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5、お気楽なフリーターと奴隷 後編

 宿を出ると、真っ暗な夜の街。リンの後を追った。十分くらい歩いたところに目的の屋敷があった。

 高い鉄柵に囲まれている。柵の先端は暗闇に紛れて見えないが、十中八九侵入者対策が施されているだろう。


「なあ、どうやって侵入するんだ。神聖魔法で爆破とかするのか?」

「何を言ってるの? 神聖魔法に攻撃魔法は無いわよ」

「は?」


 リンによると、神聖魔法は字のごとく清らかな魔法であり、回復や解呪、解毒などが使えるという。要するにヒーラーだ。


「じゃあ俺。戦えないのか?」

「回復は出来るからサポートは出来るでしょうけど、それを除けばアンタは運がいいだけの一般人ね」

「そうか、リンが秘密にしているもう一つの能力が戦闘向けの奴なんだな? 一人で潜入しようとしていたくらいだし」

「残念ながら。私も戦えないわよ」


 話が違う……訳ではないが、なんだか騙された気分だ。どうしようというのだろう。ヒーラー二人でダンジョンに突撃するなんて無謀が過ぎる。


「とにかく、忍び込めそうな場所を探すわよ。気合いれて!」


 こいつ、勇気と無謀をはき違えてやがる。とは言え、この状況で帰ろうなどと説得しても聞かないだろう。なにせ元々はヒーラー単身でボス戦に挑もうとしていたのだ。

 来てしまったものは仕方がない。リンの後をついて鉄柵を調べる。道なりに歩いていた時、裏戸のような場所を見つけた。正面とは違い随分と地味なつくりである。


 リンの話では、最初に捕らえられたときにはこの扉から入ったそうだ。当然、鍵がかかっているだろうと思いながらも、軽く揺すってみる。


 キィ……


 あっさり開いた。鍵がかかっていない。本来、最も厳重でなければならないはずの場所だろうに。


「なんだ、ラッキーだな」

「もしかして、これってアンタの能力のせい?」


 その後も、びっくりするくらいすんなりと侵入出来た。運がいいことに(・・・・・・・)鍵をうっかりかけ忘れた者がいるという事だ。


 娘達が捕らえられているという地下へ潜ろうとしたとき、近づいてくる足音が聞こえて、二人で身を隠した。

 その足音は、地下牢へ向かう階段から聞こえてくる。身を少しだけ乗り出して覗くと、ランプを持った男が一人、地下から上がってきた。


「まったく、ジョンの奴。絶対寝てやがる……交代の時間だろうに……」


 男は不満そうに呟くと、廊下の闇へ消えていった。


「リン、今あいつ交代の時間って言ってたよな。お前が捕まってた時、見張りは何人だった?」

「確か、一人だけだったはず……」


 という事は、先ほどの男が交代相手を呼びに行っている間、地下牢を見張るものはいないという事だ。


「急ぐぞ!」


 俺とリンは階段へ駆けた。なるべく足音を立てないように、なるべく素早く。


 階段を駆け下りる。牢の中からは人の気配がするが、確かに監視の者はいない。しかも、入り口近くのテーブルの上に鍵が投げ出されているという始末である。


 運の強化というのも凄まじいものだと、我ながら感心してしまう。


「手分けして、みんなの呪いを解くわよ」

「ああ!」


 最初に鍵を開けた牢の中には、五人の娘が捉えられていた。他の牢も合わせると二十人くらいになるのではないだろうか。

 皆一様に震えている。ただでさえ不安に包まれた生活の中で、いきなり現れた侵入者が怖いのだ。


「大丈夫だ。俺たちはあんた達を救いに来た。俺とリンが皆の呪いを解く」


 ありのままを話した。リンの名前に反応するものがちらほらいる。その中の一人が、警戒しながらも前に出てきた。


「あなたは、もしかしてリンさんを買われた方では?」

「そうだ。そして、リンの呪いは解いた。あいつも俺と同じく他人の呪いなら解くことが出来る」


 しばしの沈黙の後、分かりました、とその女の子は頷いた。彼女がここのまとめ役だったのだろう。皆すんなりと従ってくれた。


「お、おい! お前ら何をやっている! うっ……」


 交代の監視役が戻ってきたと思ったら、どさりとその場に倒れた。まとめ役をしていた少女が、男の喉を絞めている。


 そのまま男は気を失ってしまったようだ。白目をむいてドサリと崩れる。


「急いでください、今の声で誰か来るかもしれません。ここは私が見張っておりますので」


 少女に促されるまま、俺とリンは解呪を続けた。ラッキーなことに増援が来ることもなく、皆の呪いを解くことが出来た。


「リンさん、それにあなた様も。助けていただいて有難うございます。私はリルと申します」


 リルと名乗る少女が、恭しく頭を下げる。丁寧な所作にどこか品を感じた。短いブロンドの髪が揺れ、その中に小さな角が生えているのが見えた。


 角。そう、角だ。


 短いベージュの角が、確かに彼女の頭の上にある。まさか被り物というわけではないだろう。あまりにも目立たない。

 なんだろう。ちょっとだけ気分が上がる。確かに異世界を感じる。


「俺はダイスケ。宜しく。ところで君、その角は本物かい?」

「ええ。私は魔族ですので……時に、ご相談なのですが、ここから逃げる手立ては、いかように考えていらっしゃるのですか?」

「そうね。この人数じゃ、隠れながら裏口からという訳にはいかないわね」


 リルの問いに、リンが頭を抱える。確かに、二十人を超える少女たち。ほどんどの者が、見るからにか弱い。警備の者に囲まれてしまえば逃げおおせる事は出来ないだろう。


「ダイスケ様。私はこう見えてもそれなりに戦闘の心得がございます。ここまでいらっしゃったあなた方も同様でしょう。ご提案ですが、皆様が逃げ切れるよう、私たちで陽動して警備の者を引き付けてはいかがでしょう」

「よ、陽動?」

「ええ。この屋敷の主、グスタヴを捕らえるのです。騒ぎになれば、皆こちらへ気を取られるでしょう。その隙に逃げ出すのです」


 いや、俺達が逃げられないじゃない。などと口に出せない雰囲気。リルを含め、腕に自信のありそうなものがちらほらと目に炎を宿している。血の気が多いったらありゃしない。


「それに、私達を騙して書かせた契約書があるはずですし、それには契約者への呪いが込められているはず。法を犯しているその契約書は、グスダヴを告発する証拠にもなりましょう」


 それに、とリル。


「グスタヴは用心深い性格です。その契約書は自らの目が届くところで管理しているはずです。つまり、グスタヴの自室に忍び込めば、見つけられる可能性が高いです」


 皆、燃えている。驚くほどにやる気が満ち満ちている。確かに、ビビりながら屋敷を脱出するよりも、元凶をぶっ飛ばしてやればいいのだ。


 俺達は二手に分かれる事になった。助けた中で戦える娘は六人。その内四人が、俺とリンと共にグスタヴを倒しに、残りの二人が戦えない十人を屋敷の外へ逃がす。

 俺達がしっかりと陽動できれば皆逃げ切れるだろう。謎の自信が沸いてくる。皆の先陣を切って、俺は進む。


 グスタヴの部屋は、リルが知っているとのことだ。その指示に従いながら広い屋敷を突き進む。共に進む四人は確かに強く、たまに遭遇する警備員を簡単に撃退していた。


 俺とリンが碌に戦えない以上、彼女たちに頑張ってもらうしかない。まあ、六人パーティーにヒーラー二人と考えればバランスは悪くない……と思う。


 しかし、これほどの強さを誇る娘達が何もできない程に、呪印というのは強力だったのだろう。むしろそれだけ強力だったからこそ、こういった娘達を集めていたのかもしれない。

 相手も、まさかその呪いを解く者がいるとは思っていまい。そうでなければ、このような反乱も想定した上でしっかりと備えているはずだ。


 この状況を考慮出来なかった事がグスタヴのミスだ。その証拠に、グスタヴの寝室を守る警備すらも弱い。それらを簡単に倒すと扉を勢いよく開けた。


 寝ていたグスダヴが、ビクリと反応して上体を起こす。


「な、なんだ貴様ら!」


 慌てて部屋の隅に逃げるグスダヴ。それをじりじりと囲む五人。彼女達に任せれば、あいつを捕まえるのは容易だろう。


 俺は部屋の中を物色していた。先ほどリルが言っていた契約書というのが、どこかにあるはずだ。

 ふと、視界の端に小さな鉄箱が映った。この部屋にあって、その箱だけが妙に浮いている。ダイヤルキーがつけられているそれは、明らかに『大事なもの』がしまわれている事を示唆していた。


 近いてダイヤルを適当に回す。カチャリ。……開いてしまった。箱の中には数枚の紙があるだけだ。

 それに手を伸ばした時、背後から叫び声がした。


「ああっ!」


 何事かと振り返ると、床に突っ伏したリン達の姿があった。皆一様に胸を押さえてうずくまっている。


「ふう、驚かせやがって」


 グスタヴの右手には、黒と紫を溶かし込んだような、禍々しい水晶が握られていた。


「皆に何をした?」

「君かね、彼女たちの呪印を消したのは。しかし残念だったな、あれは彼女たちの行動を抑制するだけのもの。契約書がある限り、呪い自体は消えないのさ。この水晶がある限り、この娘たちは私に逆らうことは出来ない」


 勝ち誇った表情。にやにやといやらしい笑いに腹が立つ。


「おい! 用心棒共は何をしている! 侵入者を捉えろ!」


 部屋の外に向けて叫んだあと、リン達を見たグスタヴの顔面に下卑た笑いが広がる。


「お前たちもうずくまっていないで、あの男を捕まえなさい」


 そのグスタヴの言葉に、リン達が苦しそうに立ち上がる。水晶のせいで逆らえないのだろう。その悲痛な表情がすべてを物語っている。


「おいおい、やばいなこりゃ」


 先ほどの手に取った紙を背に隠す。リン達も必死に抵抗しているようで、俺を襲おうとする動きは遅い。


 俺は一つ息を吐いて、ある覚悟を決めた。この状況を脱するには、グスタヴの持つ水晶を奪い取るしかないだろう。もたもたしていると用心棒とやらが集まってきてしまう。


 苦しそうなリン達の表情を見ていると、だんだん怒りが沸いてくる。俺はその怒りのままにグスタヴへと突っ込んだ。


「ふん! 血迷ったか。お前たち、さっさと殺してしまえ」


 走る俺を馬鹿にしたように見下すグスタヴ。奴を守るように、リン達が立ちはだかる。俺を打倒そうと、拳を固めている。


 ――今だ。


 俺は手に持っていた紙を思い切り引き裂いた。その瞬間、五人はガクリと膝を折る。そのまま道を空ける様に崩れ落ちる。


「なっ! 一体どうした!?」


 俺は引き裂いた紙を放り投げる。グスタヴの目が、吸い寄せられるように紙を追う。


「これは……契約書!?」


 グスタヴが気が付いた時にはもう遅かった。俺の渾身の拳が、奴の頬を捉えた。呻き声を上げて、吹き飛ぶグスタヴ。その体を壁に打ち付けると、空気の抜けるような情けない声をだして気を失った。


 転がった水晶を拾い上げる。これが、彼女達を隷属させていた呪いの道具ということか。グスタヴを逮捕するための証拠になってくれるだろうか。


「それが、呪いの正体ってわけね」


 立ち上がったリンが、汗をぬぐいながら呟く。苦しそうながら、少し落ち着いたようだ。他の五人も少しふらついてはいるが、笑顔が戻っている。


 その後の脱出は何の障害も無かった。用心深いグスタヴは、この屋敷の用心棒も彼が従えた奴隷を使っていた。

 彼らは、水晶の持ち主には逆らえない。その呪縛から解放された事を知った彼らの目には、どこか安堵の色が浮かんでいるように思えた。

 屋敷の外に出ると、先に脱出していた娘達が駆けつけてきた。良かった。皆無事のようだ。


 すぐに俺達は役所へ駆けこんだ。水晶と契約書。これらはグスタヴの犯した罪を証明するには十分なものだった。


 翌朝、グスタヴの屋敷の前には人だかりが出来ていた。奴隷商人として名高い男の捕り物を見ようと野次馬が集まったのだ。

 娘達は皆、国に保護された。違法に結ばれた契約でありながらとても強力な呪いであり、完全に解くにはしばらく時間がかかるのだという。


 リンも完全に解呪された訳ではなく、これからも繰り返し行っていく必要があるらしい。


「リン、本当にいいのか? 国の保護下の方が、早く呪いを解けるんだろ?」

「約束したからね。私はアンタの使用人になってやるよ。……本当に有難う。アンタ、立派な勇者だよ」


 勇者。まったく興味が無かった言葉だが、何故だか嬉しかった。初めて人の役に立ったような気がした。今まで感じたことのない充足感が胸を温めた。


 リンの解呪をしているうちに、一つの夢が出来た。俺のこの力を一番活かせる夢だ。せっかく同じ能力を持っているのだから、リンにも手伝ってもらわなければ。


 しばらくして俺は屋敷を買った。その一角を作業場にしてリンと二人で夢を叶える為に。


 ハーレムという訳にはいかなかったが、毎日入れ替わりで助けた娘達が俺を訪ねてくる今も、なんだか悪くない。

 まあ、俺に会に来る事が主目的では無いのがとても残念で仕方がないのだが。


 彼女たちは、俺の屋敷の入口に掲げられた赤い十字架を道標にやって来る。皆の呪いが解けるまで、頑張ろう。


 俺には戦いなんて似合わないんだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「へえ、医者ねぇ~」

「そうなんです。神聖魔法なんて珍しい能力を選んだ二人で、病院を作ったようで」


 ハナは嬉しそうにダイスケとリンの話をしている。それを聞いているのか聞いていないのか、ヒナは大きくあくびをした。


 時計の針は一時を指している。さっさと流し込んでしまった食事が終わり、ヒナはおネムといったところなのかもしれない。

 そのヒナの手には、ダイスケのプロフィールが書かれた紙が握られている。瞼をこすりながら、そのプロフィールをじっと眺め始めた。


「まあ、需要はあるだろうねぇ。この能力、回復に関してはトップクラスだもんね~」

「そうですよ。みんな火や雷なんかの攻撃魔法を選ぶんですけどね。二人ともきっと、心の優しい方なんでしょう」

「う~ん、私にはそうは見えなかったけどなぁ。特に、男の方!」


 プロフィールに張られた写真を見ながら、ヒナが笑う。


 そんないつも通りの異世界転生案内所の昼休み。ハナのお弁当には、たこさんウィンナーが二つ入っている。

 その隣に添えられたプチトマトを持ち上げた時、ウィンナーの片方がもう片方に寄り添うように倒れた。


 その姿にダイスケとリンの影が薄っすらと重なり、ハナは思わず笑みをこぼした。

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