字が書いてあった。
「そうか今日でお前がいなくなって5年もたつのか...アイン...」
俺の名はキロ。
かつてここより西に位置するレイタード王国騎士団の副隊長としてその責務を果たしていた。
部下は5千人を超え、小隊に分けられており、小隊長の中にはニーミとレックスもいた。
そして、この騎士団の総隊長の名はアイン。
女性だった。
少し長い睫毛が特徴の整った顔立ちをし、紫の腰まである長い髪を棚引かせ、戦場を先頭でかけてゆく。
彼女は武器を持たないで肉体のみで敵を吹き飛ばしていった。
異能力”完璧な肉体”は彼女の肉体を極限まで強化し、その辺の鎧など簡単に粉砕してしまうのだ。
敵国からは迫り来る壁に見えたのだろう。彼女を『要塞』と呼び、味方も戦場では常に彼女の背中しか見ることができなかった。
その姿はまさに英雄だった。
武器を主体に強化する俺とは真逆であり、自分にはできない事をする彼女をみて憧れていた。
アインを中心としたこの騎士団は他のものからすれば異様なものに映っただろう。
騎士団とは鍛え抜かれた猛者が集まり、基本は男の集団だ。
しかし、俺のいた部隊は老若男女問わず配属されており、装備も自由だった。
各々が個性を失わないための特殊部隊。
そう、この部隊に配属されているのは皆、戦闘に特化した異能を持つ超人族達であった。
一つの部隊が別の部隊よりも力の差が開くことは競い合い、士気を高める上では必要なことだ。
しかし、その差が開きすぎると今度、発言権に大きな差を作ってしまいかねない。
そのため、他の部隊にも超人族はいるが、もっと均等に別れてほしいと言うのが国の要望だった。
だが、誰も動こうとはしない。
みんな、俺同様にアインの『力』と『カリスマ性』に惹かれてこの部隊に配属したのだ。
アインの元でなければ国を出てゆくと言う者たちだけで構成されている。
国としては貴重な超人族を手放す訳にもいかず、極力この部隊には触れないことが暗黙の了解となっていた。
が、今思えばこの異様な特殊部隊の権力が高まり、名が知れ渡りすぎたのがいけなかった。
この部隊はすぐに瓦解することとなる。
アインが暗殺されることによって。
あの日より数ヶ月前、俺はアインに呼び出されていた。
近隣諸国から警戒されているため、アインの部屋は特別に王の城内にあった。
中は質素だが毒味された食事が出るなど、ほぼ王と同じ扱いを受けていた。
当然だ、この国の軍事力はアインが支えている。
民間の人気もアインが王よりあるかもしれない。
呼び出された俺はアインの部屋に入る。
「アインいるか?俺だが...何か用があるのか?」
「...」
返事がないのでドアノブに手をかける。
俺はアインの性格をよく知っているため、気にせず入室する。
「わー!!」
「!?」
突然大声を上げたアインが目の前に現れた。
「ふっふー!!まーた驚いてやんの!その顔の方がモテるぞーキロ!」
「ったく何馬鹿なことやってるんだ。アイン」
実はアインは結構お転婆だ。
戦場や部隊では覇気がある姿を見せているが一対一だといつも人をからかおうとしてくる。
「用がないなら帰るぞ」
「あーん。まってまってー!帰らないでよー!」
突然抱きついてくるが、俺はそのままアインを引きずって外に出ようとする。
「スリつくな。みっともない」
「いけずー」
「おい、さらにくっつくな!とにかく離れろって」
本人は気づいていないのか、きっと俺の困った顔を見たくてわざとだろう。
にやにやしてやがる。
かなりある胸を押し付けられると俺とて流石に溜まるものがあるぞ。
「髪を切ってくれたら許す!」
「許すってお前...まあいいが、いつもの長さだな?」
「そうね!お願い!」
アインが俺に髪を切ってもらうのには理由がある。
”完璧な肉体”は髪にも作用し、一般的なハサミだと切れないのだ。
なので俺が強化したハサミを使って定期的にアインの髪を切っている。
チョキッ...チョキッ
「ねぇ...キロ?」
「なんだアイン。今集中しているのだが?」
後ろで髪を切っていると、前で足をバタつかせながらアインが話しかけてきた。
少しだけなぜか緊張しているようだ。
「私さ...ここまでこれたのはキロが側にいてくれたからだよ?ありがとう」
「?なんだ。今更だろ?」
「うん... そうなんだけどね...言っておきたかったの」
「変なやつだな」
「えへへ」
本当に変だった。アインはこんな話をするやつじゃなかったからだ。
もっと俺を困らせようとすることに神経を使うやつなんだが...。
アインは部隊で下っ端だったときから知っている。
お互いに戦闘に長けた異能を発現し、鍛えあって今の地位まで登りつめたのだ。
髪を切り終えてハサミを置いた。すると、アインは肩をビクッと震わせた。
不思議に思いながら終了の合図を送ろうとすると、アインはなにやらプルプルと震えていた。
「おい、今日はどうしたんだ?」
「うーんと。えーと...。あのさ、キロ?」
「なんだ?」
「私たち...結婚しない?」
「.................................」
それは唐突だった。どんな怪物や強者からの多様な攻撃をも打ち砕いてきたこの肉体が内側から溶かされるような。
そんな感覚が襲い、現実が虚ろになる。
冗談では...ないか。
飛びかけた意識を手繰り寄せて冷静に分析しだす。
アインの見たことのない真っ赤な顔にその線は消えた。
「ふぅふぅ...あーああ...いいぞ」
「!いいの!?」
「その...よろしく頼む」
「嬉しい!キロ大好きよ!!」
ガバッ
「うおっ!」
そう、俺はいつしか憧れではなく恋心をアインに抱いていた。
抱きついてきた彼女には『要塞』としての姿は一切なく、無邪気に笑う魅力的な女性がそこにはいた。
「よかったー!断られたらどうしようかと思ってた!最近あんまり話せなかったし!」
「あ、ああ最近は忙しかったからな...」
「それにキロ!最初は女の子に免疫なかったくせに最近は部隊の子と仲良くなってたしー!ちょっと焦ってたんだからね!」
「ニーミのことを言っているのか?確かに話しやすいやつではあるが」
「まったく!...でもおかげで勇気が持てた!あの子にも感謝しないとね!」
「ふっ... 本当に俺の前だと無邪気なやつだなお前は。部隊でもそれでいいんじゃないか?」
「いーやーでーすぅー!仕事とプライベートは別々にしたいんですー!」
「変わらんな」
その晩はそのままアインの部屋で過ごした。
このことをまだみんなには言えない。
戦争が収まりをみせたら話そうと二人で決めた。
俺にとってそれ以降の日々は幸せそのものだった。
これからの事についてどれほど考えただろう。
俺の頭の端から端までアインのことで埋め尽くされていた。
だからこそ油断した。
何十年先と構想していた俺の人生計画の寿命はとても切なく短かったことを知る。
あの日、レックスが俺の家の扉を壊して入ってきた。
ドガッ!!
「はぁ!ぜぇっ!んぐっ...キロ!聞いたか!?」
「...どうしたんだレックス?そんなに慌てて?ちゃんと後で修理代もらうぞ?」
レックスも隊の古株だ。
傲慢だが仲間思いのいいやつだと知っている。
俺の数少ない友人だ。
いつもどっしりと身構えている彼がいきなりドアをぶち破って焦っているのだから何かあったのだろう。
「あ...ああ!それは大丈夫だちゃんと後で払う!それより!!」
「...........................は?」
レックスの話はほとんど頭に入ってこなかった。
体が浮き、いきなり走り出していた。
耳が遠くなる。
視界が暗くなる。
手や体の嫌な汗が止まらない。
ただ、城へと向かう足はどんどん加速してゆき、地面に敷かれた石畳を砕く。
城へ着いた時、扉を開けるのが面倒で壊した。レックスの気持ちがようやくわかった。
何人かの見知った顔がある人だかりを吹き飛ばしながら強引に中心へと向かう。
嘘であってくれ...
嘘であってくれ...!
嘘であってくれ...!!
中心には寝袋のように布が巻かれているものがあった。
隙間から紫の髪の毛がちらついており、誰のものかすぐにわかった。
「ア...アイン...?」
「副隊長...」
ざわざわと俺を見る目が鬱陶しい。
俺は布をまくった。
アインの顔は半分しかなかった。
ゴクッと喉のなる音が体に響く。
どんどん布を剥がしてゆくと、虫食い状態だった。
綺麗な大小様々な円形の穴が身体中にぽっかりと空いている。
そして、気がついた。
アインのお腹の周りだけ異様に虫食いの穴がなかったことに。
おそらくだが、きっとそう。
お腹をかばっていたのだ。
聞いたことがあった。
異能力は子供を宿すとそちらに力を優先し、弱まることがあると。
後悔の念が一瞬にして目の前を黒く染める。
「これは...どういうことだ?...誰がやった?」
出てきたのはドス黒い部分だった。
言葉に明確な殺意が漏れ出す。
「あの...昨晩は私たちが...発見し」
「誰だと聞いてるんだ!!!?」
キロは国の中でアインの次に強いとされる騎士だ。
決して驕ることなく訓練を積み、誠実で寡黙なことから騎士団からの信頼は厚い。
そんな彼が怒りを現にし、味方にぶつけている。
何が起きるかわからないという恐怖が団員達を襲い、誰もが口を紡ぐ。
「仮面をつけたやつさ」
「!ニーミか...それで?なぜわかる?」
団員の中でもキロと仲が良かったニーミが答える。
「私の異能は”鷹の目”だからさ、昨日の晩にアインさんの部屋の窓から”笑った仮面”をつけたマント野郎がでて行ったのを見たんさ」
ニーミの異能力、”鷹の目”は遠くのものをよく見えるだけでなく、動体視力も大幅に向上する。
近距離で射抜かれた弓矢を交わすことも難しくない。
「なぜ追わなかった?」
「アインさんが負けるなんて思わなかったのさ、それにアインさんをやった相手なら私が敵うわけがないのさ」
「追えたはずだ」
「私に死ねって言ってるの?」
「追って場所を特定しろと言っているんだ」
「その後はどうなるんさ?」
「報復をする」
ふらっと立ち上がると、集まった人だかりを割いて俺は歩きだした。
城の階段を上り、みんなの見える位置に移動すると口を開く。
「意思があるものは俺に続け...!この先は自己責任だ!!仇が打ちたい奴からついて来い!!!」
「「「うおおお!!!!」」」
隊の七割は声を上げた。上げなかった残りの三割は既にこの国に家族がいるもの達だった。
しかし、地獄は続く。
国は刺客への討伐隊を出すことに合意しなかったのだ。
アインが抜けた今、その穴をどう埋めるかに尽力を尽くしており、ここで優秀な部隊を送り出すことは周辺諸国に攻め入る機会を作ってしまうからだ。
そして、絶望的だったのが仮面野郎の情報がちっとも集まらなかったことだ。
これが余計に部隊を動かすことができない要因となった。
だが、しばらくすると、とある噂が流れ込んできた。
東の国で『戦場の覇者』が復活したそうだ。
『戦場の覇者』はかつてアインと敵対し、アインが打ち取った相手だ。
死んだはずのやつが蘇ったという。
すぐに俺は城にある国宝と呼ばれる古い書物を隅から隅まで勝手に漁った。
すると載っていた。
それの名は”蘇生術”。
死したものをこの世に蘇らせる術があるというのだ。
俺は覚悟を決めた。
アインを蘇生させてみせる。
どうやら手に入れなくてはならない素材が多いようだ。
特にこの『神龍の首』は厄介そうだ。
だがもうじっとはしていられない。
俺は藁にもすがる思いでこの素材を集めることにした。
同胞を集める為に三日間昼夜問わず国中を走り回り、部隊5千人全員に一人ずつ声をかけた。
国の騎士が勝手に国を出て行くことは重大な罪だ。もうこの国に戻ることはできない。
例え入隊した際に、総隊長がアインでなければ出て行くと言ってはいても、家族やしがらみができてしまったもの達は動かせない。
俺は賛同してくれた5百名の仲間と共に国を出た。
神龍は強かった。
生き残ったのはたったの三人だけだった。
俺とニーミとレックスだ。
苦楽を共にしたみんなは死んでしまった。
俺が声を掛けなければ...こうはならなかったかもしれない。
生き返ったとしてもこの惨状ではアインは喜ばないだろう。
だが、ここまできてはもう後戻りできない。
俺はもう後悔しない!!遅くなったアイン!!俺が迎えにきたぞ!!!
「ふぇ...?」
変な声が出た。
蘇ってきたのは見ず知らずの赤ちゃんだった。
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